12◆気楽な
どちらかと言えば慎重で人見知りな性格のラザファムと、社交的で勝気な兄。
四つの年の差がなくとも、兄は弟を可愛がりはしなかったのかもしれない。
性質が違いすぎて理解に苦しむ、つまらない弟だと。
兄はいつでもラザファムを下に見ていた。そんな弟の評価が覆ったことは我慢ならなかったのだと理解できる。
ただし、だからといってなんでも許されるわけではない。
思えば、兄はプライドが高かった。基本はラザファムに無関心だったのだが、一度だけ真っ向から睨まれたことがある。
兄が父から与えられ、当人は認めなかったが――難解で投げ出した本をラザファムが読みふけっていた時だ。兄が十歳、ラザファムが六歳くらいだったと思う。
関心のない兄はどこに置いたかも覚えていなかったのか、庭の東屋に置き去りだった。深緑の表紙のその本に何が書いてあるのか気になってラザファムは本を開き、そして読み始めたら途中でやめられなくなった。
その本は偉人伝だった。開拓の歴史など触れたこともないラザファムは興味深く本を読み進め、そして半分ほど読んだ時にそばまで来ていた兄に本を奪い取られたのだ。
あの時は殴られるかと思った。それくらい、兄は苛立ちを見せていた。
「読めもしないくせにオモチャにするんじゃない!」
どうして読めないと思われたのか、ラザファムにはよくわからなかった。後になって気づいたのは、兄が読めなかったからだろうということ。
兄が怒って自分を睨んでいるのだから、ラザファムはおろおろと謝るしかなかったのだ。
「ご、ごめんなさい……」
「まったく。お前は気楽な次男だから」
その発言に関しては否定するところはなかった。
次男なのは事実だし、それを気楽と言えるのならば。
――兄に関して何かいい思い出を探し出したいのに、こんなことしか覚えていない。それがどうにも皮肉だった。
◇
町が落ち着かない中、とにかく食料の補充を優先して行う。次の町まで持たせるには少々心もとないのだ。
まさか町中でそこまでの騒動が起こっているとは思わず、ここで買えるとあてにしていた。それなのに、どさくさに紛れて盗まれることを恐れるのか、店の扉を固く閉じていたり、営業していないところが多かった。
どうにか皆で手分けして買える店を探すしかない。
ラザファムは精霊がいてくれるので危険はなく、単独でも動けると判断した。むしろ一人の方が手っ取り早い。
「ウーヴェ殿、なるべく急ぎますので、よろしくお願いします」
ウーヴェには馬車とグンター、ループレヒトを託し、他の隊員たちも数名は買い出しに回る。
「はい、お気をつけて」
心配そうな面持ちは、ラザファムを案じているのではなく、もっと別の何かだ。
路地裏の方まで行くと人通りも少なく、開けている店もチラホラとある。
ラザファムはとりあえず日持ちのする食材を求めて乾物屋の看板を見遣った。かなり年季の入った店構えで、窓ガラスも経年の傷で曇って見えた。営業しているだろうとは思うけれど、それほどの品数もなく量も少ないかもしれない。
だとしても、少しでも足しになるのならいい。ラザファムはすっかり擦れて塗装のはげたドアノブに手をかける。
その時、肩に雀の姿になってラザファムの肩に停まっているイービスが低く唸るように言った。
「騒がしい」
「えっ?」
「人が騒がしい。何か展開が変わったのだろう」
暴動の鎮圧に派遣された兵が到着した、あるいはジモンが民衆に引きずり出されたか。
これはクラウスの目論見通りの展開であるのだろうか。
「……戻ろう」
ラザファムは買い物を中断し、ウーヴェたちと合流することにした。さすがに気になる。ここまで広がってしまった暴動にグンターやループレヒトが巻き込まれてしまっても面倒なことになる。
しかし、きびすを返した時に外套を羽織って路地裏の方を行く数人を見てしまった。一般庶民が着るような衣服ではなく、上等の外套だ。暗色ではあるけれど、街角に紛れ込めてはいない。
外套の襟を立てて帽子を目深にかぶり、顔を隠しているけれど、路地裏にいるのが似合わない人々だった。
三人いるが、いずれも年若いわりに労働を知らず、体を酷使したことがないようななよやかさがある。
彼らを見た時、ラザファムは覚った。
騒がしいのは、民衆の注意を引くための何かを行ったからではないか。そちらに皆が目を向けた隙に、目立たぬように群衆に紛れて抜け出す――。
だとするのなら、あの三人の誰かがジモン・ニーダーベルガーだ。
「イービス、あそこにいる男たちの帽子を払ってくれないか?」
「承知した」
イービスは雀から鷹へ変化する。
力強い焦茶色の翼で瞬く間に彼らのもとへ飛び、ラザファムの頼みを遂行してくれた。
ラザファムもジモンの顔くらいは見ればわかるはずだった。
妹のグロリアと同じ、榛色の髪につり上がった目。少し丸みのある鼻。
それらを覚えている。
けれど、ジモンを探す前に、ラザファムは別の男の顔に目が釘づけになってしまった。
似ているのではない。本人だ。
「ラザファム……っ」
そう――弟の名を呼ぶのだから。




