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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
番外編

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10◆どちらを選ぶか

 魔の国(ラントエンゲ)への調査が、こんな形でラザファムを苦しめることになるとは思わなかった。


 それでも、前回の旅を思えばどちらがいいとは言えない。アルスが嘆き悲しむのを間近で見ているのはつらかった。今、アルスは城でクラウスと安心して過ごせている。その事実がラザファムの心を僅かに軽くしてくれていた。


 ――とにかく、グンターとループレヒトをあまり近づけるのはよくないのだろう。

 このまま南下するにあたり、もうルプラト峠のルートは通らずに帰路を急ぐ。


 無事にローベ村へ辿り着いた時、ループレヒトはぼうっと東の空を見上げていた。


 そこに何があるのかと考えたけれど、すぐにわかった。彼の祖国だ。

 東のシュミッツ砦を越えた先にレプシウス帝国がある。記憶はなくとも懐かしい気持ちになるものだろうか。

 それとも、ただの偶然か。


「空に何かあるのか?」


 そっと訊ねてみると、ループレヒトはかぶりを振った。


「空が綺麗なだけ」

「そうか」


 ループレヒトは、魔の国へ連れ去られなかったとしたらどのように過ごしたのだろう。公爵家の生まれで自身も才に恵まれていたのなら、もっと満ち足りた人生を送れたはずなのに。


 他の者もどうしたのかまではわからない。無事に戻れたのはクラウスだけだろう。

 そう思うと、ループレヒトもまた被害者のような、グンターの手前それを言ってはいけないような、複雑な心境になる。



 日が暮れて、ようやくヴァイゼの町の手前まで移動できた。

 ただしその頃に、騎馬になってくれているイービスが重々しくささやいた。


「何やらよからぬ動きがある」

「イービス、それはどういうことだ?」

「魔族に寄るところではなく、人が騒がしい」


 行きに通過する時も何か波乱を含んでいるようだった。やはり、避けては通れないものだろうか。

 近くでウーヴェもラザファムたちの話を拾ったようだ。ループレヒトを乗せたウーヴェが近づいてくる。


「ヴァイゼの町で何かありましたか?」


 ウーヴェもこの辺りで何かを気にしていた。

 もしかすると、彼は事情を知っているのだろうか。今になってそう思えた。


「ウーヴェ殿、ヴァイゼの町で問題が起こるとしたら、何か思い当たることはありますか?」


 これを訊ねた途端にウーヴェは表情を強張らせた。心当たりがまったくないというわけではなさそうだ。


「どうか教えて頂きたい」


 ラザファムが重ねると、ウーヴェは奥歯に物が挟まったようなことを言う。


「あなたにとってそれがよい情報とは限りませんよ」

「そうだとしても」


 彼の言う意味がラザファムにはわからなかった。何ひとつ疚しいと思うところはなかったのだから。


「……ヴァイゼの領主であるニーダーベルガー公は、かねてより女王陛下や王配殿下を良くは思われていないことはすでに周知されております。先王陛下の時代であればまだしも、今のニーダーベルガー公につく貴族も随分減っております」


 それで、ピゼンデル共和国の強硬派と結託してみたり、レムクール王国にとって不利な状況を招いた。今に進退を極めるところまで追いつめられる。

 そんなことはラザファムもわかっている。


「しかし、未だにニーダーベルガー公につく貴族もいるのです。それは女王陛下におもねることに失敗した者であったり、より甘い汁を吸おうとした者であったり。甘い蜜が出る大樹は、すでに根元から腐っていると気づかなかった憐れな虫たちです」


 ウーヴェにしては辛辣な物言いをする。

 その憐れな貴族たちがどの程度の関りがあるかにもよるのだが。密入国の手引きをしたり、それを知りつつ見て見ぬ振りをしたりするのなら看過できない場合もある。


「ニーダーベルガー公の嫡男と、私の兄は――残念ながら友人なんです」


 そのひと言でウーヴェが抱えている心配事が理解できた。しかし、ラザファムも他人事ではなかったのだ。それをこの時になって初めて知った。


「それから、あなたの兄上であるルーカス・クルーガー殿も」

「それは…………」


 ――最後に会ったのはいつだったか。

 兄が何を思い、何をしているのかなんて気にしていなかった。

 自分は自分のすべきことをと、ラザファムはそればかりだった。


 もしすでにニーダーベルガー公が王家にまつろう気がなく、その思想に兄が傾倒しているとすれば、クルーガー伯爵家も安泰ではない。どの程度の関り方かによって厳しい結果もあるだろう。


 クラウスは、ニーダーベルガー公を必ず失脚させると言った。それならば、彼を探るうちに兄のルーカスにも行き当たったかもしれない。

 今、ラザファムがヴィリバルトたちのことを思い、ループレヒトを保護してしまうような気持ちを味わっているだろうか。


 けれど、それはきっと正しくはない。

 兄に罪があるのなら裁かれねばならないと思う。クラウスがラザファムのために抜け道など探らないことを願うし、クラウスはそれをわかっていて選ばないだろう。

 つくづく、自分は弱い。


 ラザファムは目の前の青年に訊ねるしかなかった。


「あなたの兄上がニーダーベルガー公爵家と共にあるのなら、あなたはどちらと共にあるのですか?」


 すると、ウーヴェは覚悟を決めたようにフッと笑った。


「ラザファム殿と同じですよ」


 そう言われた時にはっきりとわかった。

 ラザファムは家や身内よりもこの国そのものが大事だ。家がなくなっても、国はある。


 アルスやクラウス、ベルノルトたちの方を選ぶ。それは、そちらの方がラザファムにもたらしてくれたものが大きかったということなのだ。

 ウーヴェも女王に忠誠を誓った。家のために国を裏切らないというのだろう。


「わかりました。では、何が起ころうとも、すべては国の、女王陛下のために」


 ラザファムは覚悟を決め、ヴァイゼの町を目指した。

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