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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
番外編

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148/156

9◆罪

 ループレヒトが記憶を失っているのなら、何も伝えないまま保護する。

 ラザファムが選んだのは無難で卑怯な方法だった。


 とにかく連れ帰り、後のことは女王とベルノルトに任せる。それしかないだろう。

 ――すべて忘れてくれていてよかったと、ラザファムは思ってしまった。


 あのままのループレヒトがここにいたなら、弱っていたとしても連れて帰ることはできなかったかもしれない。


 記憶のないループレヒトは大人しかった。促されるままついてきて、手渡された物を食べ、差し出された服を着た。


「ありがとう」


 礼を言い、微笑みすら浮かべる。

 調査隊の面々は、彼がラザファムの知り合いだと聞き、あまり疑問を持たずに世話を焼いていた。近頃は疎遠になっていたので、どうしてノルデンにいたのかは知らないとだけ言っておいた。


 汚れを落としたループレヒトは、やはり育ちの良さを窺わせる。疑われないのはそのせいでもあるだろう。


 結局、魔の国はノルデンから陸続きではなくなったという事実、旅の途中に魔族は出なかったという事実、それからループレヒト。

 収穫はその三つだろうか。


 ノルデンから折り返す。今度は王都を目指す旅だ。

 ループレヒトのことはウーヴェに頼むことにした。彼ならループレヒトが暴れたところで難なくあしらえる。

 ラザファム自身も彼から注意をそらさないように気をつけた。



 そして、ハース村に辿り着いた時には皆がほっと息をついていた。

 どんなに寂れていても間違いなく人里なのだ。ノルデンから遠ざかったのだと安堵する。


 ただし――。

 静かな夜。


 食後に皆が風呂を使わせてもらい、それぞれに寛いでいた。ラザファムも風呂から上り、部屋へ向かおうとした。


 そんな中、グンターが普段の穏やかさをかなぐり捨てるような鋭い目をして食堂に座っていた。

 この旅を終えれば減刑されるというのに、嬉しそうに見えない。ゾッとするような表情だった。


 そして、その視線の先にいるのはループレヒトだ。彼は食事の後、椅子に座ってまどろんでいた。


 グンターは、ループレヒトを知っている。ラザファムはそれを確信した。


 自分をこの境遇に追いやった者がそこにいる。恨んでいて当然だった。

 今問題を起こしたら、グンターの減刑は白紙に戻される。ラザファムは心臓が縮む思いで食堂に踏み入った。


「浴場が空いてきましたよ」


 グンターはハッとして振り返った。

 けれど、いつものように年長者の優しさを見せることはなかった。その表情に見えるのは、ラザファムへの失望だ。


「えっ? ああ、じゃあ僕もいいですか?」


 ループレヒトがどこか無邪気に目を擦りながら立ち上がる。ラザファムもグンターも止めなかった。

 食堂の片隅にいたグンターのそばへラザファムは座った。

 できれば向き合いたくない闇がそこにある。


「……忘れてしまえば、罪はなくなるのですか?」


 グンターの血を吐くような声に、ラザファムは顔を歪めてしまった。


「それは……」


 答えられるはずがない。


「私の罪はどうなのでしょう。忘れてしまえば消えるというのなら、いくらでも、血が流れるほど頭をぶつけてしまいたい気分ですよ」


 あなたが行ったことを罪だとは呼びたくない。

 それがラザファムの本音だった。


 あれは我が子を想う心がさせたことだ。悪意などどこにもなかった。

 けれど、絶対にこれを口にしてはならない。


 この国に住む以上、法を犯してはならないのだから。

 そのくせ、ラザファムはループレヒトを罰しないのかとグンターは失望するのだ。


 何も言えない。それでも、これ以上の沈黙はやはり卑怯だ。

 ラザファムは拳を握り、言葉を紡いだ。


「なくなったとは思っていません。然るべきところへ出て審議されるべきかと……」

「違いますよ」


 悲しそうにグンターは言った。


「彼は忘れてしまったことで自責の念を持ちません。自らを罰する必要がないのです」


 この人は、道を踏み外した自分を責め続けていた。

 息子のそばにいてあげることができなくなり、罪人の子というレッテルを貼られる人生を歩ませることになった。ノルデンで過ごした日々で一番の責め苦はその感情だったのだ。


 ラザファムは本当の意味ではグンターのことを理解できていなかったのだと思う。


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