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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
番外編

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6◆町に巣食う

 いかに王命による調査であっても、この調査隊にいるのはラザファムも含めてニーダーベルガー公が敬うような者たちではない。グンターに至っては囚人だ。領主館へ招かれるつもりはなかったし、事実招待もされない。


 さすがに門前払いはできなかったと見え、町の門を抜けた先で支援の馬車と調査隊の隊員たちは待つことができた。それで十分だ。


 ラザファムは率先して買い物をするわけでもなく、補充は任せて町の様子を見て回っていた。

 いつもなら鷹の姿を好むイービスが、町の中だということで可愛らしい雀の姿になってラザファムの肩に停まっていた。


「……イービス、何か感じるか?」


 魔の気配も遠のき、何もないはずだが、ラザファムはそう訊ねてみたくなった。そうしたら、イービスは小さく(さえず)った。


「少々よからぬものを」

「えっ?」


 ギクリとしてしまう発言だ。イービスと同じ精霊であるナハティガルも、人も(よこしま)だと言った。

 魔も人も母を同じくするのだと知った今となっては、それも仕方がないことなのだと思う。


「それは人か?」

「然り。憎悪を滾らせている」


 憎悪。

 それはニーダーベルガー公が破滅の足音が聞こえ始めた今になって悔い改めるのではなく、他人を怨み始めたということだろうか。


 ラザファムたちは魔の国へ調査に向かう身だ。今この町に深入りするのは難しい。わかっているけれど、気にはなる。


 それでも、今の自分には魔の国の調査とこの町と、両方を抱え込むことはできない。

 だから、今はまだこの地に触れてはならない。どれほど気になるとしても。


 さすがにこんな状況では公爵令嬢のグロリアも出てこなかった。そのことにほっとする。

 気忙しく補充だけ行い、早々にヴァイゼの町を発った。


 魔族が出なくなったから、人は安心して暮らしていける。

 しかし――。


 こうなると、世界(エーレ)において厄介なのは最早人間である。



     ◇



 ヴァイゼの町から次の人里はローベ村だ。


 あの時はこの辺りで間に染まったクラウスと遭遇し、その先でナハティガルが消滅するという事態に陥った。傷心のアルスにかける言葉もなく、ただ苦しみだけが肩にのしかかっていた。


 ローベ村に辿り着いたらラザファムがあの時の気分を味わうかといえば、そんなことはない。

 アルスは痛みを乗り越えて、大切なものを取り戻したのだから。ただ懐かしく思う、それだけだ。


 補充はヴァイゼの町で十分に行ったから、ローベ村では軽い休息だけに留め、その先へ向かう。


 前回、ノルデンへ続く道をアルスはここで引き返した。ノルデンにクラウスがいないと知ったからだ。

 よって、この先はラザファムも未踏である。とにかく寒い。


 北へ行けば行くほど、渓谷から吹き込む風が冷たい。春ですらこうなのだから、冬など生死に関わるような気温になるのだろう。

 ノルデンも遠目に見た、あの粗末な小屋では寒かろう。けれど、それが刑罰であるとも言える。


 グンターは、ノルデンが近づくにつれて暗い表情を見せた。何かを思い出しているのだろう。



 ノルデンに最も近い村はハース村といい、瘦せた寒村だ。

 ノルデンに近いといっても、囚人が逃げ出して辿り着けるほどではない。季節によってはひと晩の野宿ですら人の体では耐えられない。十分な体力があったとしても、十分な装備もなく大人の足で二日はかかりそうな道のりを行きたくはないだろう。

 これまでハース村に囚人が逃げ込んだ事例はない。


 けれどこのハース村は実質、ノルデンの管理のためにあると言えよう。ノルデンへ最低限度の物資や囚人を送る際の通過点として機能している。ここがなければノルデンへの旅は一層厳しいものとなる。


 だからこそ、このハース村は国内で納めなくてはならない税が最も安い。貧しい者は住みにくさに耐えつつ、ここに身を寄せることもある。

 何もないと言っていいほど、余分なものはない土地だ。冬になって白い雪が降り積もれば、本当に寂しいのだろう。春でさえ侘しい。


 宿だけは、ノルデンへ向かう役人たちのために十分な数が用意されている。ただし、どこもひどく老朽化していた。そして、子供を見かけない。住人のほとんどが老人だった。

 この旅の目的はノルデンへの調査ではあるけれど、ここも改善していかなくてはならないのだとラザファムには思われた。


 宿の廊下でラザファムは宿の主らしき老人を呼び止めた。細身だがしっかりと筋肉がついているふうに見えるのは、人を頼らず薪を割りや雪かきを続けた成果といったところだろうか。


「すみません。ここ最近で大きな地震はありませんでしたか?」


 アルスの話の通り、魔の国の山が振動するような揺れがあれば、ここが何も感じないということはないだろう。

 老人は白い眉を僅かに顰め、うなずく。


「ああ、ありました。この辺りはあばら家ばかりなので倒壊するのではないかと思うほどでしたね」

「その地震の後、ノルデンへ向かわれましたか?」

「いいえ。お役人さん方がノルデンへ向かって、あそこにいるすべての人が引き上げたということで、もう行かないように申し使っています」

「そうですか。お話を聞かせて頂いてありがとうございます」


 ラザファムは丁寧に礼を述べ、部屋に戻った。

 最早ノルデンには誰もいない。そのはずだ。

 もし誰かいるとしたら、それはきっと人ではない。


 ――すべては行ってみるまでわからないことだ。

 粗末であろうと、ベッドで眠れるのが今度はいつになるのかわからない。明日からに備えてラザファムは早めに就寝した。


 そして、翌朝に出立する。

 ノルデンは目前だ。

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