53◆紋章
精誕祭――。
今となっては、その国を挙げての一大行事が表向きのもので、世界にとって真に重要なものではないことをアルスたちもわかっている。霊峰で行われる儀式の重要性を隠すために始められたのだろうと思われる。
それでも、そんなことを国民は知らない。年に一度のお祭に王都の城下町は浮足立っている。その熱気が城にまで伝わってきた。
「今年、精霊側の使者を務めるのがナハティガルだなんてね。去年の今頃は予想もしていなかったわ」
パウリーゼがコロコロと笑ったから、アードラまで首をくねらせて笑っているように見えた。ナハティガルがいたらその長い首を蹴飛ばしたかもしれない。
アルスは白いドレスを着せられた。その理由としては、結婚が近いからではあるのだが。星のような花のようなモチーフのレースがたくさん連なっている。こだわりのないアルスはただ着せられるままに着ただけなのだが。
パウリーゼは大好きなピンクのドレス――かと思いきや、何故か今年は水色を選択した。そして、いつもは下ろしている柔らかな金髪を結い上げていた。そうしていると少し大人びて見える。
うちの妹は抜群に可愛いなとアルスでさえも思った。将来が楽しみすぎる。
「姉様の守護精霊のファルケは除外。去年はシュヴァーンが務めてくれて、それで今年はナハに大役が回ってきたわけだけど」
アルスも苦笑しながら言う。
ナハティガルは――まあ嫌がった。
『なんでボクっ? ボク、疲れてるんですけど!』
『だから、一度精霊界に帰ってゆっくりできるしって話になったんだろう?』
『えー! こんなに元気はつらつーなのに!』
『今疲れたって言ったの、なんだ?』
この面倒くさがりは一度バラバラになったくらいでは直らなかったらしい。
しかし、皆に煽てられ、言いくるめられ、渋々承諾したのだった。というより、断れた例はない。
そんなわけで、今、ナハティガルは精霊界に帰っている。二人、廊下から続くバルコニーでそんな話をしていると、クラウスとラザファムがやってきた。
二人とも式典用の正装でとても凛々しい。
クラウスは黒地の詰襟。ラザファムのローブは白地に金の縁飾り。好対照だった。
パウリーゼもニコニコと二人を迎える。
「クラウスのこともこれからはお義兄様とよばなくては駄目ね」
「ええ、ぜひ。パウリーゼ様にそう呼んで頂けたら光栄です」
そんな呼び方をしなくてもいいと言うかと思えば、兄と呼んでほしいらしい。妹はいなかったから、可愛い妹ができて嬉しいのだろうか。
「そうするわ、クラウス兄様。だから、わたしのことはパウと呼んでね」
「ありがとう、パウ」
このやり取りが、アルスには妙にこそばゆかった。そして、そんな会話を棒立ちで聞いていたラザファムだったが、急にパウリーゼはラザファムの方へ顔を向けた。にっこりと完璧な笑顔である。
「わたしのエスコートはラザファムにお願いするわ」
エスコートというが、別にちょっとそこまで廊下を歩くだけだろう。ラザファムもきっとそう思った。
少し、なんとも言えない複雑な面持ちになり、小さくため息を吐く。それからやっと手を差し出した。
「お手をどうぞ、パウリーゼ姫」
「ありがとう」
パウリーゼは嬉しそうにラザファムの手に白手袋の手を重ねた。なんだかんだでパウリーゼはラザファムがお気に入りのようだ。むさい男が嫌いな妹なので納得できるが。
それから、ラザファムはクラウスよりもアルスだけをまっすぐに見つめ、そうして言った。
「おめでとうございます、アルス様。どうか、誰よりもお幸せに」
フッと、目を細める。
いつでも護ってくれた、大事な親友。
けれど、これからは彼に頼ってばかりはいられない。
いずれ道は分かたれ、別々に歩いていく。
それでも、受けた優しさは生涯忘れない。
「ありがとう、ラザファム」
ラザファムとの別れも、家族と離れるのと同じくらいには寂しい。
不器用な人だけれど、彼にとっての幸せもいずれ見つかるようにと願った。
二人が背を向けて先に行くと、クラウスがアルスの手を自分の腕に絡ませた。
「……行こうか」
「うん」
王城から城下町を一望できるバルコニー。
そこには姉とベルノルト、アルスとクラウス、パウリーゼ――ラザファムはすでに後ろに下がっていた。セイファート教団大司教を始めとする教団関係者たちに囲まれた姉が民への労りを口にする。
「レムクール王国は、原初の人が興した国。人が在って、初めて成り立ちます。あなたがた国民は国の宝です。どうか、あなたがた一人一人がそれを忘れず、自らを労わり、他人を慈しみ、共に生きていける未来を築き上げていきましょう」
キラキラと、雪のように白い光が空から降る。民たちは皆、熱狂していた。口々に女王と精霊王とを称える。
前に出た大司教がきらきらしい装いで大仰に腕を広げる。
「さあ、これより精誕祭の儀を執り行います。精霊王の御威光に与り、皆で世界の繁栄を祈るのです」
アルスは大司教の背中を見遣りながら、ナハティガルはちゃんとやれるだろうかと心配した。どうにもおっちょこちょいなヤツだから。アルス自身が何かをするよりも緊張したかもしれない。
――しかし、見上げた青い空に空の色とは違う濃い色が混ざる。美しく大きく翼を広げた青い鳥は、輝いていて神々しかった。
尾羽は螺鈿の貝のように煌めき、それはいつものちんちくりんな姿とは違う、精霊王よりの使者として相応しい立派さだった。
やればできる子だが、あの姿を保つのは大変だろう。少し誇らしげに、けれどやっぱり心配しながら飛来したナハティガルを眺めていた。
全部終わったら、ちゃんと誉めてやろう。
これが終わったら、次はレクラム大公国とアルスの結婚の発表だから、アルス自身に余裕があるかはわからないけれど。
それでも、褒めないと怒るだろうから。
アルスとクラウスは目を合わせ、少し笑ってから光の中へ踏み出した。
◇
一度は蹂躙されて滅んだ、レクラム王国。
その地は顧みられることなく打ち捨てられたように錆びれていった。
しかし、その後、二十年余りの歳月をもって再生の道を辿る。
レクラム王族の生き残りであり、レムクール女王の夫君ベルノルトにレクラムの大地は返還された。
レムクール王国の王妹アルステーデ姫。その夫であるクラウス・ヴァン・フリートベルクを大公とし、レムクール王国の属国としてレクラム大公国が誕生することとなる。
レクラムに民はおらず、荒れた土地に住みたい志願者も多くはなかった。しかし、二人は決して諦めることはなかったという。どんな時でも笑って、悲観することはなかったと伝わっている。
そんな二人の傍らには、大公妃の守護精霊である青い鳥が必ずいた。
よって、レクラム大公国の紋章には青い鳥が描かれている。
それは、時を経て守護精霊である青い鳥が空へと消えた今となっても。
原初の人の末裔である彼女と守護精霊の絆が永遠である証のように――。
【 了 】
いつもお付き合い頂き、ありがとうございます。
本編はここまでなのですが、解明されていない部分がありますので、番外編としてその辺りを書かせて頂いてから完結とさせて頂こうかと思います。
いつ頃? ……これから書きます(^^;)




