52◆世界の在り方
アルスたちが乗る船にピゼンデル大統領の補佐官がやってきた。細身で怜悧な印象を受ける男性だ。大統領と同じくらいの年齢だろう。
大統領は国内の過激派の鎮圧に忙しく動けないので、代理だという。ヴィリヴァルトとフィリベルトは場に同席したが、ローザリンデとアストリッドは来なかった。彼女たちのことはあまり表に出したくないのだろう。それもきっとディートリヒの言いつけだという気がした。
ナハティガルは大人しくアルスの肩に停まっている。終始黙っていろと先に釘をさしておいた。喋らないと約束できないのなら、先に喋れない物に変身しておけと。
ブレスレットなどに化けるのはナハティガルによるととても退屈らしく、頑張って黙っている。ただし、厠に行きたいのを言い出せない子供ほどにはソワソワしてしまうのだが。
「儀式は無事に成功したとのことです。これを毎年続けることによって世界に光が満ちてゆくと」
ヴィリヴァルトが告げると、大統領補佐官は安堵のため息を漏らした。
「それをお聞きして安心しました。大統領にもそう報告させて頂きます。また、皆様とは返還の式典でお会いすることになるかと思われますが」
すると、ベルノルトは表情を浮べずにうなずいた。
「トルナリガ大統領の誠意に感謝すると伝えてほしい」
「は、はい。畏まりました!」
ベルノルトの言葉に皆で驚いていたが、もう昔とは違うのだ。
これから新しい時代が始まる。禍根のみを次世代に残してはならないという思いもあるのかもしれない。
そうして、儀式の際にアルスが見た景色のことを伝えた。
魔の国が今、どのような状態にあるのかを調査せねばならないと。
「魔の国との国境に亀裂が入ったと? そうすると、我が国の方にも何か異変があるのでしょうね」
フィリベルトが言葉を選びながらつぶやいている。
レプシウス帝国にも魔の国と隣接している地帯がある。ディートリヒならばすでに調査に向かわせているかもしれない。
そういえば、彼らの弟のループレヒトもまだ魔の国にいるのだろうか。アルスが見た限りで、彼は悪というよりは虚無のようなつかみどころのない人物だった。どちらに転ぼうともどうでもよいとでも言いそうに思われる。
今もどうしているのか、想像するのも難しい。
「あの、戦はよくない。襲ってくる相手に防衛するのは仕方がないけれど、欲や力の誇示のために仕掛けるのはよくない。戦のない世界ほど素晴らしい世界はないから。精霊王だって、本当はそういう世界にしようとしたんじゃないのかな」
アルスが複雑な心境で言うと、この場にいる誰もがこの気持ちをわかってくれているような気がした。
「ああ。今抱えているその想いを生涯忘れずにいるといい。それこそが世界のためになるのだから」
ベルノルトもそう言ってくれた。
ここにいる皆が故郷を同じくするわけではないけれど、同じ世界に住む同志としてわかり合えるはずなのだ。そうありたいと願う。
隣に座っていたクラウスが穏やかな目をしてアルスを見た。それに答えるように、アルスもうなずく。
「すべては世界のために」
この場の誰ともなく、その言葉が皆の口の端に上った。
そして、アルスたちはまたの再会を願いつつそれぞれの国へと戻る。
近いうちに精誕祭が大々的に執り行われ、その場でアルスとクラウスがレクラム大公国を治めることが発表されるのだ。
そして、誰もいないその国へと移住者を募る。本格的に住むことになるのは当分先になるけれど、仕事は山積みだ。




