47◆鳴動
山が大きく鳴いたような音と地揺れがますますひどくなった。
ラザファムたちが見つけた本には、ゲオルギアを鎮めることができるのは男児だけであり、ここは女人禁制であると記されていたという。ゲオルギアは、踏み入ったイルムヒルトに対して憤っているのだろうか。
初めはイルムヒルトもそう感じたかもしれない。
けれど、徐々に違うようにも思われた。
山は、イルムヒルトを閉め出すのではなく、労わるように包んでいる気がする。
それは優しい、母のように。
冷たかった岩肌がほんのりとあたたかみを帯びる。
それでも、鳴動は止まらない。もっと激しく揺れる。
何が起こっているのか、アルスにもわからなかった。ただ、誰のものとも知れない声が言った。
『長らく閉じ籠っておる間に、子らは育ったか。わらわが見放した子たち。わらわの手を離れた子、母の膝に居る子、各々が望むようにするがよい』
エルミーラの白すぎる光とは違う赤光が見えた。
アルスにとってその光は心安らぐものではなく、息苦しさすら感じる。体はここにはないのに可笑しなことではあるけれど。
「ゲオルギア様……」
魔山は揺れる。何が起こっているのだろう。
ここで霊峰のような儀式が行われたわけではないけれど、ゲオルギアは世界の変事に重たいまぶたを少しだけ持ち上げてくれたのだろうか。
ゴゴゴゴゴ、と岩が崩れるような、不安になるほどの音がする。
イルムヒルトのいる場所は保たれていたけれど、魔の国ではなんらかの支障があるのではないだろうか。
そう思えるほど、揺れは大きい。
音も次第に広がり、それ以外の物音をかき消す。
だから、必死の形相でここに現れたダウザーがイルムヒルトに駆け寄った際、なんと叫んだのか、アルスには聞き取れなかった。
イルムヒルトにも聞こえなかっただろう。
それでも、ダウザーはしっかりとイルムヒルトの手を握り締めた。
固くなったイルムヒルトの心が、緩やかに解けていく。
ダウザーが何かをしたわけではなかったのかもしれない。けれど、この時になってイルムヒルトと同調していたアルスの精神が弾き飛ばされた。
長く繋がっていたから、限界が来たのだろうか。
イルムヒルトから離れ、アルスは漂う。
暗い場所を――。
『……戻れ、ない?』
エルミーラがイルムヒルトとアルスを繋いだ。だから、アルスが自力でできることなどなかった。
魔山から離れていく。そんな中で目にしたのは、魔の国とノルデンだ。その狭間にひびが入っている。あれはゲオルギアの仕業なのだろうか。
ノルデンの頼りない家屋のいくつかは倒壊していて、人々が逃げ惑っている。挟まれている者はいないように見えるけれど、どうなのだろう。救助に人をやらなくては。
けれど、その前にどうやって戻ればいいのかがわからない。
またエルミーラが導いてくれるのだろうか。心をすり減らしすぎては戻れないと釘を刺された、それはこの状態のことを言うのだろうか。
――せっかくクラウスといられる未来を手に入れかけたのに。
またたくさんの人を悲しませる。アルスは無鉄砲で、それが命取りだ。
あれもこれもと、全部を手に入れようとしすぎるとエルミーラにも言われた。それでも、大事なものばかりなのに諦められるわけがなかった。
生きたいし、帰りたい。
まだ、諦めてはいけない。
不安を捨てなくては――。
『精霊王様、エルミーラ様、ゲオルギア様、どうかお導きください』
会いたい人の顔がたくさん浮かんでくる。
これから、クラウスと一緒に新たに生まれ変わる国を立て直さなくてはならない。
大事な場所を護らなくてはならないのだ。
そして――。
『クラウス。ナハティガル』
キラキラと、青い光がアルスにも見えた気がした。
それは夜空に輝く星の川のように帯になり、アルスを導く。
『ナハなのか?』
青い光が、アルスに道を作る。
アルスは疑うことなく前に進んだ。




