41◆青い
二人、手を繋いで上を目指す。
靄がかかった道には不安しかなかった。こんな小さい子と二人なのだから、自分がしっかりしなくては。
アルスが緊張するのも無理はなかった。それでも、アストリッドは斜めの方を指さす。
「アルスおねえちゃん、こっちだよ」
アストリッドは、霊峰で正確な道を選び取れるのかもしれない。アルスは彼女に従う。
「うん、わかった」
山道は少しの距離でも慣れない者にはつらい。アストリッドを気遣うが、ずっとヴィリヴァルトに背負われていたからなのか、今のところは元気だった。
「疲れたら言ってくれていいんだ。今度は私が背負うから」
これを言った時、アルスの肩でシュヴァーンが身じろぎした。
「私がついていますから。どうぞお忘れなく」
ナハティガルに比べてシュヴァーンは物静かだから、本気で少し忘れていた。
「ありがとう、シュヴァーン」
苦笑すると、シュヴァーンはアルスの肩の上でささやいた。
「ええ。もちろんここはナハティガルの居場所ですから、今回だけのことです」
「うん……」
あと少しで会える。そう信じているけれど。
すると、シュヴァーンはアルスの不安を感じ取ったように優しい声で言う。
「精霊が守護精霊となるのはたった一度だけです。それほどの想いを寄せてお護りするからですよ。忠臣が二君に仕えぬよう、精霊もまた同じ熱量で守護精霊として別のお方に侍ることはできません。私も、先王様をお見送りした身ですから、もうあのような悲しみは受け入れられません。ナハティガルも同じだと思われますが」
当然のことながら、シュヴァーンが父と過ごした時間は娘のアルスよりもずっと長い。妻であった母よりも、姉よりも長く、常にそばにいたのだ。きっと、ナハティガルがいない今のアルスが覚えているような喪失感――もしくはそれ以上のものをシュヴァーンは抱えて精霊界に戻ったのではないだろうか。
それでもベルノルトの要請に応え、こうして力を貸してくれるのは、きっと遺された娘たちを見守るためでもあるのではないだろうか。それこそ、父のために。
「ありがとう、シュヴァーン。……私も、ナハの代わりは誰にもできないと思っている。ナハがいないと駄目なんだ」
ポツリ、と零す。シュヴァーンがうなずいた気配があった。
「姫様のその想いが届きますように」
「うん」
「ナハティガルはいつでも姫様のおそばにおります。ええ、いつでも。この霊峰に来てはっきりと感じます」
シュヴァーンがそんなことを言うから、アルスは目を瞬いた。
「本当か、シュヴァーンっ?」
「ええ、ナハティガルの一部、ですが。確かに姫様のおそばにおりますよ」
それを聞き、アルスは涙が滲みそうになる。
あんなことになった後もアルスのことを心配して、欠片になってでもそばにいてくれたのかと。
そんな話をしていると、アストリッドが不意にアルスを見上げ、笑った。
「アルスおねえちゃんの回りのキラキラ、青いの」
青い――。
アストリッドには、アルスには見えないものが見えているのだろうか。
青い、キラキラしたそれは、あの騒がしい――。
アルスは涙を拭い、そうであってほしいと心から願った。
そうして、アストリッドに導かれるまま山を登り続ける。危険はないのだろうか。
ナハティガル、とアルスはつぶやき、霞んだ柔らかな光だけが降る空を見上げた。
「さあ、いよいよですね」
シュヴァーンが静かに、アルスの肩でささやいた。




