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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第5章 祈り

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40◆境界

 この霊峰に登り始めて不思議と空が見えなくなった。靄がかかったようになって上が見通せないのだ。

 前が見えないということはないのに何故だろう。どう言えばいいのか、まるで夢の中を歩いているような気分になる。


「どこまでも不思議なところだな……」


 アルスがつぶやくと、後ろからベルノルトが答える。


「ここは世界(エーレ)であって、精霊界に近い場所でもあり、境界だから。私たちの常識が通用しないところだ。気をつけるに越したことはない」

「う、うん」


 うっかり道を踏み外したり、はぐれたりしたら戻れないかもしれない。今になってそんな不安を抱いた。


 ただ一人、ヴィリヴァルトに担がれて後ろ向きになっているアストリッドは、霊峰に入ってからフードを外していたので顔がよく見える。ヴィリヴァルトやローザリンデがいるからか、今は落ち着いて見えた。この後、儀式のために皆と別れた後はアルスがしっかりしなくてはならないのだが。


 どれくらい登ればいいのかわからない。食料や水といった荷物はクラウスやラザファムも分担して持ってくれている。


 天候が崩れる心配はしなくてもよさそうだ。昼なのか夜なのかもよくわからなくなりそうなほど明るい。この場所は暗くはならないのだろうか。

 一緒に登りながら、クラウスはアルスにだけ聞こえるような声でささやく。


魔の国(ラントエンゲ)の山と霊峰、まさかどちらにも登ることになるなんて思わなかった」

「……魔の国の山にも登ったのか?」


 そのことを、クラウスはこれまで一度も口にしなかった。それは他言してよいことではないと思ったせいなのだろうか。

 それは厳しい面持ちを正面に向け、アルスのことは見ない。

 風もなく、自分たちが立てる音だけがあるのみだった。


「うん……。あそこにいるだけで悲しみに苛まれるみたいな場所だった。このエルミーラは、どう言えばいいんだろう。柔らかなものに包まれているみたいな気持ちになる」


 クラウスの言う通りだった。この山にはまるで危険などないような気になる。

 けれど、人の親は魔山に眠るゲオルギアの方なのだ。


 どれくらいか登り続けたけれど、それほど疲れたとは思わなかった。アルスの体力があるだけだろうか。

 他の皆はそれなりに疲れて見える。

 リィン、と小さな音が聞こえた。ハッとしてアルスが音の出どころを探しても、それは見つからなかった。


「……今、音がしなかったか?」


 クラウスに訊いても、クラウスには聞こえていないようだった。


「どんな音?」

「うーん、鈴の音みたいな?」


 振り返ってベルノルトとラザファムにも訊ねるが、二人は顔を見合わせただけだった。


「いや、聞こえなかったな」

「僕も聞こえませんでした」


 アルスの気のせいだったのかと思い始めた時、またリィン、と音がした。

 やはり、聞こえる。そして、その音が聞こえるのはアルスだけではなかったのだ。


「ははうえ、きこえます!」


 目を見開いたアストリッドがヴィリヴァルトの背から声を上げた。

 ローザリンデが立ち止まり、それによって皆がその場に留まった。


「それは鈴のような音なの?」

「はい。おおしえいただいた音ですっ」


 どうやらその音はローザリンデにも聞こえていないようだ。アルスは手を挙げた。


「私にも聞こえた」


 それを聞くと、ローザリンデはハッとして振り返った。


「アルステーデ姫様にも聞こえましたか。それでは、これより先に進めるのは二人だけだということです」


 あの音が聞こえることが通行許可であるというのか。アルスはいよいよかと腹をくくったが、クラウスの方が余程心配そうだった。


「……アルス、くれぐれも無理はしないで」


 クラウスには悪いけれど、その約束はできない。多少の無理は仕方がないだろう。


「まあ、頑張るさ。待っていてくれ」


 笑って、それからヴィリヴァルトの背から降ろされたアストリッドの手を取る。


「じゃあ、行ってくる」


 アストリッドは、頼れるヴィリヴァルトや母親から離れるのはつらいのだろう。それでも、アルスの手をギュッと握った。


「いってまいりますっ」


 精一杯の気丈さを見せてくれた。


「落ち着いて、あなたならできます。自分を信じて」


 これを言うローザリンデが不安でないわけはない。それでも、震える手を隠して娘を見送った。


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