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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第5章 祈り

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34◆歴史が動く時

 レプシウス帝国へと赴いたトルデリーゼとベルノルトがどのような報せを持ち帰ってくるのか、今のクラウスには予測がつかなかった。


 そして、魔の国(ラントエンゲ)で今何が起こっているのか、正確なこともわからない。このところ、一時に比べると魔族は勢いを失っているように思われた。


 以前はこのレムクール王国の教団が管理する土地にすらダウザーはやってきたのだ。魔に染まっていた頃、クラウスでさえかなりの距離を移動できた。

 ループレヒトたちもどうしているのだろう。クラウスの後釜を狙ってまた争いが再燃しているのだろうか。


 わからないことだらけなのに、この静けさが不穏に感じられた。

 クラウスは今、レムクール王国王城という聖域にいる。ダウザーであってもここに侵入するには相当な力を使うことだろう。魔王不在の今、ダウザーに魔の国がかかっていると言えるのかもしれない。


 考えてもわからないのに、時間だけがあるから、クラウスは毎日考えるしかなかった。

 その日々が終わった時にもたらされた報せは、クラウスにとって青天の霹靂だった。

 



 ――トルデリーゼとベルノルトが帰還した。


 アルスがどれほど喜んでいるだろう。

 早くアルスとナハティガルを会わせてあげたい。


「クラウス、陛下がお呼びだ。私室の方でお待ちになっている」


 部屋にラザファムが戻ってきた。どこか柔らかい表情でそれを言うから、きっとよい報せがあるのだろう。


「ああ、わかった」


 クラウスはラザファムに借りたローブを羽織り、最上階の王族の住居へと向かう。ラザファムが共にいてくれるので、誰何されることもなく通される。女王の私室の前でラザファムは声をかける。


「クルーガーです。クラウスを連れて参りました」

「ありがとう。さあ、中へどうぞ」

「はい」


 ラザファムが扉を開くと、中にはトルデリーゼとベルノルトの他にアルスがいた。以前のように姫君らしい装いで、完璧に美しい。ただし、アルスがドレスを好きではないのも知っている。


 クラウスを見て、アルスがパッと顔を綻ばせたのが嬉しかった。


「じゃあ、僕は外にいる」


 意外なことに、ラザファムは同席しなかった。クラウスの肩をポン、と叩いて押し出すと出ていってしまった。


「クラウス、こちらへ」


 ベルノルトに促され、円卓のただひとつ空いた椅子に腰かける。アルスの隣だ。

 トルデリーゼの椅子の背もたれには守護精霊のファルケが停まっているのだが、ファルケはいつも物静かだった。ナハティガルが騒がしかったからそう思うだけだろうか。


 クラウスが席に着くと、ベルノルトが切り出す。


「会合は無事に終えた。ピゼンデルの現大統領は、可能な限りの誠意を示してくれたのだと思う。あの国がしたことを許すわけではないが、罪を問われるべき当時の国王はもういないのだ」


 憎しみを内に秘めていたベルノルトがこれを口にしたことに驚いた。トルナリガ大統領のことを覗き見たことがあるクラウスは、彼の国を想う気持ちにもほんの少しだけ触れることができた。その熱意がベルノルトを動かすことができたのか。


「ベル兄様、じゃあ――霊峰への立ち入りは可能なのか?」


 アルスの顔が期待で上気している。今にも立ち上がりそうな勢いだった。

 それをトルデリーゼが窘める。


「アルス、落ち着きなさい。順を追って話すから」

「はい……」


 しょんぼりとしたアルスも可愛いけれど、アルスばかりを見つめているわけにはいかない。

 ベルノルトは小さく息をつくと言った。


「レクラム王族の末裔である私は、トルナリガ大統領より謝罪を受けた。そして、ピゼンデルが奪ったものの一部を私に返すと言う」

「え……?」


 思わず声が漏れた。すると、ベルノルトはフッと笑う。


「レクラムの大地を私に返すと約束した。あの場で、ディートリヒ皇帝陛下、ヘンデル大司教が見守る中、調印した。返還の期日は精誕祭の儀に間に合うよう、初春となる」


 想像していた以上の成果だった。そこまでのことをしたからこそ、ベルノルトも認めたのだ。トルナリガ大統領の思いきりは、後に避難されるのか賞賛されるのか、今はまだわからない。


 あの国は、これからもまだ荒れるのだろう。

 それでも、今回の決断により、諸国から見放されることはなくなったのだ。


「それは……おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます」


 クラウスも驚きが勝ちすぎてそんなことしか言えなかった。

 ベルノルトはうなずく。


「我が国は、不法滞在のピゼンデル人捕虜の解放と魔の国が攻め入った場合の援助を約束した。つまり、ピゼンデル共和国との同盟を前提としている」


 これほどの展開の速さは、やはり儀式の重要性を感じるがためだろう。

 アルスもほっとしたようだった。けれど、ひとつ引っかかることもある。


「でも、ベル兄は姉様の夫君だから、レクラムに戻ってしまっては姉様が困る。……まさか、ローザリンデ妃っ? いや、アストリッド姫っ?」


 問題はそこなのだ。ベルノルトはもう、祖国に戻ることはできない。

 そうしたら、ベルノルトはトルデリーゼと目を合わせて微笑んでいた。それからクラウスに向けて言う。


「そう、私はもうレクラムの王になることはできない。そもそも、統べる民もいない。あの土地は、レムクールの属国となり、レクラム大公国という形になる」


 それしかないのだろう。また、歴史が大きく動く時だ。

 その時代に、自分は生きて息をしている。それを実感して肌が粟立った。

 ただし、それはまったくの他人事ではなかったのだ。


「レクラム大公には相応の人物を据えねばならない」

「ええ、それはもちろん……」


 レムクールの上級貴族は、リリエンタール公、ニーダーベルガー公である。

 旅の間に色々見聞きしたからか、ニーダーベルガー公は叩けば埃が出るとラザファムが言っていた。いずれ尻尾をつかんで失脚させることになるだろうと。

 そんな人物にこの重要な役割は任せられない。

 それならば――父のリリエンタール公がレクラム大公となる可能性があるのか。


 それでクラウスを呼び、この話を切り出したのだと思えた。しかし、そうではなかった。


「レムクール王国王妹にして、レクラム王族である私の義妹、アルステーデ」


 アルスはギクリと表情を強張らせたが、ベルノルトはまるで悪戯小僧のように笑っている。


「な、何?」

「アルステーデ・エルナ・フォン・ファステンバーグ。その夫君には相応の地位が必要だ。わかるな、クラウス?」


 まさか、だ。

 そんなはずは――。

 アルス以上にクラウスの表情は強張っている。


「クラウス・リリエンタール。――もうその家名では呼びません。折を見て家名を授けます」

「それは……っ」


 何を言っていいのかわからない。この二人は一体何を言うのだ。

 混乱する頭で状況を整理しようとするが、追いつかない。


「クラウス、アルスの夫として、レクラム大公としてレクラム大公国を治めてください。頼みましたよ」


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