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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第1章 アルスの旅立ち
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12◆エンテとイービス

 入りたての女中を呼ぶのに正面玄関から行くものではないとラザファムに言われ、アルスは領主館の裏口――使用人たちが使う木戸まで回り込んで声をかけた。こういうところから商人に配達された品を受け取るのだそうだ。


 厨房が近いので動物連れだといい顔をされないとも指摘され、ナハティガルにはブレスレットに擬態してもらった。


「昨日からここに勤めているノーラっていう子に会いたいんだけど」


 出入りする女中の一人を捕まえて言ったら、嫌な顔をされた。忙しいのかもしれない。


「さあ? 昨日来たばっかりなんて、そんな子覚えていないわ」


 非常に素っ気なく言われ、アルスが二の句を告げる前に屋敷へ引っ込まれた。

 女中に自由はなく、知り合いが訪ねてきたからと言って簡単に会わせてくれないのだろうか。


 困った。どうしたものかと思案していると、今度は青年がやってきた。ハンチング帽を被った、これと言って特徴のない男だ。

 アルスはもう一度声をかけてみる。


「ノーラって子に会いたいんだ。昨日からここにいるはずなんだけど」


 すると、青年はアルスの顔をじっと見つめた。顔に穴が空きそうだ。


「君、美人だね。アルステーデ姫様に似てるって言われない?」


 心臓が止まりそうになることを言われた。


「い、言われたこと、ない」


 しどろもどろになってしまったが、とりあえず青年は深く考えなかったようだ。


「そう? 似てると思うんだけどなぁ。まあ、姫様と比べるには淑やかさに欠けるかもしれないけど」


 腰の剣に青年の目が留まった。ハハハ、と軽く笑っている。

 アルスもアハハ、と笑っておいた。


「ええと、ノーラだっけ? 昨日、そんな名前の子が来たのは覚えているよ。どこにいるのかは知らないけど」

「大事な話があるんだ。呼んできてほしいんだけど」

「美人の頼みは断れないな。ちょっと待ってな」


 そんなことを言って青年は下がった。

 アルスは言われた通り待っていたが、青年は戻ってきた時も一人だった。頭を掻きながら申し訳なさそうにしている。


「う~ん、一日で音を上げて暇をもらったんだって。もうここにはいないらしいよ」

「えっ? 本当に?」

「よくあるんだよね、こういうこと。思ってたのと違うって」


 仕事がつらくて逃げ帰ったと。

 けれど、アルスが接したノーラはとてもしっかりした子だった。余程ひどい仕打ちを受けたのかもしれない。


 この青年に苦情を言っても仕方がないけれど、それでもアルスはやり場のない感情を持て余して拳を握りしめた。


「ありがとう」


 礼だけ言って足早に去る。ほとんど小走りになって屋敷から離れたけれど、待ち伏せのようにして道の先にラザファムが立っていた。足元には白い猫がいる。


 ただの猫ではない。聡明な青い瞳を見てそう思った。

 ナハティガルがブレスレットからいつもの鳥になってアルスの肩に停まった。そして、猫に声をかける。


「エンテじゃないか。ひっさしぶりぃ」

「…………」


 軽やかに無視された。猫は尻尾をピンと立て、誇り高く顔を背ける。


「いけ好かないヤツだなぁ」


 ナハティガルは半眼になってぼやいたが、エンテは馴れ馴れしくされるのは嫌いらしい。

 エンテはラザファムの呼びかけに応えてやってきた精霊だろう。ラザファムが何故、ここに呼んだのかは知らない。


 けれど、ラザファムの表情は先ほどまでよりもずっと険しくなっていた。


「ナハ、お前もあの屋敷から何か感じたか?」

「へっ?」

「エンテはあの屋敷から嫌な気配がすると言う」


 アルスは思わず目を瞬かせた。そんなアルスに向け、エンテは女性的とも男性的とも言えない落ち着いた声で言った。


「アルステーデ姫様、あの屋敷に住まうのは間違いなく人間ではございますが、何やら(よこしま)なものを感じます。重々お気をつけくださいませ」


 それだけ言うと、エンテはくるりと宙返りし、煙のように消えた。

 ナハティガルは、ケッケッと吐き捨ててご機嫌ナナメだった。


「あいつ、アルスがボクを選んだのを未だに根に持ってるんだ」

「それだけ名誉なお役目だからな。それで、ナハ、何か感じるのか?」


 ラザファムに問いかけられ、ナハティガルは首を傾げた。


「そぉねぇ。あるっちゃあるけど、大したことないかな。人間だってある程度は邪だから」


 それを言われると、人間としては複雑だが。

 道端で立ち話をしていては、鳥が偉そうに喋っているのを見られてしまう。アルスたちは場所を変え、屋敷の塀の陰に来た。


「ノーラが一日で暇をもらって出ていったっていうんだ。でも、あの子はすごくしっかりしてたし、それを聞いてもピンと来ないんだ。何か嫌な予感がしてしまう……」


 アルスが言うと、ラザファムは眉根を寄せた。


「実家はエルツェ村だそうですね?」

「そうだ。本当に家にいるのか、戻って確かめるしかないのかな」


 それをすると、大幅に時間を失うことになる。わかってはいるけれど、人の命に関わることだとしたら見過ごせない。


 アルスがノルデンへ急ぎたい気持ちと、ノーラの身を案じる気持ちとの板挟みになっていることにラザファムも気づいたらしい。

 右手を額に翳し、まぶたを閉じてつぶやく。


「――大いなる精霊よ、我が呼び声に応えよ」


 ラザファムの手甲から青白い光が漏れた。精霊術師の手には精霊の祝福がある。

 炙り出しのように普段は目に見えないが、力を使う時にはああして光を放つのだ。

 ナハティガルはまたエンテが来ると嫌だなとでも言いたげだった。


 ラザファムの要請に応え、土の下から湧き出るように現れたのはイタチだった。もちろん、本物のイタチではない。


「我を呼んだか、人の子よ」


 重厚な声で重々しく言う。

 しかし、見た目はつぶらな瞳のイタチだ。口調が似合わなさ過ぎて笑いを誘うが、耐えた。


「精霊イービス、僕たちはとある人間の娘を捜している。この町の隣のエルツェ村か、もしくはその道中にその娘がいないか調べてほしい」

「ノーラという名の少女だ。赤い髪をおさげにしている」


 アルスが告げると、ナハティガルが飛んでいってイービスの腕に翼を押し当てた。


「ほら、こんな子。家はコレ。こっちはノーラのお兄ちゃん」

「ふむ。心得た」


 精霊同士、何やら情報交換をしたらしい。イタチだったイービスは、輪郭が歪んだかと思うと鳶になって力強く飛び上がった。最初からその悠然とした姿だったら笑いは誘わなかったのだが。


「これで僕たちが移動するよりも速く判明するでしょう」

「ありがとう、ラザファム。頼りになるな」


 アルスが珍しく素直に褒めたせいか、ラザファムはかすかに頬を染めた。素直なアルスの発言は不意打ちだったのだろうか。

 その一瞬の照れを隠すように、ラザファムはアルスから目を逸らして言う。


「問題は、彼女がどこにもいなかった場合ですね」

「う、うん」

「そうなると、エンテが言った気配のことが気になります」


 邪な、何か。

 人の心の闇。


 それでも、ナハティガルはため息をついて首を振った。


「エンテは大げさなんだって。シンケーシツなの」

「お前が大雑把なんじゃないのか?」

「アルスに言われたくないし! ボクみたいに繊細な精霊を捕まえてなんてコト言うんだよ」


 そんなやり取りを、ラザファムは面倒くさそうに遮る。


「とにかく、しばらく待つ必要があります。公園にでも行きましょうか」

「わかった」


 ラザファムはアルスを連れ戻しに来たはずだが、少なくともノーラの件が解決するまでは帰れと言わないでいてくれるようだ。

 アルスがうなずくと、ラザファムは意外そうに目を(すが)めた。


「あなたはもっと急いでいるのかと思いましたが」


 もちろん、急いでいる。

 ただ、ラザファムは皮肉のつもりでこれを言ったわけではないのだろう。

 アルスは自分の胸を拳でドン、と叩いて見せた。


「急いでいるさ。でも、私はクラウスに恥ずかしい自分で迎えに行くわけにはいかないんだ。だから、どんなに急いでいても、か弱い少女を見捨てられない」


 クラウスは自分の身を挺してアルスを逃がしてくれた。そんなクラウスに相応しい人間でいなくては合わせる顔がない。


 これを言うと、ラザファムは小さくうなずいた。


「アルス様らしいお答えですね」


 この時はラザファムも表情を和らげていた。

 いつもそうしてくれていたらいいのに。


 ヘチマよりはカボチャがいいとナハティガルは言うが、カボチャよりは値打ちがあるとは思っている。

 もうちょっとマシなものに例えてやってほしい。

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