31◆首脳会合
会合はレプシウス帝国南部の都だ。女王トルデリーゼと夫君ベルノルトの二人が参加する。
そうなると、アルスは城を護らなくてはならない。
姉が即位してから長く王都を離れるのは初めてのことである。
「姉様、ベル兄様、気をつけて」
見送りにはアルスとパウリーゼ、ラザファムたちの他に重臣たちがずらりと並ぶ。クラウスのことはまだ公にはされていないので、部屋で待機したままだ。
「朗報を持ち帰れるようにするから、アルスもあまり心配しないで。お城で大人しく待っていて?」
姉に釘を刺された。アルスは待つのが苦手だからと言いたいのだろうか。
「ええ、待っています。どうかよろしくお願い致します」
周囲の目があるので、アルスは表の顔で淑やかに答える。姉の心配事は多く、アルスのことばかりに気を揉ませてもいけないとは思っている。
姉にとっての一番の心配事は国のこと、そしてベルノルトのことだから。
ベルノルトは微笑んでいるけれど、その心中はわからない。どうか、すべて上手く行きますようにと願うしかなかった。
女王を運ぶ馬車は正門から華々しく旅立っていった。厳重な警戒態勢である上、守護精霊やベルノルトが呼ぶ精霊たちもいる。きっと大丈夫だろう。
ぼうっと立っていると、ラザファムに声をかけられた。
「アルス様、風邪をひきます。もう中へお戻りください」
「うん……」
アルスの声を風がかき消すように攫っていった。
◇
ベルノルトは、寄り添うトルデリーゼのぬくもりを感じつつ、再びレプシウス帝国へと赴く。
別の馬車にはセイファート教団大司教も乗り、同道している。
――レプシウス帝国南部、バルテン。
そこはレムクール王国にとってもピゼンデル共和国にとっても、そして亡きレクラム王国にとっても集まりやすい立地であり、過去に首脳会合が開かれたことは一度や二度ではない。
ただし、そのすべての国の長が代替わりしており、この面子の誰もが初めてのこととなるのだ。それは主催するレプシウス帝国皇帝でさえも同じである。
国境が近いこともあり、バルテンは城郭都市である。霊峰を源とするペイフェール川の清流を誘い込み、外壁の溝を埋めている。だからこそ、会合の場としては相応しい。魔族にとってはレクラム跡地ほどではないとしても近寄り難い場所である。
もっとも、ベルノルトがペイフェール川の効果を知ったのはここ最近のことだ。思えば、レムクール王国南部に位置するセイファート教団本部も同じことをしている。
厳重な警備体制が敷かれた城の中、会合の場に用意された椅子は五つ。
そこにはすでにレプシウス皇帝ディートリヒがいた。懐刀であるヴィリバルトはいない。
この場に武器を持ち込むことはあらかじめ禁じられている。武人であるヴィリバルトは素手であってさえ武器と変わらないような男だから、他を威圧しないために外したのだろうか。ディートリヒは自分の身くらいは自分で護れる。
「各々方、ようこそ我がレプシウスへ。この会合が実現したことは喜ばしい進展だ」
そう言って立ち上がると、口元だけはにこやかにベルノルトに告げる。
「この場に武力は持ち込まない決まりだ。精霊も武力のうちではあるな」
王笏に停まるファルケが物言いたげに嘴を動かした。トルデリーゼは困ったようにその背を撫でる。
「守護精霊に関しては、どこへ行くにも離すことはできない。せめて、私は精霊を呼ばずにおこう」
それがせめてもの譲歩だ。
ベルノルトが頼もうとも、守護精霊はトルデリーゼの命なしにピゼンデル大統領を襲ったりはしない。
「そうしてくれ。……トルナリガ大統領は別室にいる。今に来るだろう」
それから、ディートリヒはベルノルトの隣にいるセイファート教団のヘンデル大司教にも目を留めた。
ディートリヒにしては穏やかな目で微笑む。
「大司教。久方ぶりですが、お元気そうだ」
ヘンデル大司教もくぐもった笑い声で返す。
「陛下もますますご壮健のようで何よりです。このような場に立ち会うことになろうとは、長生きはするものですな」
「大司教はあと百年は生きるさ」
「でしたら陛下はあと三百年でしょうか」
笑い合っているが、腹の見えない二人だ。
そんなことをしているうちにやってきたのだ。ピゼンデルの大統領が――。




