30◆三姉妹
公務の隙を突き、姉はアルスとパウリーゼとを自室に招いてくれた。
姉妹だけで話す場を設けてくれたのだ。それはとても嬉しいのだが、久々にドレスを着たから、とんでもなく窮屈に感じる。
ナハティガルに『アルス、太ったんじゃない?』なんて言われたくない。
――姉はアルスが戻ったその日にも一度、短い時間ながらにも顔を見て静かにうなずいてくれた。周囲に人がいたので話すことはできなかった。アルスの出奔は極秘であり、城にいたことになっているのだから。
それでもたったそれだけで、姉の顔を見ただけで、これ以上ないほどの安心感に包まれ、アルスは涙を堪えるのに必死だった。
今日になってやっと、アルスは姉とこうして話せる。姉はアルスを優しく抱き締めてくれた。
「話は聞いているわ。色々と言いたいことはあるけれど、おかえりなさい。単純に喜んではいられないけれど、あなたが無事で本当に嬉しいわ」
アルスも母に甘える子供のように姉の背に腕を回した。
「ただいま。姉様、ごめんなさい……」
らしくないほどのか細い声で答えると、姉はゆるくかぶりを振った。
「あの時、私もクラウスを護ってあげられなかったから、あなたの行動を責められないわ。あなたはとても頑張ったもの」
うん、とだけ言い、後の言葉はどこかへ零れて消えた。
そんな二人にしがみつくようにパウリーゼも加わる。
「大丈夫、きっと上手くいくわ。湿っぽいのなんてアルス姉様に似合わないの」
顔を上げ、ニコッと微笑む。パウリーゼにも元気を分けてもらえている。
姉もアルスの背を撫でながら言う。
「三ヶ国会談まで二月はかかるわ。それでも、私たちも全力で霊峰での儀式を行えるようにするから心配しないで」
ベルノルトの心中を思うと、アルスも複雑なところだった。それでも、どうしても今ピゼンデルとことを構えるわけには行かないのだ。
あれからまた魔族がどう動くかはわからない。守護精霊がいない今のアルスは不用意に出かけられないのだから、この城に籠っているしかない。それでも、アルスは鬱々と過ごすわけではなかった。
「うん。私もアストリッド姫について霊峰に登るから、鍛え直さないといけないし」
「えっ! アルス姉様、霊峰に登るのっ?」
「アストリッド姫と一緒に行くって約束したんだ。あんな小さい子にだけ行かせるんじゃ悪いから」
霊峰のような聖域にはさすがの魔族も侵入してこない。だから守護精霊がいなくとも問題はないはずだ。
「霊峰の頂には選ばれた者しか入れないそうよ。男子禁制だという話ね」
清らかな乙女しか巫女になれないという。男性は入れないのだ。
「レクラムの民ではないけど、私も精霊と親和性のあるレムクール王族だ。入ってみせる」
意気込みだけは十分にある。
そんな妹を見て、姉はクスリと笑った。
「そうね。でも、無理はしないでね」
きっと、塞ぎ込むよりは目標を持っていてほしいと考えたのだろう。
儀式の手伝いをできるということは、アルスにとって大きな慰めではあったのだ。
城へ戻ってから、クラウスはラザファムと行動を共にしていることが多い。
クラウスの立場も不安定で、公爵家には戻れないままだ。だから行き場がない。
大っぴらにアルスと一緒にいられることはなく、会えない日が多かった。
それでも、手紙が届く。
鳥になったエンテがクラウスの手紙をテラスまで届けてくれるのだ。ラザファムが書かせているのだろう。どこまでも気が利く男だ。
クラウスが書くことは他愛のない内容ばかりではあるけれど、手本のように綺麗な字を眺めているだけでも満たされる。
アルスを不安にさせないようにしてくれる二人の心が嬉しかった。
そして、厳しい冬が来る。
その雪が消えかけた頃、ようやく会談が始まったのだった。




