28◆侵略の裏側で
それから、クラウスはラザファムの部屋にしばらく置いてもらうことになった。
ラザファムは精霊術師として個室を与えられているので、クラウスがいても他に迷惑をかけることはないという。
クラウスが精霊術師の宿舎にいて不審に思う者もいるはずだが、その辺りはベルノルトが事前に箝口令を敷いてくれたようだ。
「しかるべき時が来るまでは自分から語ることはないように」
とのことである。
クラウスはラザファムのローブを借り、精霊術師の恰好をしているが、剣は佩いている。これがないと落ち着かない。
ラザファムは忙しい身で留守にすることが多かった。だから、クラウスには考える時間がたくさん与えられた。
あの魔の国の山がそれほど重要な場であったのなら、あそこで行われたことには深い意味がある。葬送であると同時に、魔王の復活を願っていたのだろう。
そこにクラウスを同行させたダウザーとイルムヒルトのことを考えると、胸がギュッと痛くなる。
ナハティガルを復活させるために霊峰で儀式を行い、世界に精霊王の力を満たす。
それはアルスにとってもクラウスにとっても悲願だ。けれど――。
あの魔の国は精霊王の輝かしい力などとは無縁だった。魔山が精霊王の番の墓だというのに、魔山の番は精霊王の恩恵を拒んでいる。
それも嫉妬によるところなのだろうか。エルミーラを愛する精霊王を憎み、拒絶したが故にあの国はあんなにも暗いのか。
クラウスも、アルスのそばにいられない時には嫉妬に胸を焦がした。その想いはわからないでもない。
ずっと、光を避けて必要としないままでいた魔の国は、もう光には耐えられない。
霊峰で巫女が儀式を行えば、魔の国は衰退する。その考えは最早確信に変わっていた。
魔の国では生命を育みにくいのだ。
人や生物が魔の国の気に染まって魔族となるのであって、新たに生まれるという例は少ないようだった。ここのところ、生まれたのはイルムヒルトくらいのものではないのかと思われる。
それならば、レクラムが滅んだことによって魔の国は保たれたと言える気がした。もし霊峰での儀式が続いていれば、世界には光が満ちていた。魔の国の方が余程不安定だと言えるだろう。
――そこで部屋の鍵が開けられる音がした。ラザファムが戻ったのだ。
クラウスは窓際にもたれながら部屋の主を迎え入れる。
「おかえり、ラザファム」
「ああ、退屈だっただろう?」
そう言って苦笑し、ラザファムは扉を閉めた。戻って早々のラザファムに、クラウスは思うところを伝えた。
「なあ、ラザファム。十年前のレクラム侵攻の裏には魔族が関わっていた可能性があると言ったらどう思う?」
「……魔族が?」
いきなり向けられた言葉に、ラザファムは表情を険しくしながらも持っていた本をテーブルに置いた。
「しばらく向こうにいた君だからそう思うのか?」
「……レクラムの巫女による儀式が間違いなく行われていたとすれば、衰退したのは魔の国の方だ。でも、霊峰の膝元であるレクラムは聖域だから、普通の魔族は近づけなかった。だから人間を使ったんじゃないかって思える」
クラウスがピゼンデルへ向かった時、レクラム跡地にも立ち寄った。あの時のシュランゲの様子を思うに、魔族に近づける場所ではないのだ。ダウザーほどの力があればわからないが。
「可能性として、あり得ないことではないのかもしれないな」
ラザファムもやはりそう考える。
魔王が自らの死期を覚った時、遺されるのは一人娘のみだということをどう思っただろう。娘では魔山を保つことができないとしたら、霊峰を落とすことで自国の衰退を止めるという手段に出た。そう考えると色々なことに説明がつくような――。
デッセルの町で領主親子が魔に傾倒したように、ピゼンデル王を言葉巧みに操ることができたのか。
――とはいえ、すべてはクラウスの憶測にすぎない。
考え込んでいたクラウスは、ラザファムのもの言いたげな視線に気づいた。どこか悲しそうにじっとクラウスを見ている。
「……君が魔の国にいた時間は消し去りたい思いばかりではないのか?」
「どういう意味だ?」
すると、ラザファムはゆるくかぶりを振った。
「向こうに何かを置いてきたように見えてしまう。いろんなことがあったとは思うが、アルス様を不安にさせてしまうから気をつけた方がいい」
――アルスはそれをわかっていて、それでも受け止めてくれた。
ただし、そんな彼女に甘えていてはいけないのも当然だった。
「うん……。でも、俺が一番大事なのはアルスだから。アルスのためならそれ以外は諦められる。それだけは誓える」
「だろうな」
目を見てまっすぐに言ったら、ラザファムは苦笑した。
けれど、できることならば、争いのない世界であってほしい。
そんなふうに思うのはいけないことだろうか。




