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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第5章 祈り

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27◆奥つ城

「おかえりなさいませ、アルス様。それから、クラウスも」


 ラザファムは疲れの見える顔をしていたけれど、目だけは爛々としていた。


「ただいま。ラザファム、何か見つかったんだな」


 顔を見たらわかる。

 すると、そこでラザファムは意外なことにパウリーゼに目を向けつつ言った。


「パウリーゼ様のおかげです。僕では到底見つけられませんでした」

「パウの? ラザファム、お前、私が手伝うと言ったら、専門知識がないと無理だって」


 すると、パウリーゼはアルスの腕に自分の腕を絡めながら笑った。


「知識って、時にお荷物なの。柔軟な発想を殺すんだから」

「ほう?」


 ラザファムは軽く項垂れた。頭の固い彼のことなので、思い込みで迷走したところをパウリーゼが引っ掻き回したのだろうか。

 先入観のないパウリーゼの発想が上手く作用したらしい。


「僕は精霊関係のものばかりを選んで調べていました。けれど、重要な記載はそこではなくて、魔族について書かれた文献にあったのです」

「魔族?」


 クラウスが困惑したように声を上げた。ラザファムはうなずく。


「そもそも魔族とは何か。魔族とは〈悪〉ではないという定義で書かれています」


 それを聞き、クラウスはハッと息を呑んでいた。

 アルスもあの魔族の姫を見てからそれを考えた。

 これまでは、魔族は人々の暮らしを脅かす絶対悪でしかなかったのに。


「それで?」


 アルスが促すと、ラザファムは続けた。


「精霊が光であるのなら、魔族は闇に属します。けれど、闇が悪であるとするのではありません。それこそ、同じ人でも住む国が違う者同士という程度の差でしかないと」


 住む土地が違えば、考え方も食の好みも違う。それは環境によるところが大きい。クラウスは、魔の国(ラントエンゲ)にいれば魔に染まると言った。

 ただの人であっても魔族になり得るのなら、その言い分は間違っていないのだろう。魔の国に近いノルデンにさえ目を向けたくないレムクール人には受け入れがたい理屈だが。


「魔の国には、霊峰エルミーラと同じほどに高い山があるそうなのです。その山は、魔族にとってとても尊いものだと。こちらと向こうのふたつの山。この山は〈(おく)()〉なのではないかと書かれています」

「墓場ってことか? ……でも、誰の?」

「精霊王の(つがい)の墓です。創世記で〈地に眠る〉とあります」


 それはローザリンデも言っていた。霊峰エルミーラは精霊王の番の墓なのだと。


「ふたつの山って、霊峰が精霊王の番の墓だとするのなら、魔の国のは違うだろう?」


 そこでラザファムは眉間に皺を寄せ、重々しくつぶやいた。


「いえ、精霊王の番が二体いたとすればおかしなことではありません」

「番が二体って……」

「人ですら多妻であるのですから、精霊王の番が一体であるというのは思い込みです。この書によるものは仮説でしかありませんが、そう考えると辻褄の合うことが多いのです」


 創世記の精霊王の番は、精霊を生み、人を生み、数多の生き物を生んだとされる。

 この場合、精霊を生んだ番と人を生んだ番とが別だと考えていいのだろうか。


 だとするのなら、霊峰に眠る番が精霊を生み出し、魔山に眠る番は人を、ということになるのか。

 一体どういうことなのか、アルスには到底理解できなかった。


「精霊を生み出した番エルミーラの後に、もう一体の番ゲオルギアは人を生み出しました。けれど、人は精霊に比べて不完全です。それは母なるゲオルギアが嫉妬深かったから、人は妬む心を捨て去れないのだと。エルミーラは、精霊と人とが仲睦まじくあることを願いました。それが原初の人と守護精霊の関係だそうです。ゲオルギアは次々と生物を生み出し、そのどれもが精霊に遠く及ばないことを嘆き、そうして最後に生み出したのが我々が呼ぶところの魔族だったとされます」


 確かに筋が通っている。

 けれど、こんな説を唱えた学者はいただろうか。この本を書いたのは誰なのだろう。

 ラザファムは読んだ本の内容を覚えているのか、再び目を通すこともなく語る。


「嫉妬深いゲオルギアは、魔山に女性が近づくと大地を揺らして怒るそうです。魔山の怒りを鎮めることができるのは男児のみであったと。こちらは霊峰とは逆です。魔山に眠るゲオルギアの怒りを買えば、魔の国は滅ぶとさえ考えられています」


 この話をしている時、クラウスはずっと何かを考え込んでいるふうで口を挟まなかった。

 だから、アルスが答えないとラザファムが一方的に話すばかりになる。


「今、世界に精霊王の力が届きにくいというのは、儀式によって霊峰を護っていたレクラムが滅んだせいらしい。それで、また儀式を行えば霊峰の力が戻るかもしれないって……」


 アルスはレプシウス帝国でローザリンデやアストリッドに会ったこと、そこで聞いたことをラザファムに伝えた。当然のことながら、ラザファムも驚きを隠せなかった。


「まさか、レクラムの生き残りがいたとは……」

「うん、そのまさかがあってさ」

「えっ、それって、ディーおじ様がベル兄様の弟になったってこと?」

「うーん、どうなんだろうなぁ」


 話が脱線しつつあると、ラザファムによって引き戻された。


「精霊を生み出したエルミーラが眠る場所、それも儀式の後でなら世界に残っているナハティガルの欠片を集めやすいでしょう」

「ほ、本当か?」

「この本にありますが、魔族も同じことをしています。死んだ魔族の復活をゲオルギアに願う……。それが成功しているのかどうかはわかりませんが」


 それを聞くと、魔族も人も同じ、近しい者の死に心を痛めて復活を願うのかと思った。同じく心があるのは、母を同じくするからなのか。


「魔族と人がきょうだいだなんて、こんな本は禁書扱いだろう。よく見つけたな」


 クラウスがボソリと言う。表情は少し青ざめて見えた。


「著者名がないんだ。手書きだし、この一冊だけしか存在しない気がする。僕が昔読んだ本はこれではなかった。ただ、この本の存在を知っていた誰かが書いたものではあったんだろうな」


 そう返したラザファムに、パウリーゼはどこか余裕の表情を見せる。


「そうね。カバーと中身が違ったから、隠してあったのかもしれないわね」


 木を隠すなら森の中というヤツか。とにかく貴重な本ではあるのだ。

 皆の手助けがあって、やっとナハティガルに近づいているという気がしてきた。それは嬉しいけれど、アルスは自分が一番何かをしなくてはならないはずだと思えた。


「なあ、私は何をしたらいい? ナハのために何ができる?」


 待っていると不安になる。何か役割がほしかった。

 すると、ラザファムは軽く首を揺らした。


「アルス様にしかできないことがありますよ」

「それは?」

「ナハが迷わず戻れるように呼びかけるんです」

「……それだけか?」

「守護精霊とレムクール王族との絆はとても強いのです。それはアルス様にしかできないことかと」


 この世界で一番、ナハティガルを必要としているのはアルスだ。アルスの呼びかけにナハティガルは応えてくれるだろうか。

 涙が滲みそうになるのを堪え、アルスはうなずいた。


「わかった。うるさいって怒られるくらい呼ぶことにする」

「ええ、そうしてください。その儀式を行うのはいつでもいいというわけではないのでしょう。日が決まるまでの辛抱です」


 ラザファムの優しい声に励まされ、アルスはその日に願いを託す。

 早く、と気持ちは焦るけれど。


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― 新着の感想 ―
色んな情報が明らかにされたお話でした。 葬送の話を読み返してみたら、あらま、ループレヒトのお名前も。 いやそれより、クラウスの立場の微妙さですよね。 様々なことが複雑に絡み合ってごたつきそうで楽しみ…
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