21◆双極
クラウスはローザリンデの話を聞き、思うところが多かった。
霊峰エルミーラで儀式を行い、世界に精霊王の御力が届きやすい状態に戻すという。
そうすることで魔族が勢いを失うのなら、クラウスが魔王にならずともレムクール王国を護ることができるようになる。そうすれば、アルスと生きられる。そして、ナハティガルを蘇らせることもできるかもしれない。
いいこと尽くめに思える。けれど――。
魔の国はいずれ、滅びへ向かうのだろう。
シュミッツ砦の襲撃の際、イルムヒルトはダウザーからクラウスを救ってくれた。クラウスを諦めると。
そんなイルムヒルトも儀式の後にはさらなる苦境へ追いやられるのだ。ずっとクラウスのそばに寄り添ってくれたシュランゲも苦しむだろうか。
それから、ダウザー。
彼はクラウスの苦悩の発端を作ったと言っていい。けれど、彼は常に自分の信念に従っている。その姿勢は、クラウスが魔の国にいた時にはただ忌むばかりのものではなかったかもしれない。
あの国もまた、存続のために足掻いているに過ぎないのだ。
山。儀式。
このふたつがクラウスにとっての引っかかりになる。
魔の国にも聳え立つ山があった。そして、その山で魔王の葬送を行った。
対極のようなふたつの山。果たして意味はあるのだろうか。
クラウスは、魔の国に関わったことで本来の居場所を失った。それでも、ただ簡単に彼らを恨むことができないのは何故だろうか。
アルスはアストリッドと打ち解けたらしく、彼女の目線に合せて話している。アルスだけが、今のクラウスにとっては迷いのない絶対の存在だった。アルスがいてくれるから、クラウスはどうにか自分を見失わずにいられる。
「まあ、今すぐに儀式が始められるかと問われるなら、アストリッドにも準備は必要だ。その間に、ピゼンデルに来訪の許可を取らねばならない。ただし、霊峰の重要性を広く伝えるのは得策ではなくてな」
「世界の命運を握る土地ともなれば、必ず政治利用されます。諸国は霊峰を盾にされてしまえばピゼンデルに対して強硬姿勢を貫くことができなくなるでしょう」
ディートリヒとヴィリバルトの懸念はそこなのだ。
「旧レクラム跡地ですが、王政が倒れてからほとんど手を入れられていませんね。今のところは何も知らないということでしょうか?」
クラウスは、魔力を持っていた時にピゼンデルへ赴いている。そこで大統領のトリナルガのことも観察して来たのだった。
「まあな。ただし、こちらとしては霊峰のことがあるから、完全にピゼンデルと手を切るわけにはいかなかった。ピゼンデルは、我が国がレムクールとの橋渡しをしてくれるのではないかと期待しているのだが」
「……魔族に対し、ピゼンデルは無力だ。だから、今後魔族が勢いを増す中で諸国から孤立したくないということか」
ベルノルトは厳しい面持ちを崩さなかった。しかし、疑問も抱いているように見える。
「ピゼンデルは王政の頃から精霊との繋がりもなく、魔族に対抗できる術はそれほど持たなかった。それがわかっていながら、何故あのような暴挙に出たのか、それも理解しがたいのだが」
「先の王は内戦で討たれたが、晩年はかなりの暴君だった。何か気に入らないことがあれば、筋が通らなくとも仕掛けたのかもしれないな」
ディートリヒは当時のピゼンデル王を直接知っていたようだ。
結局のところ、人の傲慢が世界を蝕むということなのだろうか。