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20◆切り札

 世界を救うことができるかもしれない女性、ローザリンデ。

 その秘匿された存在を知らされたばかりだというのに、今はもう目の前が真っ暗になった。

 いつも誰彼構わず嫁に来いとか言い出す女好き皇帝によって、世界の命運と希望が絶たれたことが、アルスには我慢ならない。


 しかし、クラウスの手がアルスの暴言を封じ込めているのである。

 その代わりと言ってはなんだが、ベルノルトが半眼になってつぶやいた。


「儀式を行えるのは彼女だけだと知った上で何故……」

「何故というが、ローザリンデを愛しく思ったからに決まっている。世界よりも優先すべき感情だな」


 しれっと言われた。

 ローザリンデだけが悲しそうに萎れた。


「申し訳ございません、お兄様。私なりに悩みましたが、母が亡くなってからは本当に心細くて……。お怒りはごもっとものことと存じます。気安く兄と呼ばれるのもお嫌でしたら――」


 そうしたら、ベルノルトは戸惑いながらかぶりを振った。


「いや、君を責めているつもりはない。私も同じだ。国が滅び、一人で絶望の只中にいて、そんな時にトルデリーゼに救われた。世界よりも優先すべき相手が君にいることを兄としては喜ばしく思う。生きていてくれて嬉しい、ローザリンデ」


 その言葉を聞くと、ローザリンデは感極まって泣き出した。

 彼女のそんな姿を見ては、もう何も言えない。


 アルスが体から力を抜くと、クラウスの手がアルスの口から離れた。アルスも、世界よりもクラウスを取るという選択をするつもりだった。だから、ローザリンデを責める資格などなかったのだ。


 ただ、これからどうしたらいいのかわからなくなって、途方に暮れているだけだ。


「巫女は必ずレクラム王族の血を引いていなくてはならないのですか? 作法を知って他国の者でも行うことができたなら――」


 クラウスが訊ねると、ローザリンデは申し訳なさそうに首を振った。


「レクラムの、特に王家の血を引く者は精霊との親和性がとても高いとされています。そうした血肉を持つ方は他国にはおられないでしょう」


 ベルノルトは黙っていた。クラウスも考え込んでいる。

 何か、他に方法はないのかと。


 それなのに、ディートリヒだけは少しの悪びれた様子もない。それがまた腹立たしかった。

 ヴィリバルトに何やら目で合図をして下がらせる。


「それで、これからどうするかという話だがな」


 本当にどうしてくれる。

 アルスの不満げな視線を受け、ディートリヒはニヤリと笑った。そして、ヴィリバルトが再び現れたのだが、またしても一人、秘匿された存在が表舞台に上がったのだ。


 ヴィリバルトの膝にしがみついている小さな女の子は、怯えきっていて今にも泣き出しそうだった。淡い紫色のドレスは子供用ながらに最上級の質である。


「泣くな、アストリッド」


 ディートリヒが声をかけると、その女の子はディートリヒに向けて駆け出した。彼が抱き上げると、その女の子はふぇぇ、と小さな声を上げて金色を帯びた目から涙を流した。

 アルスたちはまたしても唖然とするばかりである。


「レクラム王家の血を引く、年若く清らかな娘がこうしているわけだ」


 若すぎる。

 突っ込みたくなったが、この女の子が希望の光であることには変わりない。


 ベルノルトは頭が痛いのか、額に手を当てて動かなくなった。

 手の早いディートリヒによって危機に陥ったかと思えば、その手の早さに救われたような――でも感謝はしたくない。


 ベルノルトにとっては姪に当たるアストリッドだが、伯父という存在を理解できる年ではなさそうだ。ベルノルトはアストリッドではなくディートリヒに問う。


「いくつになる?」

「四歳だ」

「儀式を行えるまでしばらくかかるな」


 けれど、ローザリンデはアストリッドの背中をさすりながら言う。


「私にもいつ何が起こるかわかりませんから、もっと小さい頃からずっと作法については教えています。私の母も私に対してそのような教育をしていましたし」

「問題があるとすれば、生まれてこの方ほぼ外に出ておらんのでな。この箱入り娘が異国の山頂まで出向くのは大変なことだ。なかなか出かけると言ってくれんのだ」


 ディートリヒはそう言って呵々大笑した。


「ちちうえがごいっしょなら、いき、ます」


 アストリッドが泣きながら言うと、ローザリンデが困ったように言い聞かせる。


「それは無理だと言っているでしょう? 行くのは私とですよ」

「で、でもぉ」


 強くて逞しいディートリヒがいないと怖いらしい。とはいえ、皇帝ともなれば気安く動けないのも事実だ。


 アストリッドはディートリヒよりもローザリンデに似ていてとても可愛い。重たいものを背負わせてしまっているようで申し訳ない気持ちにもなった。

 アルスはアストリッドに近づき、笑いかける。


「私はアルステーデという。まあ、親戚のようなものだな。私とも仲良くしてくれないかな?」


 ひっく、ひっく、と泣いていたアストリッドは、それでもアルスに興味を示してくれた。金色を帯びた目がじっとアルスに向いている。涙に濡れていてとても綺麗だった。


「おねえちゃん」

「うん」

「おねえちゃんのまわり、キラキラ」

「ん? ああ、銀髪のことか」

「ううん、キラキラ」

「あ、うん」


 よくわからないが、アストリッドが泣くのをやめてくれたのでまあいいかと思うことにした。


「私が一緒に行くから、来てくれないかな? こう見えても私は剣を使う。ちゃんと頼りになるんだぞ」


 すると、アストリッドはしばらく考えた末に難しい顔をしながらうなずいてくれた。

 アルスは自分にもできることがあってよかったと思えた。


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