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19◆確保

 アルスたちと別れたラザファムは、王都へ向けて馬車に揺られていた。

 ルプラト峠を経由しないルートを選択することにした。またあれほどの魔族に遭遇した場合、切り抜けられるとは限らない。


 一日目はどの精霊も呼ばなかった。皆が疲れているのはわかりきっていたからだ。

 二日目に入ってから、ラザファムはまずイービスを呼んだ。イービスには馬の姿になって乗せてもらうことにしたのだ。


「よかろう。乗るがいい」


 さすがにシュヴァーンのように空を飛んで人間を運ぶようなことができる精霊は少ないが、イービスは馬力のある方だ。それほど馬術が巧みではないラザファムが乗り手でも、本物の馬よりも速く駆けてくれるだろう。


「疲れているのにすまない」


 その背に跨りながらも言うと、イービスは淡々とした口調で返した。


「より疲れた者を乗せるのはやぶさかではない」

「ありがとう」


 本来白兵戦など向いていないラザファムだ。砦の戦いでは、ほとんど役に立てた気はしなかった。アルスが屋上から落とされた時でさえ、ラザファムは何もできなかったのだ。イービスがいてくれなかったら、アルスも無事では済まなかった。


 アルスにはどう考えても守護精霊が必要で、それは必ずナハティガルでなくてはならない。アルスの性格上、ナハティガル以外の精霊を守護精霊に据えようとすれば、その座は空白のままでいいと言うに決まっているのだから。


 ラザファムがナハティガル復活の可能性を口にしたのは、過去にそのような事例を記した書物を読んだことがあったからだが、詳細がどこに書かれているのかまでは調べてみなければわからない。

 虚構の作り話ではなかったと思いたいけれど、ベルノルトの曇った表情を思い出し、不安に駆られもする。


 エンテに訊ねてみたとはいえ、不確かな情報を口にしてしまったのは自分らしくはないと思う。それでも、アルスに希望を持ってほしかった。


 一度口にした言葉の責任を、ラザファムはどうあっても取りたいと願っている。




 急いでいる以上、ヴァイゼの町を避けて通るべきかと考えた。

 けれど、あのピゼンデル人たちのことが気がかりだった。国境であの魔獣騒ぎがあっては通り抜けられたものではない。ということは、今もこの辺りに潜伏している。


 ラザファムは仕方なく、馬の姿のイービスから降りると、今度はヴィルトを呼び出した。


「ヴィルト、あのピゼンデル人たちを探せるかい?」


 トンボの姿のヴィルトは、くるりと頭上を飛ぶ。


「この辺りにいるんでしょうね。探してからどうします? ニーダーベルガー公じゃ、あったことを話しても取り合わないかもしれないし」

「少しくらい手荒なことをしてもいいだろう。濡れ衣でいいから牢に拘留されるように仕向けて時間を稼ぐ。国境を侵した者が堂々と出歩いていたのでは困るから」

「なるほど。人様の財布でも抜き取って彼らのポケットに入れておくとか、そんな具合でいいでしょうか?」

「じゃあ、僕のものを盗ったということにしよう。信頼の置ける相手が到着するまで、あまり騒ぎは大きくしたくないから」


 というわけで、ヴィルトがピゼンデル人たちを探し出した時、彼らは食堂にいた。帰りたくとも帰れないのだ。それに、あんなにも間近で魔獣と遭遇し、よほど恐ろしかったのか眠れないのか、憔悴して見えた。

 それでもラザファムは自警団の番所へ足を向けて告げた。


「窃盗に遭いました。男の二人組です。ご同行願います」

「すぐに行く」


 自警団員の男は立ち上がった。まだ若いが真面目そうだ。


「僕は精霊術師のラザファム・クルーガーと言います。実はその二人組は王都から流れてきた、別件で捜査中の者ではないかと疑っています。ですから、僕が確認をして使者を送るまで、あの者たちを解放されないようにお願いします。今の段階でニーダーベルガー公に報せることも避けてください。これはとても大きな事件なのです」


 それを言うと、彼はびっくりして奥から仲間を呼んできた。


「と、とにかく現場へ行きましょう」


 自警団員たちはラザファムの言葉を疑わず、素直についてきてくれた。

 そして、手筈通りにヴィルトは動いてくれて、二人に窃盗の濡れ衣を被せて町の牢へ放り込むことに成功したのである。


「精霊の君にこんなことをさせてすまないな」


 通りを歩きながら小声でそれを言ったら、ヴィルトは表情こそ読めないが笑っているような気がした。


「いいんですよ。本気で陥れたんじゃないですし。それにしても、あなたは急いでいる時ですら神経が細やかですねぇ」

「……性分だな」

「ええ、本当に。でも、できることには限りがありますから、急ぐのならナーエ村へ立ち寄るのはやめておきましょう」


 コルトがどうしているのかは気になるものの、ノルデンへは行けず、グンターには会えずじまいだった。気休めに言える言葉が何もない。

 そこまで手が回らなかったのも事実なので、ヴィルトの言うことは正しい。


「そうするよ。とにかく後は急いで帰る」


 ラザファムは短い休憩の後、再びイービスに頼って帰路を急いだ。

 王都が近づくほどに自分の無力さを示される時が来るようで怯えているのも本当だった。


 できることは何もないと、そんな結末があるのだとしたら、その時にはすべてを出しきっているはずだけれど。


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