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15◆世界の疲弊

 半日という期限を設けてヴィリバルトたちを引き留めた。

 その半日のうちに、ヴィルトだけでなく別の精霊がこの砦に降り立ったのである。


 それは、アルスの父王の守護精霊であったシュヴァーンだ。最高位の大精霊でもなければ、この距離をひとっ飛びとは行かない。レムクール王国の国土ほぼ半分に相当する距離なのだ。


 真っ白な天馬が砦に降りる前に、ラザファムが察知して屋上へ出向いた。アルスとクラウスもそれについていったのだ。

 空を見上げ、悠々と翼を広げた天馬が近づいてくる。目視できるところへ来たと思えば、そこから到着までは瞬く間だった。


 シュヴァーンは単独ではなく、驚いたことにベルノルトを乗せていた。ベルノルトが姉からこんなにも離れたところへ出向いたことに驚く。

 それほどまでにベルノルトが今回のことを重く受け止めたというべきか。


「アルステーデ」


 シュヴァーンの背から降りたベルノルトが、痛々しく切ない目を向けてきた。

 義兄との再会の懐かしさと、ナハティガルを失った悲しみ、不安とがアルスの顔に浮かんでしまう。


「ベル兄様が来るなんて、思ってもみなかった」

「トルデリーゼが私に行ってほしいと言ったんだよ。アルステーデが心配だから、迎えに行ってくれと」


 姉にはとことん心配をかけてしまった。それも申し訳なく思う。


「ナハが頑張ってくれて、クラウスは無事なんだ。それで、ナハを取り戻す方法があるかもしれないって、ラザファムとエンテは言ってくれたから、私はまだ諦めないことにしたんだ」


 すると、シュヴァーンが困惑したようにベルノルトの方を見遣った。その仕草にアルスはドキリとしたけれど、大丈夫だと信じたい。

 ベルノルトはアルスに近づき、そっと頭を撫でた。


「アルステーデ、それは……」


 それはなんだというのだろう。

 ベルノルトは続きを言い淀み、クラウスに顔を向けた。


「クラウス、本当にナハティガルが浄化したのだな。こうしてまた会えて嬉しいのは本当だが、代償も大きかったと言わざるを得ない」

「……俺も戻れるとは思っていませんでした」

「君を責めているわけじゃない。アルスが君に会いたかった気持ちを一番よくわかっていたのはナハティガルだということだ」

「はい……」


 そうして、ベルノルトはラザファムに言った。


「お前もつらい思いをしたな。ナハティガルを失ったことを受け入れられない皆の気持ちは当然だ。しかし、精霊を復活させるというのは、死んだ人間の息を吹き返すのと同じほど、そう容易いことではない」


 誰のとも知れない、ハッと息を呑む音がした。


「けれど、過去に――」

「症例があったとしよう。けれど、今の世界(エーレ)は疲弊している。同じことを同じように行っても結果が出るとは限らない」


 それが現実だ。

 アルスにとってはこの上なくつらい。

 そして、クラウスにとっても。


 誰も、何も言えなかった。

 この悲しみはいつまで続くのだろう。

 それでも、僅かな可能性にしがみつきたい。


 この時、屋上の入り口にヴィリバルトとエクスラーが立っていた。二人は歩み寄り、跪いたエクスラーとは対照的に、ヴィリバルトはまっすぐにベルノルトを見て、それから頭を下げた。


「ロルフェス将軍、砦での戦いに加勢してくれたそうだね。おかげで事なきを得た。どれほど感謝しても足りない」


 ベルノルトが穏やかな声で言うと、ヴィリバルトは、いえ、と短く答えた。

 そして、再び頭を上げる。彼の主は別におり、エクスラーとは立場が違う。額づくような行為は求めなかった。


 ヴィリバルトは一度唾を飲み込んだ。何故か、彼がベルノルトを前に緊張しているように感じられたのだ。

 どうしたのだろう、とアルスが思っていると、ヴィリバルトは切り出した。


「あなた様が仰る通り、今の世界は疲弊しております。精霊王の御力が届きにくい世界となったのは、レクラム王国が滅びたが故のことなのです」


 その名をベルノルトに向けて容易に口に出したくはないだろうに、それでもヴィリバルトは決意を込めて告げた。


「どうか、この話の続きを我が主君のもとでお聞き頂きたく存じ上げます」


 ベルノルトの方が青ざめて見えた。表情は険しい。

 ほとんど睨むようなベルノルトの視線を、ヴィリヴァルトは静かに受け止めていた。


「君たちは何を知っている?」

「あなた様の知らぬことを」

「誰から聞いた話だ?」

「それは私ごときの口からは申せません」

「帝都で皇帝陛下からお聞きしろと言うのか」

「はい」


 国外に出るのをベルノルトは望まないだろうが、ヴィリバルトも譲歩するつもりはないようだった。

 罠ではないはずだが、絶対に違うとも言えない。


「その話の中には世界の精霊王の御力を強めるための策があると考えていいのか?」


 アルスは思わず口を挟んでいた。


「そのようにお考え頂いて構いません」


 ヴィリバルトの答えは、アルスが求めているものだった。ナハティガルを取り戻すため、その可能性を上げるために必要なことならアルスは罠でも飛びついてしまいたくなる。


「ベル兄様、私はこの話の続きを聞きたい」


 ベルノルトは、眉間に皺を刻み、小さく息を零した。


「どれくらいで着く? 一日でこの砦まで戻れるか?」

「二日はかかりますが、今後のことを思えば必要なことと申し上げます」

「……わかった。ただし、この訪問は非公式だ」


 ようやくベルノルトが折れた時、ヴィリバルトは彼らしくないと思えるほど頬をほんのりと紅潮させていた。


 ベルノルトの来訪――。

 どれほどの大事がそこにあるのだろう。


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