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14◆読めない画策

 ヴィリバルトたちの案内をエクスラーに託し、彼らが会議室を出た後、ラザファムは窓を開けてヴィルトを呼び出した。

 トンボの姿のヴィルトが窓辺に停まると、ラザファムはヴィルトに頼み事をした。


「ベルノルト様にアルス様がシュミッツ砦にいることをお伝えしてほしい。ナハティガルがクラウスを浄化し、クラウスとも行動を共にしている。ただしその結果、アルス様は守護精霊を欠いた状況だから、迎えを要請してきてほしい」


 ヴィルトは体を萎めるように翅を畳んだ。


「ナハティガル、無茶するんだから……。ええ、ええ、急いでお伝えしてきますよ」

「ありがとう」


 ヴィルトはすぐさま光になって空に昇った。

 この報せを受け取ったベルノルトはどういう行動に出るだろうか。ラザファム以外にも精霊術師はいるから、そのうちの誰かを派遣してくるかもしれない。


 ヴィルトを見送ると、ラザファムは窓を閉めてから室内へ向き直った。


「アルス様、〈ロルフェス〉という名とフィリベルト殿の顔に覚えはありませんでしたか?」


 それに対し、ギクリとしたのはアルスではなくてクラウスの方だった。


「気づいたか」


 クラウスのそのリアクションでアルスも思い出した。

 ナーエ村の村長の庭にいた青年は、治療師に〈ロルフェス〉と呼ばれていた。あの彫刻のような顔立ちはフィリベルトとよく似ている。


「もしかして、クラウスみたいに連れてこられた……?」


 アルスのつぶやきにクラウスはうなずく。


「俺のように集められた者は他に数名いて、レムクールから連れられたのは俺だけだったが、レプシウスからは二人いた。そのうちの一人がループレヒト・ロルフェス――あの二人の弟だ。本人の口から聞いたわけではないが、まず間違いないだろう」


 アルスたちを襲ってクラウスに退けられたあの男もきっと同じだという気がした。あの男も、ナーエ村で遭遇したロルフェスも、クラウスよりずっと魔に馴染んで見えた。


「あの二人、その……弟が魔の国(ラントエンゲ)にいるって知っているのか?」


 もし、アルスにとっての妹であるパウリーゼがそんな目に遭ったら、アルスはクラウスにしたように取り戻しに走るだろう。あの兄弟がどんな関係性なのかはわからないが、まったく関心がないとは思わない。


 それでも、クラウスはアルスよりも淡白だった。クラウスも弟のダリウスと気が合うというふうではなかったなと今更ながらに思う。


「いや、知らないだろう。僕みたいに一度帰ったわけじゃないから、ただ行方知れずなだけじゃないかな」

「……探してるんだろうな」

「どうだろう。ループレヒトはつかみどころがないから、自分から家出したとでも思われていそうだ」

「教えてあげないのか?」


 弟が今、どうしているのか気がかりでないとは言えない。

 しかし、ラザファムはそれを止めた。


「やめた方がいいでしょう。彼まで浄化する術はありませんし、そもそも彼はどちらかと言えば馴染んでいましたから、こちら側に戻るつもりなどないでしょう」


 彼には罪悪感らしきものは見られなかった。もともとそういう性質なのだろう。

 クラウスはため息をついた。


「ループレヒトは現状を嘆いてはいなかった。ロルフェス将軍にしても、弟が魔族になったとあれば討伐するような方だから、言わない方がいいと思う」


 兄弟で命のやり取りをするのはつらいだろう。それなら知らない方がいい。

 クラウスはそうしてほしいようだった。それならばアルスからも言うべきではないのだろう。


 それから、ラザファムはポツリと零す。


「少し気になったのですが……」


 二人してラザファムに顔を向けると、ラザファムは眉間に皺を刻みながら言った。


「レプシウスに陛下をお招きしたいと言われましたね。それができないのであれば、ベルノルト様を名代にと」

「うん。でも私たちと姉様は王女の時に行ったこともあるんだ。姉様が女王になってからは一度も行ってないってだけで」

「ええ、そこにどんな狙いがあるのでしょうね」


 ただ単に友好を深める、そんな目的ではないのだろう。

 今はやるべきことが多すぎて、深く考えたくないような気になってしまう。けれどそれではいけないとばかりにラザファムは言う。


「何かをお見せしたい、あるいは会わせたい人物がいると考えるべきでしょうか」

「会わせたい……?」


 そこでアルスは少し前にピゼンデル人がレムクール王国に入り込んでいたのを思い出した。


 レプシウス帝国は、レムクール王国とピゼンデル共和国の和解を望んでいる節がある。その場合、最大の障壁は王配ベルノルトの存在だ。

 ベルノルトは、祖国レクラムを滅ぼしたピゼンデルを憎んでいる。席を並べられることなど我慢ならない。


「まさか、ピゼンデルの? ベル兄様がどうしても会おうとしないから……」

「そうした可能性もあります。けれど、ピゼンデルに関してだけ言うなら、ベルノルト様に対してそのような騙し討ちをした場合、関係は修復できないものとなるでしょう。それがわからない相手ではないはずです。だから、そんな愚を犯すとも考えにくいので、やはりこの問題に結論を出すには情報が足りません」


 ラザファムの言う通りだった。

 何故、ヴィリバルト――いや、ディートリヒは姉夫婦の招聘に拘るのだろうか。

 彼らは何を知っているのだろう。


「……ナハに会いたい。ナハを取り戻すことが今の私には最優先ですべきことなんだ」


 アルスは胸の内を正直につぶやく。二人が神妙な面持ちになった。


「ええ、王都に戻り次第、方法を探します。必ず」


 ラザファムがそう約束してくれた。それを疑うことはない。だからこそ、アルスもできることをしたいと思う。


「ありがとう。なあ、私はどうしていたらいいんだろう? 城にいても、私では精霊術の助けにはなれない。姉様やベル兄様に代わって公務をこなすのも限界がある。やっぱり、私がレプシウスへ行けば何かわかるだろうか?」

「アルスっ?」


 クラウスが目を白黒させた。守護精霊もいないのに何を言うのかとばかりに。


「皇帝が何を狙っているのか知りたい。少なくとも敵ではないはずだがな」

「アルス様には大人しく城にお戻り頂くのが一番かと」


 有無を言わさぬ口調でラザファムにも言われてしまった。


「でも、魔族がどんどん力をつけていくとして、この状況が続く時に人間同士の連携が取れていないというのは世界(エーレ)にとって最悪のことだ。皇帝の思惑がなんであれ、話を聞いてみたい。ヴィリバルトたちに助けられたのも事実だから、その礼も言わねばな」


 ラザファムはチラリとクラウスを見た。止めてくれと言いたげに。

 そうしたら、クラウスは困惑気味に視線を机の上に落とした。


「ピゼンデルも今は共和国だ。王政の頃とはまるで違う。過去の侵略は許されることではないが、もしピゼンデルの民が死に絶えてもベルノルト様が喜ぶことはないだろう。それなら、これからどうあるべきなのか、俺も何かできたらいいとは思う」


 いつまでも避けていては終わらない。

 誰もが斬り込む勇気のない、繊細な問題なのだ。

 だからこそ、一番の当事者と言えるベルノルトがいないと話が進まないのかもしれない。


「世界が平和であれと願う。少なくとも姉様はそうお考えだ。私もそれを願っている」


 ただそれだけのことなのに、事情がややこしくなるばかりだ。

 アルスはとにかく、この砦に到着するであろう使者を待った。


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