8 「私たち助け合わない?」
「つまり、俺は異世界人なんだよ」
意を決したであろうケン坊の言葉に、私は心の中で頷く。
(そうだね。ケン坊は異世界人だね)
もちろん、私はケン坊が異世界人であることは理解しているし、更に言えばケン坊の名前も知っていた。
しかし、それを言うつもりはない。
何故なら「相手の記憶を見る魔法」は私が唯一持っている切り札なのだ。
だからこそ、私は何も知らないふりをしてケン坊に質問した。
「異世界人って、どういう事?」
「いや、信じられないかもしれないけど、俺はこの世界の人間じゃないんだ」
ケン坊は言葉を選びながら慎重に説明を続ける。
そして寝る前は自分の部屋のベッドで寝ていたのに、朝起きたらここに居た事。
何故そんなことになったのか理由は分からず、困惑している事を正直に話してくれた。
「アダリア! 信じられないだろうけど本当なんだ! 信じてくれ!」
ケン坊は真剣な眼差しで私を見つめる。
「・・・にわかには信じられないけど、確かにケン坊の外見は私達と少し違うね。
耳が丸っこいし、肌の色も見たことが無いし、なによりも魔力量が凄まじい」
この言葉にケン坊の体はピクリと揺れる。
「魔力量? ってことはこの世界には魔法があるの?
そういえば、さっきから問題なく会話できるけど、これも魔法なの?」
「もちろん魔法はあるよ。さっきもケン坊に翻訳魔法をかけたから、こうして会話出来るわけだし。
むしろケン坊の世界に魔法はないの?」
「物語の中にはあるけど、実際にはないね。
・・・まさか、本当に魔法が使える世界があるなんて・・・」
ケン坊は何やらブツブツと呟くと、顔を上げる。
「ねえアダリア、俺のステータスってわかる? 何かチートがあったりする?」
何やらケン坊は魔法に興味があるらしいが、どうにも翻訳が上手くいかない。
「すてーたす? ちーと? ・・・ごめんねケン坊。
多分、ケン坊の言った言葉が私たちの世界では対応する言葉が無いみたいで、上手く翻訳できないの。
どういう意味か詳しく教えてくれる?」
「あああぁぁぁ~、まあ、なんていうか・・・、つまりは俺に最強の能力があるか分かる?」
「最強ってのが何を意味するのかわからないけど、ケン坊の魔力は一般的なエルフ百人分はあるよ?」
「それって凄い事だよね?!」
「そうだね。ここまで魔力があるエルフを見るのは初めてだね」
「へ~~~! やるじゃん! 俺!」
この瞬間、私は初めてケン坊の頬が緩む姿を見た。
「じゃあさ、俺ってどんな魔法が使えそうなの? 何か属性とかある?」
先程までの不安そうな顔はどこへやら、ケン坊は興奮気味に身を乗り出して色々と聞いてくる。
しかし、そんなケン坊を私は制した。
「まあまあ、落ち着いて。こんな暗い夜じゃあ何も出来ないから。
それにスープも冷えちゃう。
とりあえず、先に食べておこう?」
私がそう言うと、僅かに落ち着きを取り戻したケン坊はスープの入った器に視線を送る。
その視線には、若干だが不安な色を含んでいた。
「大丈夫大丈夫、このスープには毒なんて入ってないから。
もし私がケン坊に危害を加えるつもりなら、眠っている間にやっちゃうよ。
だから安心して? 私はケン坊を傷つけるつもりは無いから」
私の言葉に納得したのか、ケン坊は器に手を伸ばす。
「確かに、それもそうだね。
でもアダリアには平気だけど異世界人である俺には毒って場合もあるから、少しずつ食べるね?」
「うんうん。それがいいよ。もしも体調が悪くなったら直ぐに言うんだよ?」
するとケン坊は「わかった」と頷くと両手を合わせて何か呟き、少しずつスープを口に入れた。
そんな姿を眺めながら、私もスープを食べ始める。
(ああ、誰かと一緒に食事をするなんて本当に久しぶりだ。
数日前の自分には、こんな姿は想像できなかった。
ろくに魔法も使えない黒エルフの老婆と一緒に食事をしてくれる人など、あの街には一人もいなかったから・・・)
私の心臓が興奮気味に鼓動している。
更にモグモグと食事を続けるケン坊を見ると、自然と口角が上がってしまう。
(もし私に子や孫がいたのなら、こんな風に食事をすることもあったのかもしれない。
温かい家庭を作り、子の成長を見守り、孫や曾孫の姿に喜ぶという生活も出来たのかもしれない。
そんな夢のような生活が、私にも出来たのかもしれない・・・)
私は久しぶりに誰かと共に食べる食事を楽しみながら、思案を続けた。
(ケン坊は本当に幼く、そして無知だ。
それでいて膨大な魔力を持っている。
もしもケン坊が悪人に見つかれば、必ず悪用される。
そして騙され、酷使され、踏みにじられ・・・、正に私と同じ人生を歩むことになる)
少しずつスープを飲みながら「美味しい美味しい」と言っているケン坊を見つめながら、私は拳を握りしめ、決意した。
(・・・見捨てられない。
こんな幼い子供を放置して、私のように辛い人生を歩ませるなんて出来ない。
別に何か特別な知識や経験があるわけではないけど、私が一緒に居ないとケン坊はとんでもない人生を送ることになる。
私にできる事なんて限られているけど、可能な限り、この子を守ろう)
それから少しして、私たちは夕飯を食べ終えた。
その瞬間、私はケン坊に声をかける。
「ねえケン坊? 一つ提案があるんだけど聞いてくれる?」
「? 何?」
「別に大したことじゃないんだよ。ケン坊はこの世界の事が何も分からないでしょう?」
「まあ、そうだね」
「だから、私たち助け合わない?」