7 俺は異世界人
目の前に置かれた美味しそうなスープの入った器を前に、俺の喉はゴクリと鳴った。
しかし、知らない人・・・というか、意味不明な状況下でいきなり出された料理に手を伸ばすようなことは出来ない。
俺は意を決し、目の前の美しい少女に話しかける。
「あ、あの。えっと・・・。ハ、ハロー? グッドイブニングゥ?」
すると少女は不思議そうな顔をした。
「あれ? 坊やが何を言っているのか理解できない。
もしかして、久しぶりの翻訳魔法だから失敗したのかな・・・。
でも、もう魔力もないし・・・。
こんばんは。こんばんは。
私が何を言っているか、坊やに理解出来るかな?」
少女の問いかけに俺は呆気にとられながらも、
「こ、こんばんは」
と何とか返すことが出来た。
すると少女は嬉しそうに、
「ああ、良かった! ちゃんと機能している!
こんばんは! 坊や! こんばんは!」
と微笑みながら言葉を繰り返した。
そんな挨拶(?)を終えた直後、少女は口を開く。
「私の名前はアダリアっていうの。
気軽にアダリアって呼び捨てで構わないからね。
よかったら、坊やの名前を教えてくれないかな?」
そしてアダリアと名乗った少女は、何かを確認するような視線を俺に送ってきた。
俺は訳が分からなかったが、別に嘘をつく必要もなかったので名を答えようと口を開く。
「俺の名前は・・・」
そこで俺は、ここが地球と異なる世界だということを思い出す。
(・・・そういえば、マンガとかアニメにフルネームを使って相手を意のままに操る呪いとかあった気がする。
フルネームを答えるのはヤバいかもしれないな。
・・・かといって、完全に偽名を使いこなす自信もないし・・・)
そこで俺は下の名前だけを教えることにした。
「健だよ。よろしくね」
するとアダリアは、
「・・・ケン・・・、・・・ケン・・・」
と小さく繰り返す。
そして「うんうん」と小さく頷くと、
「分かった。これから坊の事はケン坊って呼ぶね?」
と一方的に宣言し、更には、
「それでケンっていう名前には、何か特別な意味があるの?
この辺りではあまり聞かない名前だから、良かったら教えてくれない?」
と身を乗り出して質問までしてくるのだ。
そんなアダリアの行動が、俺は不思議で仕方がなかった。
(普通、女性は見知らぬ男に対して警戒するものだ。
そして俺はただの見知らぬ男ではない。
アダリアから見れば、俺は森の中にベッドを持ち込み、布団にくるまって眠りこけていた男のはずだ。
警戒しない筈がない。
だというのに、アダリアは俺の為に料理を作り、こうして無防備にも身を乗り出して名前の意味まで聞いてくる。
・・・この余裕は何だ?
一見すると弱そうな少女だが、実際は強いのだろうか?
もしかして周囲に仲間が潜んでいるとか?
それとも俺の正体を知っていて試しているのか?)
俺の思考は疑問で埋め尽くされた。
しかし、何の手がかりもない状態では手も足も出ない。
仕方なしに俺はアダリアの質問に答える事とした。
「・・・いや、別に意味といえるほど立派なものではないけど、健康に育ってほしいって意味らしいよ」
そんな俺の言葉にアダリアは嬉しそうに微笑み、
「それは素敵な名前だね!
そんな素敵な名前を付けるなんて、ケン坊のご両親はケン坊を愛していたんだね!」
と言うと、何やら納得した顔をしている。
しかし、俺は何も納得していないどころか、この世界の事を何も知らないのだ。
そんな俺にアダリアはグイグイと無防備に近づき、何か余裕のある顔で質問を続ける。
「ところで、ケン坊はこんな場所で何をしているの?
立派なベッドや寝具もあるし、ひょっとして遊んでたの?」
「・・・あ・・・の・・・」
正直なところ、アダリアがどんな人物なのか俺には分からない。
とんでもない悪人かもしれないし、善人かもしれない。
どちらにしても、こんな状態にある俺に一切の警戒心も持たずに話しかけてくるような人物だ。
普通ではないだろ。
だが、何にしても俺には情報が足りない。
今は自分の運を信じ、アダリアを頼るしかないようだ。
俺は意を決して口を開いた。
「アダリア。落ち着いて聞いて欲しい。
俺は、どうやら別の世界から来てしてしまったらしいんだ。
つまり、俺は異世界人なんだよ」