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6 ケンとの出会い

「この辺りのはず・・・」



私が音源付近に辿り着いたのは、完全に夜になってからだった。


既に笛の音はせず、先ほどまで見えていた灯りも見えない。

周辺を調べたくても、私には魔法が使えない。

何度か声を出してみたが、返事もない。


結局、私は木々の間から見える膨大な魔力を目指して進むしかなかった。

そして悪戦苦闘しつつも悪路をなんとか踏破し、私は魔力の中心地に辿り着く。

そこには、森の中には不釣り合いなほどに立派なベッドがポツンと置かれていた。


どうやら遭難者(?)は優雅にベッドで眠っているらしい。



(なんとも肝が据わっているのか、それとも単なる変人なのか・・・)



私は警戒しつつもベッドに近寄り、ゆっくりと高級そうな布団をめくってみる。

そこには、随分と若い・・・、いや、幼い少年が笛を口にした状態で眠っていた。


起きそうにない坊やを見つめながら、私は思案する。



(・・・この坊やは、随分と不思議な外見をしている。

肌は白っぽいが純白ではなく、かといって私のように黒いわけでもない。


・・・というか、なんとなく体の作りからして私たちとは違うような・・・?)



私は悩んだ。

もし、本当に坊やのことが知りたいなら手段はある。

しかし、その為には魔法を使う必要がある。

つまり、



(・・・自殺用に残しておいた最後の魔力を使う必要がある・・・)



ということとなる。


今までの人生を振り返れば、綺麗とは言えない人生だった。

・・・いや、正直に言おう・・・、私の人生の大半は踏みにじられ、汚れた地面を這いつくばる物だった。


だからこそ、せめて最期くらいは肉片一つ残さず綺麗な光になって死にたいと思っていた。

その為に、爪に火を点す思いで必死に貯めた最後の魔力だ。


私は悩んだ。

いっそのこと、何も見なかったことにして故郷を目指そうかとすら考えた。


見たことをすべて忘れ、来た道を戻るだけでいいのだ。

それだけで、私は綺麗な最期を遂げられる。


私の足が僅かに動き、元来た道へと歩みだそうとする・・・、まさにその時、坊やの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。

その瞬間、幼い頃に家族を殺され、明るい未来を絶たれ、望まぬ生活を強制され、そして最後にはゴミのように捨てられた私の人生が見えた気がした。


何故だかわからないが、私は目の前に幼い頃の私が居るような気がしたのだ。


私は小さく笑うと、



「・・・本当に、人生は何が起こるか分からない・・・」



と呟き、手を伸ばして坊やの肌に触れる。


別に興味本位から肌に触れたわけではなく、私には母様から教えられた秘伝の魔法がある。

それが「相手の記憶を見る魔法」だ。


少し触れるだけで相手の記憶を見る事が出来る便利な魔法ではあるが、この魔法は精々が数日分の記憶しか見る事が出来ない。

本当なら相手の人生の全てを見る事が出来る筈の魔法なのだが、母様は魔法の完成を前に殺されてしまった。

だが、幸運にも私は母様から日常的に開発途中の「相手の記憶を見る魔法」を学んでいた為、不完全ながらも魔法を使うことが出来る。


確かに不完全な魔法であるが、それでもこの魔法は私を幾度となく助けてくれた。

何の後ろ盾もない私が今まで生きてこられたのは、この魔法があってこそだ。


私は残された魔力の大半を使って「相手の記憶を見る魔法」を発動し、少年の記憶を探る。



(なるほど、なるほど。坊やは朝から笛を吹き続けていたのね)



私は少年の記憶を探り続け、記憶は眠る前、つまりは前日の夜に至った。


その瞬間、私は驚愕する。

この少年は異世界から迷い込んだ遭難者だったのだ。



(・・・異世界からの遭難者なんて、まるで神話みたい・・・)



それからも、私は少年の記憶を探り続ける。


立派な家に住む彼はベッドに入る前に清潔そうな風呂で体を清め、更にその前には何やら美味しそうな菓子を食べていた。

そんな彼の側には、彼の両親であろう人たちが優しく微笑んでいる。


そこまで見た私は、過ぎ去った幸せな過去の生活を思い出した。



(・・・ああ、まるで昔の私の生活を見ているようだ・・・。

・・・あの頃は、こんな生活が永遠に続くと根拠もなく信じていたっけ・・・。



母様と父様と部族のみんなに囲まれて、何不自由のない生活が続くと信じていたっけ・・・。

大きくなれば結婚し、母様父様と同じく幸せな家庭を持つのだと根拠もなく信じていたっけ・・・)


私の心は少しだけ痛んだが、直ぐに魔法に集中する。

そして少年が夕飯を食べる場面に差し掛かると、私は驚愕した。


少年は山盛りのご飯を片手に、とんでもない物を食べていたのだ。



「・・・この坊や・・・肉を・・・食べてる・・・」



信じられなかった。

坊やの外見は私たちに似ているが、まさか肉を食べるなんて。


私は眠る坊やをじっくりと観察する。

丸い耳や白とも黒とも言えない肌の色、そして開いた口から覗く肉食獣の牙に似た歯・・・。


私は戸惑った。

もし、この坊やが起きた時に私を見つけたら、私の事を食べてしまうのではないだろうかと。



(・・・逃げるべき?)



そんな考えが一瞬よぎるが、私は自虐的に笑う。



(何を馬鹿な・・・、どこに逃げるというのか? 誰が助けてくれるというのか?

そもそも私は自殺するために旅に出た身、今更、死など恐ろしくはないじゃないか)



私は眠る坊やにそっと手を伸ばして頬をなでる。



(それに、もし私が坊やに食べられて血肉になったとしても、それはそれで喜ばしい。

子を産めなかった私の血肉が坊やの糧となるのなら、私が生きた証にもなる)



そして私は微笑み、坊やが起きた時に会話出来るよう、残った全ての魔力で坊やに翻訳魔法をかけた。

うっすらと坊やの体が光り、久しぶりの翻訳魔法が上手くいったことを見届けた私は、



「さて、坊やが起きた時のためにスープでも作っておこうかな。

記憶を見た限りでは野菜も食べていたし、問題はないはず」



と呟くと、収納袋から道具を取り出し料理の準備を始めた。


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