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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたがそれをおっしゃいますか



 私、公爵令嬢のインゲボルク・ファウスト。十七才。このナタリアナ王国、第一王子マリウスの婚約者。


 ――――だった。先程までは。



 一分前にマリウス王子に宣言されるまでは。



「私、マリウス・フォン・ナタリアナは今ここでインゲボルク・ファウスト公爵令嬢との婚約の破棄を宣言する!」

 

「……理由をお伺いしても?」


 

 今、この場はナタリアナ王国王宮内大広間、国王主催の夜会の真っ只中である。

 突然の事に周りの貴族達も驚いている。


 そりゃあそうでしょうね、婚約者である私をエスコートもせずに遅刻して現れたと思ったら、その右腕には前々から噂されていた、男爵令嬢を抱いているし。


 そしてズカズカと私の前に来たと思ったら第一声がこれですよ。大丈夫なのかしら?と思わず溜息をついてしまった。扇で口元を隠しているから周りにはバレてはいないはず。


「理由?言わなくてもわかるだろう?」

「いいえ、わかりませんわ。この場ではっきりと言って頂いてもよろしいですか?」


 マリウス王子は一瞬躊躇したが、いいだろう、と声を出した。

 

「いいか、よく聞け!そなたはこのユリア・カントス男爵令嬢に嫌がらせをした」

 そう言って横にいる男爵令嬢をギュッと抱きしめる。彼女もしくしくと泣きそうな顔で寄り添っている。


 私はふぅと一息ついてから

「……身に覚えがないのですが」

「しらを切るというのか!ユリア、お前がされたことを言ってやれ!」


 はい、と弱々しく話し出したその男爵令嬢はこちらに向かって


「王宮の裏庭に呼び出されたり、階段から突き落とされたり……とても怖かったですわ。でもマリウス様の婚約者でしたから、私、何も言えなくて……」


 と泣きながら訴えてきた。周りもざわついている。


 ユリア・カントス男爵令嬢はこれでもかとばかりに胸の開いたドレスでマリウス王子に抱きついている。上目遣いで王子を見つめている。

 王子は一瞬デレかけたが、マズイと気づいたのかコホンと咳払いをしてまたこちらを向く。


「ということだ。どうだ!反論はあるか?」


 反論って……。私が黙っていると図に乗り始めたのか更に続けてきた。


「それにお前はユリアと比べて暗くて表情も乏しい!何だその前髪は?仮面も不気味だし、笑顔もない!そんな女がこの国のトップとしてやっていけると思うのか?社交などできないだろう?もっとこうにこやかにできる女でないとな。その点ユリアは最高だ。この笑顔で周りを和やかにする。笑顔で私を癒やしてくれるんだ。まさしく国母にふさわしいと言えよう」


 すごいドヤ顔でまくしたててきた。笑顔だけで国母が務まるのなら楽でよろしいですわね。隣のユリア嬢も笑っている。ニコッというより、ニヤッって感じですがね。


 確かに私の顔右半分は目元から頬が隠れるくらいの仮面をしておりますし、それをさらに隠すために右半分の前髪は伸ばして下ろしたままだ。

 

 だが、それには理由があって。


 この目の前の王子はその理由を一番よく知っているはずなのだが。まさか忘れたとでも言うのだろうか。

 

 いや、この物言いだと忘れているかも。多分、絶対忘れている。私の表情が乏しい理由も。


 ここまで馬鹿だとは思わなかった。


 男爵令嬢と噂になった時点で怪しいとは思っていたけれども。この国の第一王子としての教育は意味がなかったのか。

 

 私との婚約は確かに政略だ。そこに愛はない。ないが、ないなりにいけるものだとは思っていた。そう自分に言い聞かせてきた。


 公爵令嬢として。


 自分の気持ちは押し殺して、この国のため、公爵家のためと受け入れてきた。だが、もうこうなっては無理だ。


 口元で広げた扇をパチンと音を出して閉じる。


「……はぁ」

  

 思いっきり大きく溜息をつく。


「な!何だ?その態度は!これだから、冷酷だの無表情令嬢などと呼ばれているのだぞ!」


 さて、どこから突っ込もうかと考えていると後ろから声をかけられた。


「イル」

「お兄様」


 周りから黄色い声が聞こえた。金髪碧眼長身と非の打ち所のない男性が颯爽と現れた。王子はゔっとなっている。どうやら苦手らしい。

 

 ファウスト公爵家嫡男レオン・ファウスト。


 私の兄である。この夜会、婚約者のエスコートがなかった私に付き合ってくれて、一度離れて色々な方に挨拶に行っていたのだ。その離れた隙を狙って仕掛けてきたのかと思うくらいだ。


「……聞こえていたが、大丈夫か?」

「私は大丈夫ですわ。お兄様こそ」

「大丈夫だ。やってもいいと父上からもお許しが出た。彼も到着したらしい」

「そうですか、では遠慮なく」


「な、何をこそこそと。早く認めて、ユリアに謝れ!そして私との婚約破棄を……」

「婚約破棄は了承します。しかし何故私が謝らなければならないのです?」


 王子の言葉を遮り、声を出すと驚いている。反撃するとは思ってなかったとでも言うのでしょうか。

 

「だ、だからユリアに対して……」

「証拠は?」

「し、証拠だと?そんなものユリアの言葉だけで十分だ!ユリアの愛らしさを妬み、やったのだろう?」


 さぁ早く認めて謝れ、とキーキーと煩い。ふぅともう一度息を吐いて姿勢を正す。


「ではユリア様にお伺いしますが」

「な、何よ……」


 名指しでくると思わなかったのかビクッと肩を震わせる。


「先程私に呼び出されたり、突き落とされたりと言われてましたが間違いはありませんか?」

「そ、そうよ、あなたがしたに決まっているじゃない!」

「ユリアを疑うのか!」


 あー本当に煩い。


「なら、他にそれを見ていた人はいなかったのですか?」

「え?あ、いなかったわよ!私とあなただけだったもの!」

「そうですか。ではあなたを呼び出したり突き落とした人物は私ではなく、私に似た誰か、ということになりますね」

「な、何を!あなたよ、あなた以外いないじゃない!見間違えるはずがないわ」

 ひどいです〜と王子にしだれかかっている。可哀想に、となだめているが、こちらから見たら茶番である。あー説明するのもめんどくさいが、仕方ない。


「……私は先程まで、一応王子の婚約者としての立場でしたので、王宮内を一人で移動することはございません。必ず侍女と護衛の騎士がついております」

「「へ?」」


「当たり前のことだと思いますが?それとも何です?王子はお一人で行動なされてますか?」

「それは……そうだが……」


 多分ユリア男爵令嬢は自分がそうだから、王宮内でも一人で動いていると思ったのだろう。王子の婚約者という肩書きは王族と同等という立場など理解してなかったのか。


「そちらのユリア様はご自由に王宮内をお一人で動けたかもしれませんが、私にはそんな自由はございません。ですので二人っきりで王宮内で会うことは不可能です。ですのでユリア様がお会いした方は私ではないということですわね。何か反論はございますか?」


 もちろん本当に会ってはいない。

 

 くっ、と言うような声が聞こえそうなくらい顔色が悪くなっている。


「そ、それでもお前が不気味な仮面をつけて、笑いもしないのは変わりない!そんな女が」


「『あなた』がそれをおっしゃいますか」


 私が発した言葉に王子の動きが止まる。兄が前に出ようとしたが、それを抑えて一歩前に出る。そして前髪をかきあげ、仮面を外す。


 露わになった私の顔の右半分を見て、ユリア様はギョッと驚く。そして王子も驚いたが、どうやら思い出したようだ。


 顔の右側、眉から目、頬にかけての傷。もちろん眼球も傷ついているため、右目は見えていない。男性なら戦争などの戦いでこのような傷がついていても名誉の勲章とでも言われるのだろうが、貴族の年頃の娘にしたら致命的ともいえよう。


 そしてその傷が引き攣ってうまく表情を作れなくて、どうしても無表情になってしまうのだ。それらを隠すために仮面をして、前髪で隠しているというのに。


「久しぶりに人前で外しましたが、思い出していただけましたでしょうか?」


 私の言葉に、あ、あ、とこちらに指を差し、びびっているマリウス王子。ユリア嬢も腕を掴んだまま何もできないでいる。多分家族と王族以外でこの傷を見たのは初めてではないだろうか。


 私としては別に恥ずかしくもない傷のため、出していても良かったのですが、周りが気にするかと思って隠していただけですのに。


「私が仮面をしている理由、表情がなく、笑えない理由を一番よく知っているのはマリウス王子、あなたですよね?」


「…あ……」

「……ど、どういうこと……?」

 ユリア嬢がマリウス王子に尋ねている。


 周りの貴族達もざわついている。どうやら思い出したり、理由を知っている者がいるようだ。


 もう一歩踏み出してから静かに告げる。


「約七年前、王宮内の庭でのお茶会の際、刺客に襲われそうになったマリウス王子が近くにいた私の腕を引っ張り、前に立たせてご自分の盾にしたこと、まさか忘れたわけではないですわよね?」


 十歳の時に両親や兄と一緒に参加した王宮の庭園にて行われたお茶会で、警護の不手際で刺客が忍び込み、第一王子であるマリウスが狙われたのだ。その際走って逃げたマリウス王子が何が起こっているかわからなくて立ちすくんでいた私の手を引っ張り、一緒に逃げる、ではなく、剣を振りかざした刺客の前に私を押しやったのだ。自分の盾、として。


 もちろん私は動けない。刺客が振りかざした剣は私の顔面右側を斬り裂いていった。


 私が次に目覚めたのは一ヶ月後だった。右目が見えないことに慣れるまでは数ヶ月かかった。もちろん両親や兄の前で起きた出来事だったので、マリウス王子のその行いは言い逃れできるものではなく、警護の面も含めてかなり追及された。子供だから、で済まされる一件ではなかった。何せ自分より弱い立場の令嬢を盾にしたのだ。王子としても男としても許される行為ではない。


 父も母も兄も怒り、とある理由から隣国も巻き込んでかなりの出来事となったのである。解決までに何ヶ月も要したものである。


 ―――まぁまだ正式には解決してはいないのですけれども。


 まだそれほど経っていないあの出来事をどうやら綺麗さっぱり忘れているようである、この王子は。

 

 覚えていたのなら、こんな婚約破棄の仕方など取れなかったはずである。

 さて、どうしましょうか。


「マリウス!何をしておる!」


 この場に駆け込んできたのはマリウス王子の父親でもある、ナタリアナ王国の国王陛下だ。母親である王妃様もいる。そしてその後ろから何人かついてくるのがわかった。


「父上!この女が、インゲボルクがユリアに嫌がらせを!こんな女は国母にふさわしくない!私は婚約破棄を要求します!」

「な、何を言っておるのだ、マリウス!婚約破棄など」

「婚約破棄を要求、ではなく、既に了承しました。だよね、イル」


 この国で一番偉いはずの国王陛下の言葉を遮ったのは兄であるレオンだった。私が頷くのを見て、さらに続けて


「というわけですので、我がファウスト公爵家と王族間との契約も破棄となります、もちろんマリウス王子側の有責となります。証人はここにいる皆様方。父上よろしくお願いいたします」


 レオン兄さまは国王陛下と一緒にやって来た父であるファウスト公爵にそう告げた。公爵はゆっくりと私の前に来て肩に手を置いた。


「すまなかったな、あとはまかせなさい」

 いつもは優しい父の顔がかなり怒っているように見える。母親である公爵夫人も横に来て

「そうよ、あとはまかせて」

 にっこりと笑ってきた。私もできるだけの微笑みで

「よろしくお願いいたします」

 と告げた。

   

 さて、と言いながら父であるファウスト公爵はマリウス王子と国王陛下の方を向く。


「忘れたとは言わせませんよ。国王陛下、マリウス王子、責任をとっていただきます。あの時に交わした契約を実行いたします」

「そ、それだけは!この息子には重々言い聞かす!」

「言い聞かす?今さら?七年以上時間はやった、それでこの体たらくだ。もう無理だろう。それにあれだけ七年前に言い聞かせたのに今現在、横にそんな女を置いているんだ、虫酸が走る。そんな男のところに我が娘を嫁がせようなど思わん」


 何だか国王陛下より偉そうなのですが……まあ仕方ないと言えば仕方ないのですが。


 この緊迫した空気の中、入口の扉が開いて一人の男性が入ってきた。コツンコツンと靴音を響かせてこちらに近づいてきた。


 レオン兄さまに負けず劣らずの金髪碧眼長身のその男性は一直線に私の方に歩いてきた。目の前で立ち止まり、手を差し伸べて


「迎えに来たよ、インゲボルク」


 先程の兄よりも黄色い声援が上がったようなきがするが。私はカーテシーをして


「お久しぶりでございます、ユーリ様」

「うん、久しぶり。元気そうで何よりだ」


 出された手に自分の手を重ねる。するとまた喚く声が聞こえた。


「な、誰だ!その男は!お前もそんな男がいたのか!」

「お前も?」


 私の低く響く声にまたビクッとなっている。本当に情けない。将来的に大丈夫なのだろうか、この国。


「一緒にしないでいただけます?」

「で、でも、その」

 男と言う前にこちらから遮る声が響く。


「私の顔を知らないようでは、この国の将来も怪しいな、なぁ国王陛下」

「申し訳ない、息子には重々」

「いや、もういいよ。だって彼とインゲボルクの婚約は解消されたんでしょう?彼の有責で」


 にこやかにそう告げる男性に我が兄も同じようににこやかに告げる。


「あぁ間違いない、彼の『有責』で婚約解消だ」


 訳がわからない顔をするマリウス王子とは対照的にどんどん顔色が悪くなる国王陛下と王妃様。


「じゃあインゲボルク嬢は私がもらっても構わないね。やっと求婚(プロポーズ)できる。いいだろう?ファウスト公爵に夫人」

 もちろんですとも、と二人とも頷いている。


「な、な、どういうことだ!?インゲボルクは私の婚約し」

「ではなくなっただろう、君が言ったんだ。そしてファウスト公爵もインゲボルク嬢本人も了承した。なら彼女はフリーだ。違うかい?」

「……っだ、だから貴様は一体……」


 あーあ、貴様っていいましたね……。


「私?あぁ名前のこと?私はユーリ・ドゥ・ランカスリーだ」

「……ランカスリー?」


 周りが更にザワつく。そりゃあそうだろう。


「一応、ランカスリー王国の第一王子で王太子という肩書きも持っているけど」

 

 その言葉にざわめきは大きくなる。


 隣国の大国ランカスリー王国。本気を出せばこのナタリアナ王国など軽くひねられるだろう。その国の王太子だ。こんなところに非公式で来る立場ではないのだが。


 マリウス王子もユリア男爵令嬢もわけがわからず、動けないでいる。どうにか声を絞り出してきた。


「な、何でそんな方が……」

「おや、貴様、じゃなかったのかい?まぁどちらでもいいけど。本当に忘れているようだね。こちらは七年間忘れたことなどなかったのに」

 碧眼の瞳が鋭く光り、一瞬にして雰囲気が変わる。


 私が説明します、と兄が一歩前に出る。そして兄の説明にマリウス王子とユリア嬢もどんどんと顔色が悪くなる。



 私の母であるファウスト公爵夫人は元々はランカスリー王国の公爵令嬢でもあった。父がランカスリー王国に留学した際に出会い、お互いに一目惚れで、こちらに嫁いできた。


 兄や私が生まれてからも里帰りを兼ねてよくランカスリー王国に行っていた。そこで私とユーリ王子とは知り合い、こんなことになる前はよく一緒に遊んだりしていた。婚約の話も進んでいた。が正式に婚約を交わす前に『あの出来事』が起こった。


 傷つき、うまく笑えなくなった私でもインゲボルクはインゲボルクだ、とユーリは私と婚約してくれようとしたが、それに待ったをかけたのはナタリアナ王国だ。


 もしそのままユーリと婚約、嫁ぐとなったらランカスリー王国の次期王太子妃を危険にさらし、傷をつけたと、国家予算規模の賠償金を請求されると危惧したナタリアナ王国側が傷をつけた責任としてマリウス王子との婚約をねじ込んできたのだ。


 こちら側としても、そんな婚約(モノ)はいらないと何度も跳ねのけたが、公爵という立場上、断りきれないところもあり、折に折れていくつかの条件をつけて受け入れた。

 自分も公爵家令嬢としての心得もあったため、とりあえずは了承した。


 多額の賠償金を支払わなくてもよいと考えた王家はこちら側が出した条件全てを無条件で受け入れた。そうして約七年が過ぎた。私は前のように母の実家があるランカスリー王国には行けなくなった。条件のこともあったが、やはりこの傷のせいもあった。受け入れるまでに何年もかかってしまった。


 そうして半年程前からマリウス王子とユリア男爵令嬢の噂が流れ始めた時、いつかはこうなると思っていた。


 そして今日に至る。


 レオン兄さまが粛々と説明する。マリウス王子はひざまずき、うなだれて聞いている。


 まずこちら側が出した条件はいくつかあるが、


 インゲボルク一人を愛すること。側室や愛人は認めない。


 インゲボルクは十八歳までの間は夜会やお茶会などには基本出席はしない。王族主催など一部のものだけとする。そのことに関しての苦情や文句等は認めない。貴族との交流もなしとする。


 傷のことについて、貴族や社交界で噂をすることを禁止させること。もし出た場合は王族が責任をもって対処すること。


 そしてインゲボルクが十八歳になるまでに上記のことが一つでも守られなかった場合は王子側有責でこの婚約はなかったこととなる。


 婚約破棄となった場合はナタリアナ王国として、インゲボルクに慰謝料を支払うこと。その後インゲボルクが嫁いだ場合は、その配偶者となる者から請求があった場合、言い値で賠償金を支払うこと。減額等は一切認めない。支払拒否も認めない。



 一番最初から破られてますね……。


 

 十歳の時にこの契約を結び、ナタリアナ王国側としては私が十八歳になればすぐさま婚姻すれば大丈夫だと思っていたところがあるが、そううまくはいかなかった。


 何せ一番の張本人がスッカラカンと忘れていたのだから。



 ―――――あと一ヶ月、だったのに。



「では、私からの請求もできるのだな」

 ユーリが嬉しそうに話している。

「……あ、いや、その」


 もう国王陛下としての威厳などどこにもない。仕方ない、息子を抑えられなかったのが悪い。ユーリは私の手を取り、扉に向かって歩き出す。父や母、兄も後をついてくる。


「こんな所に長居する意味はないな。請求書を寄越すからしっかり払えよ。払わない場合は、どうなるかわかっているよな」

 すごい悪役のような微笑みなのですが。大国の王子ともあろう方がこのような顔をしてもいいのでしょうか。まぁ嬉しそうだからいいか。



 その後、私はユーリと一緒に馬車でランカスリー王国に移動した。早すぎではないかとも思ったが、


「七年も待ったんだ、これ以上待てない」


 と、全て向こうで準備してあるから、と、必要最低限の物だけもって馬車に乗った。元々父や母、兄も行こうと思えばいつでもランカスリー王国には行けるから寂しくはない、と快く送り出してくれた。


 相手がユーリだったせいもあるが。


 馬車の中、向かい合わせに座っている仮面をして前髪も下ろしている私に手を伸ばしてきて


「嫌じゃなかったら、外していいぞ。私は気にしないから」

 もう見られているからいいか、と思い、仮面を外す。右頬に大きな手が近づいてきて


「痛みとかはないのか?触っても?」

 近づいてきた手を取り、頬に触らせる。

「大丈夫ですよ。ユーリ様こそ嫌ではないのですか?」

「私は最初からイルはイルだと言っていたであろう?あと、様はいらない、昔みたいにユーリでいい」

 私は精一杯微笑み、はい、ユーリと答えた。


 少し触れたあと、ユーリが呟く。


「……長かったな。ようやく一緒にいられる」

「……ギリギリでしたね。マリウス王子がここまで粘るとは思いませんでしたが」


 女性を盾にするような男だ。あれだけの条件、すぐに破られるかと思ったが中々だった。あと一ヶ月で私は十八歳になる。そうなればすぐにでも結婚させるつもりだっただろう、ナタリアナ王国側は。


 このタイミングで男爵令嬢が絡んできてくれて、本当に助かった。あの王子と結婚だなんて、やっぱり嫌だ。


 ユーリは帰国する際、本当に賠償金を請求してきた。払えないと青い顔をしていた国王陛下にユーリは減額してやってもいいが、条件があると告げた。


 それはマリウス王子を廃嫡とし、ユリア男爵令嬢もその身分を剥奪し、平民として二人が結婚するのであれば、と。もちろんどちら側からも援助は禁止。二人で働いて生活していく事、が減額の条件である。


 さて、どちらを取るのか。まぁ自分にはもう関係ないが。


「本当にあの男爵令嬢には感謝しかありません」

「……偶然、だと思っているのか」

「………え?」

 今何て?とユーリの顔を見ると、笑顔が見えた。それも、してやったり、といった感じだ。


 ――――――まさか。


 確かにこの男の権力やら人脈やらを考えると男爵令嬢を仕掛けるように仕向けるなど朝飯前だろう。いや、でも他国にまで?


 驚いている顔の私の頬を優しく包みながら


「ま、イルは何も考えずに私の側にいてくれればいいからね」


 とニコッと笑って、私を抱きしめた―――――。




読んでくださりありがとうございます。


もしよろしければ評価★★★★★、ブクマ、いいね等押していただけると嬉しいです。


この他にも長編(「竜王の契約者」(完結済))を書いております。

そちらも合わせてよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の減額の条件が生ぬるいとおもったけど、仕込んだのか~い
[一言] テンプレの乗り換えが無かったのは、そのせいか。
[気になる点] 自分で自分のことを「公爵令嬢」というのはおかしいです。令嬢・令息・令夫人というのは敬称だから。 どうしても使いたかったら「いわゆる」とか前につけるか…。
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