第二話 被弾
阿部の命令に本多は首を傾けざるを得なかった。
「司令官ッ!!この期に及んで、まだ飛行場を砲撃するおっしゃるのですかッ!!」
本多の怒号に阿部は平然として、
「敵飛行場に対し、三斉射のみ行う」
と応えたのである。
無論、首席参謀の地位にいる本多も頭脳明晰だ。
彼は阿部の言葉にすぐにピンと来た。
「……成る程。三式弾を全て撃ってしまうわけですな?」
「うむ、その通りだ。その後は君の言うとおりに敵艦隊の撃滅を優先する」
三式弾は無数の焼夷弾子が埋め込まれており、人員の殺傷や航空機、建物などの焼却には威力を発揮するが、軍艦に撃ち込んでも装甲を破る事もなく、ほとんど効果が無いのだ。
主砲の揚弾機を空にして艦船攻撃用の徹甲弾を装填するにひ無駄と分かっていても三斉射しなければならなかった。
阿部が砲撃を命じると、戦艦比叡、霧島は大急ぎでヘンダーソン飛行場に対し、三式弾を撃ち尽くしたのである。
米軍はダニエル・J・キャラガン少将が指揮を取り、重巡二、軽巡三、駆逐艦八隻の艦隊を組んでいた。
駆逐艦夕立が旗艦サンフランシスコを視認したのが二三時一〇分頃だが、サンフランシスコはその一分前から駆逐艦数隻をレーダーで捉えていた。
「レーダーが捉えたこの部隊は恐らく警戒部隊でしょう」
参謀のシェルツ中佐が言う。
「同感だ。警戒の任を帯びた駆逐艦だろう。深追いはするなよ?目指すはルンガ岬沖、敵の本隊のみだッ!!」
キャラガンの言葉に参謀達が頷いた。
―――駆逐艦夕立―――
「取り舵ッ!!続いて全速で突っ込むッ!!」
艦橋内に駆逐艦夕立艦長吉川潔中佐の怒鳴り声が響くと夕立は後続する駆逐艦春雨を従えて、向かってくる敵艦隊の鼻面を押さえ込むように米艦隊の直前を横切ったのである。
ちなみに吉川中佐は戦国時代の武将、吉川元春の流れを汲んでいる。
米艦隊の先頭を行くのはキャラガンの座乗する重巡サンフランシスコだった。
サンフランシスコが慌てて回避する。
「い、一体何なのよ今の敵艦はッ!?」
サンフランシスコの防空指揮所で艦魂のサンフランシスコが夕立と春雨が通り過ぎた暗い海に向かって叫ぶ。
一方、夕立の一番主砲塔の上で艦魂の夕立が大笑いしていた。
「ハッハッハッ!!吉川の奴め中々やりおるわッ!!」
夕立と春雨の乗組員達は吉川の意味不明の行動に首を傾げたが、艦魂である夕立と春雨は吉川の意図が分かった。
実は吉川は敵の混乱を誘い、その混乱に乗じて、決死の突撃を挑む覚悟だったのだ。
ところが、敵艦の鼻先を横切った直後に、阿部司令官からの命令が来た。
『突撃を堪えて反転し、敵を本隊の方へ誘導せよ』
吉川は突撃を止めて、阿部の意向に沿うように行動した。
敵艦隊との距離を微妙に取りながらその動向を逐一比叡司令部に報告したのである。
無謀としか思えなかった吉川の撹乱戦法は大きな意味を持ちはじめた。
米艦隊が隊形を立て直すのに数分掛かった。
阿部の本隊は時間的猶予を得て、砲戦には無駄な三式弾を全て撃ち尽くし、既に比叡、霧島の主砲には本来の徹甲弾が装填されていた。
阿部の本隊は先制攻撃の機会を一方的に譲らなくて済む。
さらに、四水戦の夕立が敵艦隊の動きを逐一報告してくるので、阿部は朧げながらも敵の兵力や針路を予測しつつ、迎撃の態勢を整える事が出来た。
客観的に見ても、戦艦二隻を保有する日本軍のほうが有利である。
そして、戦艦比叡の見張り員が約九千メートル前方に巡洋艦と思われる敵艦四隻を認めて全軍に通報した。
ここに、史実とは異なる第三次ソロモン海戦・第一夜戦が勃発した。
阿部は夕立の情報から推測して、丁字戦法に持ち込もうと北東に向け航行したが、米艦隊は日本軍の戦艦二隻をレーダーで捉えて、既に北東へ向け変針していたので会敵したときには同航戦の構えになった。
阿部が飛行場への砲撃を中止したのだから、その時点でキャラガンは目的の約半分を成し遂げた。
二三時二一分、比叡の見張り員が敵艦発見を報じると、阿部は躊躇なく西田艦長に探照灯の照射を許可した。
ピカアァァッ!!
右舷約八千メートルの洋上に重巡らしき敵艦の影がクッキリと浮かび上がる。
「全艦砲撃開始ィッ!!」
阿部は直ちに砲撃を命じ、続いて全軍に向けて戦闘開始を下令した。
ズドオォォォォーーンッ!!
ズドオォォォォーーンッ!!
旗艦比叡が主砲の砲門を開くと、後続する霧島もそれに続いた。
比叡の防空指揮所で艦魂の比叡が吠えていた。
「撃てッ!!撃って撃って撃ちまくれェッ!!」
三十五.六センチ砲だけではなく、ケースメートに装備する十五センチ副砲も敵艦に向かって撃つ。
連続射撃で艦が大きく震える。
ズガアァァァーーンッ!!
ズガアァァァーーンッ!!
比叡の放った三十五.六センチ砲弾は初弾から命中した。
敵の旗艦らしき重巡は大打撃を被り、艦上では早くも火災が発生している。
しかし、探照灯を点けた比叡も必然的に敵艦隊からの狙い打ちにあった。
米艦隊は比叡に集中砲火を浴びせる。
稀に見る接近戦のため、砲弾はほとんど水平に飛び交い、比叡の最上甲板から艦橋中部くらいまでの高さに多くの命中弾が集中した。
ズガアァァァーーンッ!!
ズガアァァァーーンッ!!
「グハアァッ!!」
被弾で比叡の身体が傷つく。
倒れそうになるが、比叡は日本刀を杖にして立つ。
「……そんな弾が私に効くと思っているのかッ!!」
比叡が吠えると、主砲の三十五.六センチ砲が火を噴く。
その砲弾は米艦隊旗艦サンフランシスコに命中した。
しかもその一発はサンフランシスコの司令塔を直撃し、艦橋ごと木っ端微塵に吹き飛ばした。
勿論艦橋にいたキャラガン少将以下全員が戦死した。
しかし、最後の悪あがきでサンフランシスコの主砲弾が比叡の艦尾に直撃した。
爆発の衝撃で出来た穴から海水が勢いよくなだれ込む。
『艦尾に命中弾ッ!!海水が舵機室に浸水して直接操舵不能ッ!!』
報告に西田大佐は人力操舵に切り替えた。
比叡は十ノットで戦場から離脱した。
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