第四話 殴り込み
―――空母エンタープライズ―――
「経路反転百八十度ッ!!全艦最大全速ッ!!」
スプルーアンスが即座に吠える。
「駄目ですッ!!ヨークタウンの修理がまだ終わっていませんッ!!」
ブローニングが反対する。
「しかし、このままだとやられるぞ」
「やむを得ません。護衛艦艇で時間を稼ぐしかありません」
ブローニングがきっぱりと答える。
「……仕方ない。キンケードに連絡。時間を稼ぐんだ。それとヨークタウンにも急ぎ修理を終わらせるように連絡しろ」
「イエッサーッ!!」
この時、空母ヨークタウンは機関故障のため速度十ノットで航行していた。
そこを突かれたのだ。
―――戦艦榛名―――
「ようやく捕えたぞ。米機動部隊ッ!!赤城達の仇だッ!!」
榛名の防空指揮所で、ショートヘアの髪型をした艦魂の榛名が日本刀をシャキンと抜刀する。
「全艦突撃ッ!!一隻足りとも撃ち漏らすなッ!!」
榛名が吠えると、軽巡長良と神通が駆逐艦を率いて最大全速で突撃を開始した。
―――重巡ニューオーリンズ―――
「主砲撃てッ!!」
艦長の命令が主砲搭に伝わり、前部に備えられている二十.三センチ三連装砲二基が唸りを上げた。
ズオォォーーンッ!!
砲弾は先頭を航行している軽巡を襲うが、遠弾となる。
「当たらなくてもいいッ!!奴らを近づけさせるなッ!!」
重巡ニューオーリンズの艦橋でキンケード少将が艦長に伝える。
二番艦のアストリアも主砲を撃ち出した。
―――軽巡神通―――
ヒュウゥゥ……ズシュウゥゥーーンッ!!ズシュウゥゥーーンッ!!
「ぬうぅぅ……」
神通の艦橋で第二水雷戦隊司令官田中頼三少将が唸る。
「敵との距離は?」
「一万五千です」
見張り員からの報告に田中は考える。
ここからでも必殺の酸素魚雷を発射したほうがいいのか?
田中の頭の中にある海戦が過ぎった。
スラバヤ沖海戦である。
追撃戦時に味方の魚雷の多数が自爆したのだ。
これは単に魚雷の伸管を敏感にしてたからだ。
田中は魚雷を敏感にし過ぎないよう命じた。
「これより雷撃戦を行う。ただし、敵艦との距離が八千以下になってからだッ!!」
この命令はただちに伝えられ、距離を詰めるべく舵を切る。
―――重巡ニューオーリンズ―――
「魚雷戦か?そんなことはさせるかッ!!全艦撃って撃って撃ちまくれッ!!」
その時、ニューオーリンズの艦橋に重巡以上の砲声が鳴り響いた。
ズドオォォーーンッ!!
ズドオォォーーンッ!!
ヒュウゥゥ……ズシュウゥゥーーンッ!!ズシュウゥゥーーンッ!!
ニューオーリンズの艦体が揺れた。
「な、何だッ?!」
「敵水雷戦隊後方より戦艦接近ッ!!距離二万七千ッ!!巡洋戦艦のコンゴウ級ですッ!!」
キンケードは見張り員からの報告にしばし、唖然としてしまった。
こちらには戦艦はいない。
最新鋭のワシントンやノースカロライナ、サウス・ダコタといった戦艦五隻がいるが、まだ大西洋にいた。
太平洋にいた老齢戦艦部隊は真珠湾で全滅させられた。
太平洋にいる重巡は貴重な存在である。
キンケードは一瞬、反転を命じようと考えた。
だが、ニューオーリンズに榛名から放たれた三十五.六センチ砲弾が後部主砲搭に命中した。
ズガアァァーーンッ!!
「ウワアァァッ!!」
キンケードは床に叩きつけられた。
その際に、右手首を骨折してしまった。
このため、一時指揮が取れなくなってしまった。
それを南雲中将は見逃さなかった。
「敵は混乱しているぞッ!!田中今だッ!!」
南雲の声が届いたのか、第二水雷戦隊と米艦隊との距離が八千を切った。
「距離七千八百ッ!!」
「魚雷戦用意ッ!!」
神通の水雷長が照準をする。
「方位角右七十度。敵速二十五ノット。速度三十」
「予調尺三十ッ!!」
「撃ェェェーーーッ!!」
水雷長が発射ボタンを押した。
バシュンッバシュンッ!!
右舷から八本の酸素魚雷が放たれる。
シャアァァーーーッ!!
後続艦の駆逐艦も魚雷を次々と撃ち出した。
だがうまく走っていた魚雷が、何本か爆発しだした。
「ぬぅ……。敏感にした艦いたようだな」
「はい、しかし爆発したのも六本だけですので期待は出来ると思います」
田中の呟きに参謀長が口を挟む。
その時、敵艦の舷で、水柱が上がった。
ズシュウゥゥーーンッ!!
ズシュウゥゥーーンッ!!
「魚雷命中ッ!!」
見張り員が歓喜の報告を伝える。
「どうやら多数の艦に命中したようだな」
「皆、腕を上げました」
田中が満足そうに頷く。
「残存の敵艦重巡一、駆逐艦二隻です。三隻とも魚雷により損傷しています」
見張り員が報告する。
「降伏するのか問い合わせろ。した場合は長良の木村少将に任せて我々は敵機動部隊を追う」
ほどなく、生き残っていた重巡アストリアから『我、降伏ス』の電文が届き、三隻から白旗が掲げられた。
木村少将からの報告に南雲は駆逐艦四隻を付けて、飛龍まで付き添えと電文を送り、残りの艦艇は殴り込み部隊の後方に付き、逃走してきた艦を撃破しろと伝えた。
―――戦艦榛名―――
「敵機動部隊視認ッ!!」
見張り員からの報告に南雲はニヤリッと笑った。
「榛名と霧島を先頭にして突撃するッ!!艦長、最大全速ッ!!」
桁外れの命令に草鹿参謀長は目を見開いて驚いた。
「長官。よろしいのですか?今ここで貴重な高速戦艦を犠牲にするような行為は……」
「馬鹿野郎ッ!!戦艦は何のために生まれてきた?敵艦と戦うためだろうがッ!!今ここで突撃しなければいつ撃ち合うのだッ?!」
「ーーーッ!!」
南雲の怒号に草鹿と傍らにいた源田実や大石保先任参謀達は振るえ上がった。
この南雲は赤城にいた頃のおどおどし、慎重の南雲ではない。
南雲の本来の姿に戻ったのだ。
「全艦突撃だァァァーーーッ!!」
榛名と霧島は最大速度で米機動部隊に迫った。
―――空母エンタープライズ―――
「敵艦隊、戦艦を先頭にして突撃してきますッ!!」
見張り員からの報告にスプルーアンスは目を疑った。
「何て奴らだッ!!ヨークタウンの状況は?」
頼みの綱であるキンケード少将の部隊もキンケードは被雷したニューオーリンズから脱出することも出来ずに艦と共に運命をともにしている。
残った艦艇も適わぬとみて降伏してしまった。
ズドオォォーーンッ!!
ズドオォォーーンッ!!
榛名と霧島の砲声がスプルーアンスを呼び覚ました。
ズガアァァーーンッ!!
「重巡ビンセンス被弾ッ!!ビンセンスより発光信号ッ!!ビンセンス航行不能ォォォーーーッ!!!」
ズシュウゥゥーーンッ!!
「駆逐艦ラッセル被雷ッ!!ラッセル沈没しますッ!!」
殴り込み部隊は自由自在に米機動部隊の陣内を駆け巡って行く。
「……こ…これがアドミラルトーゴーの子孫達の戦いか……」
スプルーアンスの呟きはブローニング参謀達には聞こえなかった。
その時、エンタープライズより八百メートル離れている榛名から発光信号が出た。
「スプルーアンス司令官。敵の旗艦より信号。『降伏セヨ』です」
スプルーアンスはしばし、目を閉じて考えた。
「……降伏しよう。敵旗艦に信号を送れ。『降伏ヲ受ケ入レル』とな」
ここに壮絶なミッドウェイ海戦は幕を閉じた。
御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m
後、一話で終わりです。