第一話 運命の時間
―――1942年6月4日(アメリカ時間)0722時ミッドウェー海域―――
―――空母赤城―――
「敵機ィィィ急降下ァァァ直上ォォォーーーッ!!!」
見張り員の悲鳴に近い報告に飛行甲板にいた者達は上空を見た。
ブオォォォーーーンッ!!
ヒュウゥゥーーーッ!!
「取り舵一杯急げッ!!」
艦橋で青木大佐が回避命令を出すが間に合わない。
ズガアァァーーンッ!!
ズガアァァーーンッ!!
ズシュウゥゥーーンッ!!
赤城に爆弾が二発命中した。
ドガアァァーーーンッ!!
格納庫で誘爆が始まった。
「南雲長官ッ!!大丈夫ですかッ?!」
草鹿参謀長が倒れている南雲忠一中将を起こす。
「う、うむ。私は大丈夫だ。ほ、他の艦は無事か?」
南雲がよろよろと立ち上がり、外を見る。
「……なんてことだ……」
南雲に目に入ったのは炎上している空母加賀と蒼龍である。
二隻もまた格納庫にばらまかれていた爆弾の誘爆をしている。
「長官。飛龍は無事です。それと赤城から将旗を移して下さい。赤城の火災が激しいです。このままですと……」
草鹿が南雲に具申する。
「………」
南雲は無言で頷いて艦橋を降りようとするが、途中で止まった。
「……草鹿。第一航空艦隊司令長官の最後を命じる。三空母の搭乗員を飛龍に集結させろ。山口に航空戦の指揮をとれと命令するんだ。俺は水雷戦の指揮をとる。それと山口、後は頼んだぞと加えろッ!!」
「……はいッ!!」
草鹿が敬礼する。本当は南雲に危険だと具申したかったが、南雲の眼は決意の眼だった。
南雲は赤城から退艦した。
―――空母飛龍―――
「なんということだッ!!」
飛龍の艦橋で第二航空戦隊司令官の山口多聞少将が怒り狂う。
「…司令官ッ!!炎上している赤城より発光信号ッ!!『第一航空艦隊司令長官南雲忠一中将ヨリ最後ノ命令ヲ命ジル。三空母カラ集メラレタ搭乗員ヲ貴艦ガ収容セヨ。航空戦ノ指揮ヲ任セル。俺ハ水雷戦隊ヲ率イル。山口、後ハ頼ンダゾ』以上ですッ!!」
「南雲長官……」
山口はそう呟いて目を閉じる。
「…航空隊の状況は?」
山口は航空参謀の橋口少佐に尋ねる。
「現在、稼動機は零戦十八機、九九式艦爆十八機、九七式艦攻十五機ですが、零戦六機、九七式艦攻五機は修理が必要です。また、赤城の零戦と飛龍から上げていた直掩の零戦の三機の計四機が上空にいます」
「………」
山口が腕を組んで考える。
「司令官。ご決断をッ!!」
参謀長の伊藤清六中佐が具申する。
カッと山口の目が開いた。
「これより我が艦は、防空戦に移るッ!!三空母の艦長はなんとしても助けろッ!!これは命令だッ!!」
「司令官ッ!!攻撃ではないのですかッ?!」
伊藤が山口に尋ねる。
「まずは空母の乗組員達を救出だ。零戦と九七式艦攻の修理を急がせろ」
「司令官ッ!!」
伊藤はなおも食い下がる。
「……伊藤。敵は飛龍より多い。三隻はいるだろう。そして周りには鉄壁の護衛艦艇がいる。むやみやたらに部下は死なせたくはないのだ。お前なら分かるだろう?」
「……分かりました」
伊藤は頭を下げる。
「伊藤。主力艦隊及び、近藤艦隊に打電だ。空母用の護衛が欲しい。それと近藤艦隊に瑞鳳も急行させるよう言ってくれ」
「はい」
「それと角田さんの第二機動部隊にも打電だ。至急、南下して合流したい」
「分かりました。ですが、角田少将の第二機動部隊はアリューシャン作戦中です。うまくいけるかどうか……」
「構わん。細萱さんも分かってくれるだろう」
「分かりました。打電します」
通信参謀が慌ただしく艦橋を降りる。
「伊藤。稼動機は全機発艦準備しろ」
「九九式艦爆や九七式艦攻もですか?」
「そうだ。むろん兵装なんかするなよ。九七式艦攻は長い航続距離を活かして艦隊の周囲を索敵する。敵攻撃隊が来たら即座に無電知らせるのだ。九九式艦爆は零戦と共に上空警戒機とする。補用の艦載機も組み立てて準備をするのだ」
「分かりましたッ!!」
伊藤は山口に敬礼して艦橋を降りる。
―――第二艦隊―――
「近藤長官。飛龍より入電です」
通信兵が通信紙を近藤信竹中将に渡す。
「……ふむ…面白い…よかろう。飛龍に打電。第二水雷戦隊と瑞鳳に油槽船を送る。それと第一航空艦隊は米航空機の攻撃圏内から退避しろと打電しろ」
「了解ッ!!」
通信兵が下がった後、近藤は微笑んだ。
「南雲の奴……やる気やな。見事敵空母をやれよ」
―――主力艦隊―――
「山本長官。飛龍より入電です」
渡辺戦務参謀が山本に通信紙を渡す。
「……むぅ。南雲の奴米機動部隊に艦隊決戦を挑むだと?」
山本が腹を摩りながら呟く。
まだ回虫に悩まされていた。
「何ですとッ!!空母の救助を優先すべきですッ!!」
黒島亀人参謀が山本に具申する。
「黒島の言う通りです。今の第一航空艦隊の使命は空母の救助です」
参謀長の宇垣少将が意外な言葉を告げる。
「うむ。南雲に伝えろ。艦隊決戦は中止して炎上している三空母を何としても救うのだ。むろん護衛艦も送る。第20駆逐隊を派遣せよ」
山本の命令はすぐに南雲が元に届いた。
―――軽巡長良―――
「何だとッ!!」
長良の艦橋で南雲の怒鳴り声が響いた。
「南雲長官。ここは山本長官の命令に従い空母を救助しましょう」
草鹿も山本の命令に賛成している。
「黙れ草鹿ッ!!俺は三空母が被弾した時点で何処かの最前線に送られるだろ。なら、最後の華くらい咲かせようじゃないかッ!!」
南雲の眼は空母を率いていた慎重な眼ではなかった。
今の南雲の眼は血に飢えている狼である。
「だが、その前に二水戦と合流が先だッ!!」
第一航空艦隊は炎上している三空母の護衛に第四駆逐隊の萩風、舞風、野分、嵐を残し、残りは直ちに第二水雷戦隊と瑞鳳、油槽船と合流するべく速度を上げた。