半田のカミングアウト
次第に自分の投げかける質問に自信が無くなってくる。
例えば、既婚者の近藤が左手の薬指に指輪をつけていないこともそうだ。聞こうとは思うが、果たしてそんなことを聞いてどうなるのだろうかという諦めにも似た感情がある。既婚者で日常的に指輪をつけていない人は五十%らしい。だから、聞いても意味がないのである。
いや、むしろ俺がこれまでに対象者へしてきた質問のほとんどが、意味のないことのように思えてくる。
童貞が自分を非童貞であると偽るときの基本は、『対話者がアクセスできないコミュニティでの出会いを捏造すること』だ。
その基本に則って考えると、このゲームがますます解決不可能としか思えなくなる。なぜなら俺にとって対象者は全員初対面で、それぞれが隔絶されたコミュニティで生きているからだ。一体俺にどうしろというのだろうか。
このやり方じゃだめだ。
何かを見落としている。この問題を解くための重要な何かを。
糸口が欲しい。
新しい切り口が欲しい。
宮本武蔵が快刀で乱麻をぶった切るような。あるいは、ニュートンが万有引力に気づいたときのような。
そんな、推理の局面を変えるひらめきが欲しい。
残り十五分経過。
いよいよ焦ってきたときだった。
半田が突然立ち上がった。
「すみません! 俺、嘘つきました!」
半田は頭を下げた。
「俺、レイプしてません。女の子の飲み物に薬とか入れてません」
「え!? どういうことですか?」
急に何を言っているのだろう。こいつは。
「はい。実は、俺が話した初体験の昏睡レイプの話。あれ、作り話です!」
完全にキャラが変わってしまっている。半田が敬語を使えたとは知らなかった。
「話してもらえますか?」
俺が促すと、半田は頷いた。
「はい。友達と男女二対二で居酒屋で飲んでました。そしたら女友達の一人が酔いつぶれちゃったんです。そのときまだ十九歳だったんで、酒に慣れてなかったんだと思います。それで、俺の家が近かったんで、タクシーで連れて帰りました」
「それから?」
「はい。水を飲ませて介抱してたらちょっと元気を取り戻しました。実は俺、その子のことが好きだったんで、そのとき告白しました。そしたらOKもらえたんで、キスしてエッチまでしました。それが俺の初体験です。だから俺、飲み物に薬とか入れてません。レイプもしてません。裸の写真も撮ってません」
「じゃあなんでレイプしたなんて言ったんですか?」
「運営スタッフに言われたからです」
また運営スタッフか。
「何て?」
「酔いつぶれた女の子を家に連れて帰った体験談を、昏睡レイプしたことにしろ、って。それで、俺、やってもいない犯罪を体験として話すのはどうかと思って、一度断ったんですよ。そしたらスタッフが、残り十五分を切ったら本当のことを話していいから、って言ったので。大金ももらえるし、それならまあいいかと思って参加しました」
俺は真偽を確かめるように、半田の目を見た。
「本当です。信じてください」
「でも、レイプがなかったとしても、半田さんが非童貞であるという主張は変わらないんですよね?」
「はい。俺は童貞じゃありません。それと」
半田は隣の今市の方を向いた。
「今市さん。すみませんでした。今市さんにからんでくれると面白くなると言われて、胸倉つかんだりしました」
「それも運営スタッフに指示されて?」
「はい。そうです。俺が言えるのはここまでです。マジで俺、レイプとかしてませんから」
半田はそう言って椅子に腰かけた。そして一仕事終えたかのように深呼吸をした。
「ということは、半田さん。あなたは解答者の俺を攪乱するために仕込まれた役者ということですか?」
「いえ、違います」
「でも今まで俺を騙してたじゃないですか」
「だから俺は、スタッフに四つのことを言われただけです。酔いつぶれた女の子を家で介抱した体験を、レイプしたことにしろ。隣席のチェックシャツのメガネにからんでくれたら面白くなる。悪そうに振舞って欲しい。残り十五分になったら好きなことを話していい。それだけです。それが役者と言われれば、まあそうなのかもしれませんが」
すっかり好青年と化した半田の言葉を、果たしてどう捉えたらよいのだろうか。まあ、これも演技なのかもしれないのだが。だとしたらその行動の意図は?
結局非童貞であることには変わりはないのだ。スタッフは何のためにそういう指示を出したのか。
先程までの半田とは完全に別人。
別人?!
まさか、別人格?
半田は多重人格だと仮定したらどうだろう。例えば、半田の中には義春とヨシオという二人の人格がいて、義春は性体験豊富なレイプ魔で、ヨシオは実直な童貞の人格だとしたら。
いや、あり得ない。
福助は五人の対象者の中に童貞がいると言った。
半田の中に二人の人格がいたのなら、人数が合わない。
俺はすぐにバカげた考えを打ち消した。
半田のカミングアウトの処理に悩んだのもつかの間、今度は今市の様子がおかしいことに気づいた。




