今市陸の性体験の聞き取り④
「ふん、そうか。で、どんな初体験をしたんだ?」
今市は非情にもそう尋ねた。
ここは本当のことを話すしかない。
俺はすうっと息を吸い込んだ。
「テレクラで知り合ったブスに八千円払って。土下座して頼み込んで初体験をした」
ゲーム開始前アンケートに記入したそのままの答えだった。
そう言っておかないと、福助がアンケート内容をバラしたとき齟齬が生じる。だから
やむを得なかった。
俺の自供を聞いた今市は、唇の端に嘲笑をにじませた。
半田もニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、黒咲は口元に手を当てている。
「何がおかしい!」
俺はつい語気を荒げ、黒咲を睨んだ。
「いや失礼。あまりにも個性的な初体験だったから、つい」
黒咲は謝罪した。
「そんな初体験で、よくもまあ他人を追求できたもんだな」
今市は皮肉たっぷりに言った。
「そういうゲームだからな」
俺はそう返すしかなかった。
自分の心の傷をさらけ出すという選択が、対象者が自分の情報を提供してくれることにつながってほしいという淡い期待もある。
とにかく今はゲームに集中するしかない。
「今市さん。二人目の女性とは最初どこへデートに行ったんですか?」
俺は聞いた。
「デートというほどのものじゃないですが。食事に行っただけですよ」
今市は敬語を取り戻した。
「そうですか。どんなお店へ? お酒は飲みましたか?」
「忘れました。ランチだったのでお酒は飲まなかったかな」
「ランチ?」
「いけまんせんか?」
「いえ。ただデートというとディナーのイメージがあったので」
「初回のデートは下心を疑われる夜よりも、警戒心の解かれる昼の方がいい。という考えなので」
そういうものだろうか。このあたりも自分の恋愛経験が不足していて、何とも判断がつかないのがもどかしところだ。
「では二回目のデートは?」
「水族館に行きました」
「どこの水族館ですか?」
「忘れました。池袋か品川だったと思います」
池袋と品川は全然違うと思うが、まあいい。
「水族館を選んだ理由は?」
「天候に左右されないからですよ」
「その後はどうされたんです? 水族館デートの日は」
「水族館の後、食事して駅まで送って、もしよかったらちゃんと付き合いませんか、と聞きました。そこでOKしてもらいました」
「体の関係は?」
「三回目に会った時にありました」
進展が早い気がした。
「今市さんは積極的なんですね」
「いや別に。まあ、マッチングアプリ特有の事情もあるのかもしれませんが」
「と言いますと?」
「マッチングアプリって、最初から恋愛関係になることを前提にして出会うわけじゃないですか。だから、だらだら友達関係を続けるよりも、例え断られることになったとしても、早い段階で関係性をはっきりさせてしまった方が気が楽なんですよ」
成る程。そういうものなのかもしれない。
考えてみればマッチングアプリというのは、童貞が自分を非童貞と偽る際、物語を創造する絶好のツールである。それは、マッチングアプリによる出会いは、日常生活とは隔絶された人間関係を形成するからだ。
例えばあるところに、一人の童貞大学生がいるとする。
同じ学部の友人に、お前は童貞かと聞かれ、童貞ではないと答えたとする。
すると友人は、では誰といつ性行為をしたのかと尋問する。いや、そんなことを聞くやつは友人とは呼べないが、とりあえず友人ということにしておく。
このとき童貞は、同じ学部の誰々ちゃんと行為に至った、などとは絶対に言わない。友人がその女子学生本人に聞いてしまったら、一発でアウトだからである。では、他の学部や隣の大学、バイト先の誰かの名前を適当に言えばよいかというと、それも危険である。なぜなら世間は思ったより狭く、意外な人間関係でつながっているからである。
だから、マッチングアプリで出会った人と付き合ってセックスした、と嘘をつくのが最適解なのである。
童貞にとって、日常生活と隔絶されたコミュニティーの出会いを創作することは、性的な体験談を捏造する際の、基本中の基本である。
ならば、旅先で出会った人と一夜限りの行為に至った、という創作話でもよいことになる。ところが、それはそれでかっこよすぎてリアリティに欠ける。
故にマッチングアプリに落ち着く。
つまり今市が童貞だとしたら、常日頃から恋愛経験を語る際、マッチングアプリで出会った人と付き合ったという創作話をしていた可能性がある。そういう作り話を繰り返しているうちに、詳細設定が固まっていった。だから、水族館に行ったなどというホラがすらすらと出てくる。噺家が古典落語を演じるように。
そういう可能性はある。
「その女性とはどれくらい付き合ったんですか?」
俺は尋ねた。
「結局二か月くらいで終わりました」
今市は答えた。
「聞き忘れましたが、最初の彼女とはどれくらい付き合ったんですか?」
「最初の女性?」
「ああ、すみません。期間工の頃の彼女さんのことです」
「忘れました。半年くらいだったでしょうか」
ということは、今市の三十一年の人生で、彼女がいた期間は八カ月程度ということになる。
この短さも、童貞が性体験を捏造する際の模範解答に思える。
俺はその後、今市に彼女とセックスに至る過程などを詳しく聞いてみた。
しかし通り一遍の回答しか得られなかった。
こうして、かなり時間はかかったが、一通り五人の対象者の性体験を聞き終えたのだった。




