セックス②
顔を合わせた女性は、明らかに二十七歳よりは上という印象だった。
特に会話らしい会話も無く、並んで目的地へ向かった。
とにかく気恥ずかしかった。
女はワリキリに慣れているのか、つんと澄ましていた。隣の家で飼っているパグに似ているなあ、とか、誰かと鉢合わせしたら嫌だなあ、とか、どうでもいいことを考えながら歩いた。
そして目星をつけていたラブホテルに入った。
部屋の扉を閉めると女は「じゃ、先払いね」と言った。
しまった!
爪を切るのに気を取られ、コンビニのATMで現金を下ろすのを忘れていた。財布にはホテル代を除くと八千円しかなかった。
足りない一万二千円を後払いにできるかと俺は尋ねた。
約束が違う、と女は言った。当然である。
「そこをなんとか」
「無理」
「お願いします」
「ダメだってば」
「そこをなんとかお願いします。実は僕、童貞なんです!」
俺は床に頭を擦り付け、乞うた。
どうせ二度と会うことのない女だ。
「無理なものは無理」
女は譲らなかった。
ちらりと顔を上げると、壁一面に貼られた鏡に映った自分と目が合った。そのなんとも形容しがたい姿に、俺は再び下を向いた。
十五分押し問答があり、女は根負けした。
俺が先にシャワールームへ入った。念のため財布には現金しか入れていないが、スマートフォンを持ち逃げされたら困るなあ、などと考えていた。
次に女がシャワーを浴びた。
その間俺は、室内のBGMの音量や照明の輝度を調節し、そわそわしながら過ごした。
女はタオルを巻いてシャワールームから出て来た。
ベッドに並んで腰かけた。
気の利いたセリフも言えないまま、肩を抱いてキスをしようとした。すると女は顔をそむけた。
「それは料金に入ってないから」
女は言った。
別にこっちだって、どうしてもキスしたかったわけじゃない。セックスの流れの手順の一つとして必要だからやろうと思っただけだ。
俺は少し冷静さを取り戻した気がした。
女は自分でバスタオルを外した。
入念にシミュレーションした通りに前戯をし、コンドームを付けて挿入した。何往復か腰を前後に動かしていたら、終了した。時間にして三十秒くらいだったと思う。
「卒業おめでとう」
女は抑揚の無い声で言った。
そして、貴重品の入ったバッグを小脇に抱え、そそくさとシャワーを浴びに行った。
俺のことがあまりにも哀れだと思ったのか、残りの一万二千円を請求されることはなかった。
二カ月後、一度だけ小岩駅で降りてみたが、あのテレクラ店はもう無くなっていた。
これが、俺の二十四年の人生で経験した、たった一度のセックスである。そして俺はキスをしたことがない『キス童貞』のままなのだ。
「ふん、そうか。で、どんな初体験をしたんだ?」
今市は非情にも俺にそう尋ねた。




