セックス①
決行の日が来た。
梅雨は明けているというのに曇天で、湿気と蝉の声がうっとおしい。そんな絶好の初体験日和だった。
中学生の自分よ。すまない!
俺は今日、君が抱いていた未来への期待とは違う形で童貞を卒業する。
そう思いながら、タンスの中にある一番いいポロシャツを着て、総武線小岩駅に赴いた。
小岩は個人商店が多く下町情緒が残っているが、裏路地に入ると怪しげなお店も軒を連ねているところだ。駅を出たときは昼間だったので、まだそういう雰囲気は薄かった。
俺は、下調べをしていたテレクラの店舗のドアを開けた。
テレクラの利用方法についても、事前に調べておいた。
まず客の男性は、受付をして一時間二千円程度の料金を支払う。店内は狭い通路になっており、いくつもの個室がある。個室には椅子と電話機が一台置いてあるだけである。男性客は指定された個室に入り、目の前の電話機が鳴るのをひたすら待つ。
女性客は看板・ポケットティッシュ・女性誌などに載っている電話番号を見て、外から電話をかけてくる。女性客の通信はテレクラの個室の電話に転送される。男性客は、早い者勝ちで受話器を取るか、あるいは個室ごとに順番に電話をつないでくれる仕組みとなっている。
女性と通話できたら適当に会話し、気が合えばデートの約束も取り付けられる。というシステムである。
俺は、店員が指定した個室に入った。
そこは、ネットカフェのようにパソコンや漫画があるわけでもなく、なんとも言えない閉塞感があった。
電話が鳴ったら何を話そうかな、などと考えていたら、急に呼び出し音が鳴った。
一気に心拍数が上がる。
震える手で受話器を取った。
「こんにちは」
鼻にかかるような女の声だった。
「こんにちは」
こちらもオウム返しで挨拶した。
「何歳ですか?」
俺はそう聞いた。
日常生活では、初対面の女性にいきなり年齢を聞くなど御法度だが、これがテレクラでは普通のことだということも調査済みだった。
「二十七歳です。ワリキリでお願いしたいんですが。大丈夫ですか? 今近くにいるんですけど」
受話器の向こうで、女は言った。
ワリキリとは、つまりそういうことである。
「はい、お願いします」
俺はそう言って、具体的な金額と待ち合わせの時間と場所を確認し合った。
金額は、ホテル代別の一時間二万円で合意に至った。
テレクラ店を出た。
まだ待ち合わせまで時間がある。
期待感よりは、緊張感の方が大きい。今頃になって、こんな手段を選んでしまったことへの自己嫌悪ものしかかってくる。自分がしたはずの決心なるものが、こんなにも脆弱なものだと気づかされる。このまま逃げちゃおうかな、とも思った。
そのとき、重要なことに気づいた。
現金を下ろすのを忘れていたのである。
危なかった。
コンビニに駆け込み、ATMの前に立った。タッチパネルを操作しようとしたとき、自分の手の指が目に入った。
爪が伸びていた。
以前読んだセックスマニュアルに、爪が伸びていると嫌われると書いてあったのを思い出した。急いで爪切りを買い、コンビニの前で、立ったまま爪を切った。
異常に喉が渇いて水をがぶ飲みしていたから、用を足しておいたほうが良いと思った。コンビニのトイレは開放されていなかったので、パチンコ屋のトイレを借りた。
そうこうしているうちに、待ち合せの時間になってしまった。




