後半スタート
《では後半、スタート》
福助の合図で、タイマーが再び動き出した。
「今市さん。では先ほどの続きをお願いします」
「はい」
さて、今市とどこまで話したっけ。
彼の体験談に思考を戻す。
今市は現在三十一歳。
二十二歳のとき一人目、二十六歳のとき二人目の女性と性行為をしている。今市曰く、どちらもゆきずりの相手などではなく、彼女である。
一人目は九年前、二人目は五年前ということになるが、創作話でないならどちらも鮮明に今市の記憶に残っているはずだ。
どちらの体験を中心に攻めるべきか迷う。
なぜなら、両方とも怪しいからだ。
疑わしいのは、この二人が、今市が社会人になってからできた彼女だという点だ。
学生時代に彼女ができなかった男が、社会人で初めての彼女を作るのはそう簡単なことではない。
いや、学生時代に女性との交際経験があっても、社会人が彼女を作るのは難しい。
そう考える理由は複数ある。
仕事の忙しさや出会いの機会の減少。そういう環境要因に加え、年収が上がるまで自信が持てないとか、学生のときのようなノリで女性にアプローチできないなどの、心理的要因。また、セクハラやストーカー扱いされたくないなど、世相を反映した理由も挙げられると思う。
これらの要素は、社会人の交際率を低下させ、非婚化を後押ししているようにも思える。
しかし一方では、何人もの女性と付き合う恋愛強者もおり、全く交際経験がない男性との二極化が進んでいるとも聞く。
そもそも日本のお見合い結婚率が下がり、若者が自由恋愛という無慈悲な競争に突き落とされるようになり、恋愛の二極化が起こるのは、当然の帰結である。
学校にバレンタインチョコを持ってきてはいけません。男女交際は校則で御法度です。
中学で受けたそういう教育を鵜呑みにし、十代後半という人生の中で限られた恋愛ボーナスステージを漫然と過ごした男は、恋愛をしないまま二十歳を迎える。すると今度はコペルニクス的転回で「この歳になって恋愛経験の一つもないなんて情けないやつだ」と言われる。そこに戸惑う男性は多い。あれほどまでに「恋愛禁止だ」「受験や部活に専念しろ」と、吹き込まれてきたのに、そのわずか数年後には恋愛未経験男性への人格攻撃が始まるのである。ただ童貞であるというだけで虫けらのように扱われてしまうのである。
その攻撃に焦り、女性に話しかけてはみるものの、自由恋愛には向き不向きがある。誰にでもうまくできるわけではない。
それに、ある程度の年齢に達してからの恋愛は、過去に何度か恋愛を経験していることが前提となる場合が多く、恋愛の新規参入の難易度は格段に上がる。
遅れて恋愛市場に参入した男性のネックとなるのは、セックスはいかなる場合においても、当然それは男性が初心者で女性が経験豊富な場合であっても、必ず男性がリードしなければならないという至上命題である。大体、世の中のあらゆる事象の中で、初めてやることになのにリードしなければならないのは、セックスくらいしかない。車の運転や学力テスト、スポーツや仕事など、社会生活のあらゆる事柄において、最初は誰かに教えてもらいながら練習し、練習を繰り返すことで実力をつけ、実力をつけて初めて自分がリードする立場になれるというのがプロセスとして普通なのである。
しかしセックスだけは違う。
初めてでも男がリードしなければならないのである。
初めてやることに対して「さあリードしろ!」とはどういう狼藉か。
セックスはしばし自動車の運転に例えられるが、それはまるで、自動車を一度も運転したことのない人に「さあ今日から自動車教習所の教官になれ」と命令するようなものである。
恋愛市場への参入が遅れた男性に対して、女性は容赦しない。
初めてのセックスで手順を間違えたり、戸惑ったりすることを、女性は決して容認しないのだ。初心者男性は「下手だ」「前の彼氏のほうが良かった」「試行錯誤は学生のうちに済ませとけこのヘナチンヤロー」などといった厳しい評価にさらされる。
では、自分が未経験者でセックスの実力がないから、初めては誰かに教えてもらうことにしよう。そう受け入れて、夜のお店で童貞を卒業する男性を、女性はどう捉えるか。それは論ずるまでもない。
それならば、僕はもういいです諦めました、と白旗を上げ、アイドルや二次元など、都合の良いコンテンツを追いかけている方がましである。端的に表すと、現実世界の恋愛はコスパが悪い。そう考える男性が増えるのも納得できる。
二十代男性の四割にデート経験がないという研究報告も、いわば必然といえよう。
ただし、セックス率となると、この数値は変わってくるだろう。
社会人男性の交際経験率と性交経験率は一致しない。
日本人の童貞率、処女率は厚労省やコンドームメーカーにより調査され、定期的に発表されているが、数字までは覚えていない。
統計があったとしてもこの種のデータは信憑性に乏しいと、個人的には思っているが。
おっと、また統計で考える悪い癖が出た。




