10分間の中断①
お前は童貞かって聞いてんだよ。
今市の思いがけない言葉が残響する。俺は、アンケートに書いたことがどうしても気になった。
「なあ福助。アンケートのことなんだけどさ」
《アンケートがどうした?》
「あれに書いたことを、対象者の皆に言わないって約束してもらえないかな?」
ああ本当に悔やまれる。
実はこのゲームが始まる前、俺は運営スタッフに簡単なアンケートを書かされていた。その中に初体験の状況を書く項目があり、馬鹿正直に自分の体験を書いてしまったのだ。そのときは、こんな内容のゲームをやらされるとは夢にも思わなかったのだ。知っていればもっと書きようがあったのに。
ビジネスやスポーツ、討論や将棋など、男同士のあらゆる勝負事において、一方の性体験は充実していて、もう一方は著しく劣っていることがある。その場合、前者は圧倒的に精神的優位に立つことができ、後者は分が悪くなる。それは勝負の結果にも影響する。
ましてやこれは、誰が童貞かを見抜く真剣勝負だ。
だから対象者にアンケート内容をばらされたら困るのだ。
もしも福助がアンケート内容を公表したとき、あんなものはでたらめに書いただけだと言い訳することは可能だ。しかしそれはそれで、解答者の平木直太は簡単に嘘をつく適当な性格のやつだ、というイメージを対象者に植え付けることになる。それは、対象者から信頼を失い、効果的に情報を引き出せなくなる事態につながる。
なのでどうしても福助がアンケート内容をばらさないという確約が欲しかった。
《さあ。どうしようかな》
「頼むよ」
《まあそのときの気分次第だ》
あまり信用できない感じだ。
《ところでどうだ。童貞の検討はついたか?》
「いや、まったく」
本当に何もわからなかった。一人くらい非童貞を見つけて、四分の一くらいには絞り込んでおきたかったが。
「何かヒントとかないの?」
《ヒント? 簡単に人に頼るな。お前が頭を使って考えるゲームだろ》
「もう頭から湯気が出るくらい考えてるよ。でも、さっき推理を話したら変な空気になったし」
《そうだな。確かに、こちらとしてもああいうのは困る》
「困る? どうして?」
俺は後ろを振り返った。
「マジックミラーの後ろで富豪が見ているから?」
《そうだ。大富豪の方々がこのゲームを観覧されている》
やはりそういうことか。
解答者がアホみたいな理由で童貞を選んでしまったら、ゲームは盛り上がらない。もしくは、たいして考えもせず、例えばくじ引きか何かで童貞を決めようものなら、ゲームはさらにつまらないものになる。おそらく大金を払って見ているであろう富豪達も興冷めすることだろう。運営スタッフや福助にとっても、そういう事態は避けたいということか。
しかし、例え推理が熟考されたものであったとしても、こんなゲームを見て一体何が面白いんだろうか。まあ、富豪は正常な感覚がぶっ壊れているというから、一般人には理解できないのかもしれないが。
《柱の中に男が隠れているとか言い出したときは焦ったぜ。まったく》
福助は言った。
「俺なんか、終始焦りっ放しだよ。スタート時だってタイマーが動き出してるのに、対象者が出てくるのが遅れたじゃないか」
おかげで問題文の記憶がすっ飛んでしまったのだ。
《悪かったな》
「本当に詫びの気持ちがあるなら、代わりに頼みたいことがある」
《なんだ?》
「最初の問題文を、もう一度正確に教えて欲しい」
《だめだ》
福助は即座に否定した。
《重要だからよく聞けと言ったろ。お前は取引先で商談するときもそんな調子なのか? 仕事のできない人間だから、こんなところに来る羽目になったんじゃないのか》
いや、そんなことはない。
親父が借金を背負ったことと、俺の仕事の能力は関係ない。
それはともかく、やっぱり問題文はそう簡単には再度教えてくれないらしい。それは、問題文に重要な何かが隠されていることを裏付けているのではないだろうか。
問題文が聞けないのならせめて、先ほど教えてくれた対象者全員の年齢のような、値千金の情報が欲しい。
《まあ確かに、タイマーが動き出しているのに対象者を出すのが遅れたことは申し訳なかった。よし、特別にヒントをやろう》
来た!
《知りたいことを言ってみろ》
俺は尋ねた。
「童貞は誰だ?」




