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大学の飲み会で童貞をネタにいじめられる平木直太

 俺は二十四年間の人生で一度も女性と付き合ったことがない。


 そのとき、思い出したくもない一人の男の顔が浮かんだ。


 胸の奥がちくりとした。

 あの飲み会の出来事がフラッシュバックした。

 

 二十一歳のある日のことだった。

 そのとき俺はまだ大学に籍を置いていた。

 それは、同じ学部の共同実験チームによる発表会の打ち上げ、と称する会だった。まあ言ってしまえばただの飲み会である。

 理工系の学部だったから、女子学生は少なかった。その場には、男子学生十人、女子は三人いた。酒も回ってきたところで、一人の男子学生が大声でこんなことを言い出した。

「皆さん。ここで、重大発表があります」

 リュウヤという名前の学生だった。

 この飲み会の主催者であり、研究チームのリーダー的存在でもあった。流行に敏感で、クラブに出入りしては女の子をひっかけているとうのがもっぱらの噂だった。そのくせ要領がよく、教授にゴマをすったり、試験の過去問を効率よく手に入れることに長けており、学業の成績はよかった。

正直いけ好かないやつだった。

 リュウヤの方も、バイトばかりして付き合いが悪く愛想もない俺のことが嫌いだったに違いない。

 リュウヤは言った。

「この中に一人、童貞がいまーす」

「誰?」

「そんなやついる?」

 他のメンバーが口々に言った。

「そ~れ~は、平木直太君です!」

 皆の視線が俺に集中するのがわかった。

「いや、俺童貞じゃねえし」

 とっさにそのようなセリフが口をついた。嘘だった。

「あれれ? 本当かなあ」

 リュウヤはおどけて言った。俺は余裕を演出し、お前なんか相手にするか、と鼻で笑ってみせた。

「じゃあ聞くけどさ、誰と、いつしたの? 童貞じゃないなら答えられるよね」

「ちょっと、やめなよ」

 女子学生の一人がリュウヤを注意した。

 しかし内心興味津々といった様子だった。それは他の者も同じだった。

「別にお前に言う必要ないし」

 俺はあしらった。

「答えられないなら、明日から平木のあだ名はドーテー君に決定。なあ。みんなでそう呼ぼうぜ」

 今考えると、無視を貫き通すか、そこで童貞と白状したほうがよかった。そうすれば、リュウヤにはバカにされるかもしれないが、少なくとも他のメンバーの同情は買うことができただろう。

 しかし俺も若かった。リュウヤの挑発にまんまと乗ってしまった。

「……。彼女と」

 俺はつぶやいた。

「へえ、お前、彼女とかいたんだ」

 リュウヤは身を乗り出した。

「短期間だけな」

「どんな人?」

「秘密」

「ふん。まあいいや。で、初体験はいつ?」

「去年の夏」

「場所は?」

「ホテルアイランド」

 もちろん適当に答えただけだ。

 ホテルアイランドは、うちの大学の学生がよく利用することで知られているラブホテルだった。だから、そう答えることが最大公約数的で無難な答弁と判断したのである。

「変だな」

 リュウヤの顔から急に笑みが消えた。俺はその真意を測りかねた。

「あのホテルは去年の夏、確か改装中で使えなかったはずだけど」

 リュウヤの問い詰めるような眼差しに、俺は、はっとして下を向いた。

 唇を噛む俺の姿に、全員がすべてを悟った。

 居酒屋の個室の空気感が変わった気がした。

 数秒の沈黙。

 突如、リュウヤが弾けたように笑い出した。

「平木ィ。悪い悪い。本当に俺が悪かった。改装中というのは嘘だ」

 どうやら俺は、まんまとはめられたようである。

 仲間は、とりあえず俺に酒をすすめた。

 その後、飲み会での会話はよく覚えていない。

 ただ後日、同席したメンバーから「俺も彼女と別れてから一か月もヤってない。だからお前と同じ童貞みたいなもんだ」とか「リュウヤは、根は悪いやつじゃないんだけど、ああいうとこがダメだよな。ま、酒の席のことだから気にするな」とか慰められ、余計みじめな気分になったのはしっかりと記憶している。

 大学に退学届けを提出したのは、この飲み会から二か月後だった。

 無論それは童貞をバカにされたこととは関係なく、家業の町工場を立て直すためだったが……。

 この経験から学んだことが三つあった。


 一つ。童貞であること自体は恥ずかしいことでも隠すことでもない。


 二つ。童貞であるにも関わらず、経験者のふりをしていることが周囲にバレたら、めちゃくちゃ恥ずかしい。


 三つ。童貞であることを隠している男を理詰めで追求し、暴き立て、恥をかかせることは、男として絶対にやってはいけない忌むべき行為の一つである。

 

 では、俺が今やっていることは何なのか。

 まさに三つ目の、理詰めで童貞を暴き立てる行為以外の何ものでもないじゃないか。

 ただ、俺はリュウヤなんかとは違う。

 なぜならこれは命がけのデスゲームだからだ。

 童貞がバレたら恥ずかしいとか、人としてのマナーだとか、そんな狭量なことに構っている場合じゃない。

 対象者から得られた情報を演繹的に精査し、計算機のように無慈悲に答えを導き出す。それが俺に課せられた任務だ。

 そこに道徳の入り込む余地はない。


 俺はまた思考を切り替えた。


 さて、どうしたものか。

 腕組みをして目を閉じてみる。

 ここまで三人の話を聞いてきたが、童貞、あるいは非童貞と確信が持てる人物はいなかった。

 このまま同じことを続けて、果たして成果は得られるだろうかという不安はある。

 それと一つ、後悔していることがあった。

 最初のルール説明のとき、福助は何と言っていただろうか。記憶の欠落があった。

 あのとき彼は何と言っていたか。 

《おい、何を考え込んでいる。時間がなくなるぞ》

 福助は言った。

 俺はタイマーを見た。デジタル表示は確実に時を刻んでいた。

 確かに福助の言う通りである。

 対象者に話を聞きながら、同時進行で頭の中で推理を進めなければならない。


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