小野寺純の性体験の聞き取り③
「と言いますのも、この日僕の両親は旅行中で、家には誰もいなかったからです。だから、うちに来て髪と服を乾かさないか、と提案するということは、すなわち誰もいない家に連れて行って、彼女を着替えさせるということを示し、その先にある行為は一つしか考えられないからです。家に来るように誘おうとして、言いかけてやめた理由は、単に先延ばしにしたからです。僕の家とナツキの家へ分かれる地点までは、あと少し距離がありました。その場所に来たら言えばいいと思いました。僕は迷っていました。紳士的にナツキの家へ送っていくか。誰もいない僕の家へ連れて行くか。決心がつかないまま、分岐点はあっという間に来てしまいました。僕の心は揺れ動いていました。というのも、今日を逃すともうチャンスは無いように思えたからです。僕は、デート中さりげなく、今日は両親が旅行で不在ということをナツキに伝え、予防線を張っていました。また、ナツキが二週間くらい前に生理で体育を休んでいたことを、狡猾にも把握していました。つまり、ナツキは生理でもなく、僕の家に誰もおらず、髪を乾かすという口実がある、という三条件がそろった今日は好機でした。しかし一方で、彼女を性的な対象として見てしまっている自分に嫌悪感も抱いていました。そういう複雑な感情でした」
俺は軽く頷きながら聞いていた。
自分の高校生活は、恋愛とは全く無縁だった。しかし、このような経験を持たない俺にも、小野寺の心情は伝わってくる。
「分岐点の交差点の前には神社があり、住宅街ではありますが人通りの少ない場所です。ここは、夏祭りの帰りに僕たちが初めてキスをした場所でもありました。分岐点に来て僕は決心しました。このままナツキを家まで送っていこう、と。絶好のチャンスをあえて捨て、何事も無く終了する。それが、ナツキを性の対象ではなく、一人の尊敬する人格として愛していることを証明する行動である。そう思いました。ナツキの家に続く道へ曲がろうとしたときでした。ふいにナツキが僕の袖を引っ張りました。僕たちは立ち止りました。『今から純君の家に行ってもいい?』ナツキはそう言って、上目遣いでこう付け加えました。『髪を乾かしたいから』僕はその言葉を聞いたとき、自分を責めました。女の子の方に言わせてしまったことを、強烈に恥じました。絶好機にあえて彼女を家に帰すことが本当の愛である。それは僕が、ただ意気地のないことをごまかすための自己欺瞞だったと気づいたのです。一方で、デート中、両親の不在を伝えておいてよかった。予防線が生きた。とも思いました。平静を装い『そうだね。風邪を引いたら困るからうちで乾かした方がいいかも』と、僕は勇気を振り絞って言いました」
手記は二枚目に移った。
「まだ雨は降り続いていました。僕たちは僕のマンションへ向かって歩いて行きました。途中『痛いよ』とナツキが言いました。僕は慌てて握力を緩めました。言われるまで気づかなかったのです。僕がそんなにもナツキの手を強く握りしめていたことを。会話らしい会話も無いまま歩いているうちに、僕のマンションに着きました。一瞬、住人に見られたら嫌だなと思いました。でも別に、近所の人から親に告げ口されても、彼女が遊びに来たと言えば済む話でした。運よく誰にも見られずに家に入ることができました。僕はナツキを玄関で待たせ、リビングやバスルーム、自分の部屋を一通りチェックしました。見られちゃまずいものは置いていないか。髪の毛が落ちていないかなどを確認しました。幸い両親はまめに掃除するタイプなので、大丈夫でした。まず、リビングのソファに座り、冷蔵庫にあった麦茶を飲みました。本来なら温かい飲み物を出すのが正解かもしれませんが、そこまで気が回りませんでした。リビングでは、壁に飾ってある僕の子供の頃の写真について少し説明したりしました。そこで、二人の体が濡れていることを思い出しました。髪と服を乾かすという口実でここに来ているので、あまり時間を置くのも変だと考え、僕が先にシャワーを浴びて着替えました。次にナツキをバスルームに案内しました。シャワーの音が聞こえている間、玄関のチェーンロックを確認し、もしものときのために買っておいた避妊具を取り出しやすい位置に移動させました。そして、暗唱できるほど読み込んだセックスのハウツー本に再度目を通しました。このときの僕は驚くほど冷静でした。そうこうしているうちに、脱衣所からドライヤーの音が聞こえてきました。ナツキがシャワーから戻ってきました。濡れた服をそのまま着た格好で、僕の部屋に来ました。時間はまだ夕方です。どんなにカーテンを隙間なく閉じても、部屋を真っ暗にすることはできません。男性の僕は気にならないとしても、女性はエッチのとき、特に初めてのときは部屋を暗くしたがるという話は知識として聞いていました。だから真っ暗にできないことを申し訳なく思いました。並んでベッドに腰掛けました。僕はナツキの肩を抱きました。僕の手は震えていました。『ちょっと、緊張しすぎ』ナツキは微かに笑いました。そっと目を閉じるナツキ。僕はナツキの唇に――」




