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石「短編版」

作者: 無流宿系



 みなさんこんにちは。私は名もなき小さな石ころです。綺麗とか、ツルツルとか、頑丈とか、そんなこともない、よくある灰色の薄汚れた石。知能動物の子供に蹴られたり、犬に舐められたり、鳥につっつかれたりと、私は散々な石生を送ってきました。



 この通り現在、石族は様々な生物の中で虐げられているのです。



 いつか私たち石族が地球、いや、全宇宙の頂点に立ち、知能動物を従え、犬を愛で、鳥を飼い慣らしたい! それこそが私たちみんなの夢なのです!



 今、私にそんな大層な力はありません。

 でもいつか、私を虐げてきた生物どもを見返してやるのです!



 私はまだ遠く及びませんが、石族には私たちの地位を高めた素敵な大先輩達がいるんです!



 水道管や浄水場をめぐり、あちこちを穴ぼこだらけにした丸石(まるいし)先輩。



 台風の風に乗り、窓ガラスを粉砕しても傷一つつかなかった破壊石(はかいし)先輩。



 それに、地球に落ちたときに死んでしまったけど、底の見えない大穴を開けた隕石の諱を持つ大粒(おおつぶ)先輩と。



 石族は繁栄に向け、前進し続けています。



 私もいつか彼らの様に、憧れられる石生を送りたいと思って過ごしていました。



 まあ、そうは言っても石族の寿命は無限にあるので急ぐ必要はないんですけどね。なので私は毎日、日向ぼっこして呑気に過ごしていました。いつか来るかもしれない決戦に備えて英気を養うために。



 ……の、はずだったんですけど。




「ミミちゃん。お風呂の時間ですよ〜」



 現在、薄栗色の髪をした知能動物の少女が、私の方に大きな足音を立ててかけてきている。少女の身長はというと一般的な石の数十倍というところで、見る(もの)に恐怖を与えることは必至であった。それから少女はご機嫌そうに、透明の飾り箱の蓋を開けた。



 ……ええ、みなさん。飾り箱からこんにちは。名もなき小さな石ころです。私は無念にも道半ばで、この知能動物に囚われてしまったのです。



 油断してました。今朝、私が道路の隅でのんきに日向ぼっこをしていたら、後ろからガシって。巨大な動物に捕らわれる恐怖は想像を絶するほどでした。今はまだ何もされていませんが、これから何をされるかおぞましくて考えたくありませんよ……。



 そしてこの知能動物、なぜか私をミミちゃんと呼ぶんです。

 ……なんででしょうか?



「おかーさん。ミミちゃんをお風呂に連れてくね」

「え、何ミミちゃんって。何、ちょっと!」

「新しい友達ー!」

「ちょっと、結衣!」



 少女はお母さんの言葉を聞かずに、私をお風呂に連れていった。



「バーン! ついたよミミちゃん!」



 少女は風呂場のドアが開く音を再現し、服を着たまま中に入ると、私を無造作に地面に置いた。



 浴槽は石造りで縁に大きめの丸石が並べてあり、シャワーヘッドは一つしかないものの、とても一般家庭のものとは思えない、温泉旅館さながらの豪華な風呂だった。



 え……。

 そんな中、私は絶句していた。



 だってそこにはあの丸石先輩にそっくりの石がいたんですから。



 (も、もしかして丸石先輩ですか?)

 私は意を決して、浴槽の縁で一際輝きを放つ石に話しかけた。



「わーーーあ!」



 返ってきたのは私の問いとは無関係の悲劇でした。

 後ろからさっきの少女が、私めがけて桶を逆さまにしていました。



 (あ……まさか……)



 気づいた時にはもう遅い。水はエネルギーの法則に従って私を覆い尽くし、私の身体を容赦なく叩きつけた。余りの衝撃に、自らが石であることを忘れ、痛覚を呼び覚まされたのかと錯覚してしまうほどだった。



 (い、いた……ひ……ひどい……よ)



 少女は私の気など知ってか知らずか、石鹸を泡立てた手で私の全身を容赦なく撫で回した。私に痛覚はなくとも、目まぐるしく回る視界に不快感を覚えた。



 (ああ……っ、う、くう……やめっ)



 動物はいつもこうだ。私の言葉に耳を貸すどころか、無害な一般石を痛めつけて弱い石いじめをする。



 私たちを守るルールなんてものは何一つないからやりたい放題で……



 でも、いつか必ず私が!



 (ごめんな……後輩……)

 (今さらあなたにごめんって言われたって、もう私の身体はボロボロですよ……え、……?)



 あれ……この動物の子が言ったのかな?

 なんだか少年みたいな声のように聞こえたけど……



「えーい!」



 少女は私を取ったかと思うと、かけ声と一緒に私を浴槽めがけて投げ込んだ。水が弾ける大きな効果音と共に、私の身体は沈んでいった。



「私もすぐ来るから待っててね。ミミちゃん」



 それから、少女は笑顔で脱衣所の方へ向かった。



 (こ、後輩!)



 私が湯に落ちた直後、私にさきほど違和感を覚えたのと同じ声音が届いた。



 (あ、あの、もしかして丸石先輩ですか?)

 (え……? もしかして俺の声が聞こえているのか?)



 や、やっぱりそうだ!

 丸石先輩がここにいるんだ!



 (はい! 初めまして丸石先輩! 私、小さい頃からあなたに憧れていました! お会いできて光栄です!)

 私は持てる限りの満面の笑みで話しかけた。



 (ま、待て。俺は丸石先輩ではない)

 (え……そうですか……)

 (お前、露骨に残念がるなよ)

 (は、はあ……)

 (お前なあ……)

 (だって憧れの先輩だと思ったら違ったもので……つい……)



 私の心は今、最大級に落ち込んでいた。丸石先輩ならきっとこの困難な状況も乗り越えてくれると思ったのに。

 


 (なあお前、勘違いしてないか? 俺はその大きすぎてカッコわるい石じゃなくて、お前の横にあるスタイリッシュなカッコいい石だぞ)

 (え……)



 私の横には私より一回り小さいサイズの平べったい小石があった。



 (ぷっ、ふふっ)



 私にはその姿があまりにも滑稽に思えたものだから、思わず笑いがこぼれてしまった。



 (やっやめろ! 笑うな! これでも俺はかの有名な小粒(こつぶ)先輩だぞ!)

 横の小石は自信満々に言い放った。



 この小さくて弱々しい石が言っていると思うと、あまりに滑稽に思えた。



 (小粒先輩? 今は亡き、隕石の諱を持つ大粒(おおつぶ)先輩なら知ってますが……小粒後輩じゃなくて?)

 (小粒後輩だと! 馬鹿にするな後輩!)

 (私こそあなたみたいな究極豆粒な後輩に、後輩呼ばわりされたくないですー!)

 (きゅ、究極豆粒……だと…………、仙人みたいでめちゃめちゃカッコいいじゃないか!)

 (え……)



 馬鹿にしたつもりだったんですけど。

 なんですかこの反応は……。



 (よーし。俺は今日から究極豆粒だ。良き名をありがとうミミ)

 (いや、名前付けてないし......ってそれよりミミ? ちょっと、あなた何言って……)

 (え、だってお前ミミって名前なんだろ?)

 (違うって。あれはさっきの大きな知能動物が!)

 (今、お前を上下に投げて遊んでる知能動物の少女のことか?)



 そういえば、なんだか浮遊感が……。



「わーい! ミミちゃん!」



 私が小粒と話していると、知らぬ間にさっきの少女が戻ってきて私をお手玉にして遊んでいた。しかもタチが悪いことに、水の中で落ちてきた私をキャッチするものがだから、水面に何度も叩きつけられて気持ち悪かった。



 (やめて! やめて!)



 私は力の限り叫ぶ。まあ、石に声帯はないから声は出ないけど。……ん?ちょっと待って私たち。声、出ないはずだよね?



 (やめてってお前、石に痛覚なんてないだろ)



 私の声にすかさず小粒が被せてきた。



 (いや、でも嫌だって! そんなことより私たちなんで話せてるのよ!)

 (ん……? なんで今さら? 俺も分からないけど)

 (そういえば、私、今まで石族と話したことなんてなかった)

 (た、確かに俺も……。それに小粒という過去の名前は誰に付けてもらったんだ?)



 なのになんでこうやって疑問を持たず、普通に他石と話せていたんだろう? 私は初めて自分達自身の違和感に気づきを得た。



 そして、私の心はかつて無いほどに戸惑っていた。だが、私がこうなるのも無理はなかった。あったこともない先輩に憧れていたり、言語を知っていたり、そもそも石が思考出来ること自体が十分おかしいのに。



 そもそもおかしいってなんなんだろう? それが何故変なのだろうか? 私は石が思考している事に何故違和感を持つのだろう? だって現にこうやって考えられているわけで、それを否定する考え方自体が変とも言えるのかも知れなくて……



 ((ああもうわかん(ない!)(ねえ!)

 私と小粒の思念が重なった。



 (なあミミ、俺たちは一体なんなんだー? もしかして元々俺たちは知能動物だったのかー?)

 (そうかも知れないかも知れないかと……)

 (なんだよそれ、締まらないなー……それで、結局なんなんだよ!)

 (しょうがないでしょ! わからないんだから!)



 あらあら……私としたことがうっかりお声を荒らげてしまいましたわ……。

 そうは言っても、昔、私たちが知能動物だったなんて考えられないし……。


 (運命だな……)



 私たちの思考が煮詰まっていると、急にどこかからか、聞き慣れない少し太めの声がした。



 (ミミ、じゃないよな)

 (ええ。それにあの知能動物でもない)



 私はその声に対して、なんだか近しい何かを感じた。そして、私たちと同じ石族なんだろうかと、私に疑問を浮かべさせてくる。



 (ここにファイブオーブの内、3石が集まるとはな)

 (お前は誰だ!)



 小粒は嫌な顔を隠さず、すかさず声の主を問いただした。



 (小粒、それにミミ。懐かしいな)

 (も、もしかして……小粒って俺のこと? ノンノン、俺の名は究極豆粒にたった今変わったんだ! ミミがくれた名前なんだぜ!)

 (小粒。お前、相変わらず美的センスが逆立ちしてるよな)

 (ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私、小粒に名付けてなんてないし……あと、私、ミミじゃないし!……って言うよりあなた誰ですか!)



 なんか私のことも懐かしいとか言ってたし。この声の主は一体何者なんだってんですけぇ。



 それに……



 「わーい! わーーー!」



 今度は少女は飽きもせずに無邪気な笑顔で、水底でコロコロして遊んでいた。

 


 この状況どうにかしてーーーーーーーー!



 (ミミ。俺のこと覚えてるんだろう? 俺は丸石。さっきお前、丸石丸石言ってたよな?)

 (………………え)



 私はあまりの事実に一瞬声が止まった。だが、それは歓喜からのものであって、決して不快なものではなかったようだ。



 (まるいし、先輩?)

 (ああ、ミミ。ただいま)



 私は何故だか分からないが、私に涙腺なんてものは無いはずなのに、涙が止まらなくなった気がした。



 (どう、して……)



 私のこの言葉は、私の涙のような何かに対して出た言葉なのか、彼に対してだったのか理解できなかった。



 私は丸石先輩と再会を果たした。

 みたい……です?

 記憶にないけど……。

 まあいっか。






 私は憧れの丸石先輩と再会した。



 (おかえりなさい。丸石先輩)



 丸石先輩と出会った記憶は思い出せない。きっと私たちにとって大切な日々だったのだろうと思うと、胸が苦しくなった気がした。……多分胸もないですけど。



「ミミちゃん。もう行こっか」



 私の感動の再会を邪魔するように、少女は立ち上がり、私を水底から拾い上げた。



 (あっ……まっ!)



 私の声も虚しく、少女は浴室の外へ向かって歩き出した。



 (明日! 絶対また来いよ! ミミ!)

 (はい!)

 (そのときはお前に全部教えてやる!)

 (……お前らー、俺のこと、極小粒のこと忘れてなーい?)



 私たちは固い約束を交わし、この場を後にした。





 ・・・はい。私ミミです。

 私はミミという名でいいのかって? もう諦めました。丸石先輩も私をミミと呼ぶもので。



 ……それもそうなんですが、私、驚愕の事実に気付きました。



 先程身体をブルブルさせていたら自分を俯瞰して見られることに気づいたので、早速私は自分の体を見ました。



 が、現在、私は自分の姿を見て絶句しています。

 以前も水面に映る姿を見たことはありますが、そのときは先入観で気づけませんでした。先入観っていうものはつくづく不思議なものですね。



 私は自分のことを丸っこい小さな灰色の薄汚れた石……と思っていました。しかし、私にはうさぎのような縦長の耳が付いていたのです。



 いや、こりゃ誰でも私の事ミミって呼ぶわ!



 そう思ったのも束の間、次に目に飛び込んできたのは白い身体。



 いやこれ、どう見ても……雪うさぎじゃねえか!

 そりゃこんな石、珍しいいいいすぎて誰でも拾うわ!



 しかも全然小石じゃねえし!

 ソフトボールぐらいあるし!

 なんなら耳が生えている分、私の方がちょっと大きいくらいじゃないすか!



 私の目、どんだけ節穴なのよ……。



 石といえば黒や灰色もしくは茶色に近い色であることが普通のはず。

 しかし私は雪うさぎ。

 しかも、ちょっとでかい。

 私、めちゃくちゃ浮いてません?

 もう、恥ずかしすぎて堂々と生きられませんわ!



「いい子いい子」



 知能動物の少女は私の耳を撫でた。

 しかし、その手つきは昨日の風呂のときより優しかった。



「ミミちゃん……あ、あの、あのね……私!……」

 少女は意を決したような表情で私を見つめた。少女は何かを言いたそうにしていたが、喉元で言葉がつっかえるようで、なかなか文を綴れないでいた。しばらくすると、一度私の頭を撫で、何事もなかったように部屋を去った。



 ……ん?

 私に見惚れてたの?

 やめてよ恥ずかしいから……





 まもなく夜になり、私は知能動物の少女につれられてお風呂場に行った。



「いけっ! ミミちゃん!」



 少女は、かの有名なボールを投げるかの如く水面に私を投げつけた。大きな音を立てて私は高速ダイブし、想定通りの末路を辿った。



 (い……てて、死ぬかと思った……)



 確かにこのサイズだと投げたくなるのもやむなしか……。

 でも、もうちょっと丁寧に扱おうよ……割れちゃうよ? 私、ほんとに割れちゃうよ? ミミの象徴の耳が割れちゃうよ? そしたら私多分雪だるまとか呼ばれるようになるよ? あ、でも、雪うさぎの方よりかはいいかも……?



 (ぷっ、ぷっ、ふふっ……ミミ)

 (小粒、あまり笑ってやるな)



 風呂場は昨日と同様の光景が広がっていた。

 水底には小粒後輩。

 浴槽の淵に堂々と圧倒的神々しさを携えながら佇むは丸石先輩。

 少女にお手玉される私。



 (丸石先輩! 昨日の話をしてください!)

 (あ、ああ)

 (ミミ……大丈夫か?)



 この間も私は少女に耳を引っ張られて遊ばれていた。



 ひゃあーー!

 ミミの象徴が取れちゃうーー!



 (……まあ、もう慣れましたから)



 少女の奇行を私が仕方なしに受け入れたのにはもちろん理由がある。

 この動物、私を弄ぶことはあっても、私に殺意はないようなのだからだ。



 いつか本当に耳、取れそうだけど。



 (そう……みたいだな、では俺たちの過去について色々話そう)

 (お、それ俺も気になってたー)

 (よし、ここからは順序立てて話そう)




 俺たちの世界を庫粉子呼国(こここここく)が統一する遥か前、地球上で石族が全生物の頂点に立っていた時代があった。



 俺は丸石。その名の通り丸っこい石である。この名は俺の相棒のナッさんがつけてくれたんだ。



 知能動物が石を信奉するなんて現代では考えられない事であろう。しかし、この頃の世界では、知能動物が石を崇める事はなんら不思議のない行いであった。



 想像すれば現代でも通じる部分もあるだろう。



 パワーストーンなんかはいい例だ。

 その数は減少しつつあるが、現代でも石には神聖力があると考える者もいるわけだしな。



 過去、石を信奉するものが現れた理由も同様で、石に宿る神聖力を信じる気持ちが肥大化した結果のものである。



 そして、崇められた石の多くに自我が宿った。それらの内、勇者たちと共に世界を救ったとされる石は、特にファイブオーブや神依石(しんいせき)と呼ばれ神格化され、信仰の対象となった。



 そのファイブオーブこそが、俺たちの正体だ。

 ファイブオーブはそれぞれ役割と名を持ち、同様の役割を持つ勇者の相棒となっていた。



 ファイブオーブは俺、ミミ、小粒、破壊石、大粒先輩の5石であり、


 俺は、勇者ナスの相棒。

 ミミは、僧侶フィアの相棒。

 小粒は、じいさんの相棒。

 破壊石は、魔法使いのユリグラスの相棒。

 大粒先輩は、戦士ダズマの相棒としてな。



 石と知能動物。



 例え石に自我が芽生えても、石には発生気管がないため、彼らと意思疎通を取る事は不可能であった。それは、5賢石であっても例外ではない。



 しかし、例え意志を伝え合う事ができなくとも、互いに支え合っていたし、互いにその認識もあった。中には俺たち石のことを意志なき瑣末な愚物と、信仰を否定する者もいたが、それでも大多数の信仰により石は知能動物よりも高い序列についていた。



 だが、それから数十年の時が流れたある日、知能動物の間で、石が実は何もしていないのではないかという噂が広がった。俺たち石は知能動物があまりにも信奉するものだから、存在するだけで吉を招く力があるのだと思っていた。



 しかし、それは気のせいであった。

 完全に気のせいだった。

 石にはなんの力もなかったんだ。



 瞬く間にその噂は広がり、石への信仰心は地に落ち、石の地位も地へ落ちた。



 それに伴い石の使われ方も変化した。木や粘土造りだった家は、今は石造が主流となり、信仰される神々は太陽神や精霊、天使などの実体なき神に移り変わってしまった。



 そして、

 人族が石族に対して復讐の炎を掲げた乱が勃発。



 なお、人族の大統が自由主義及び(石族の闇を)暴くことを大義に掲げた為に、この乱はリベ・リベと呼ばれることとなるが、実際は石族への復讐の凄惨さからリベ乱、ないしはリベ・リベと呼ばれている。



 リベ・リベは、全ての石が窓から一斉に投げ捨てられたことが戦火の合図だった。



 この乱によって崇められ、讃えられ、褒められ、愛され、撫でられ、優遇され、祝福される。

 そんな快適な暮らしが一夜にして失われることとなる。



 だが、快適さが失われる程度、リベ・リベにおいては序章にすぎなかった。



 翌日「石たちを許してはならない」をスローガンに抱えた知能動物どもが手のひらを返し、石の大虐殺を始めた。



 1年もしないうちに知り合いの石は次々に加工されたり、暇潰しに蹴られたり、川で跳ねさせられ、馬に踏まれ、雨に穿たれ風化して、どんどん死んでいった。



 大石(アニキ)石板(タイラ)流石岩(さすがん)破砕石(はさいし)巨石(ジャイアン)畳石(たたみいし)定番石(ジョウセキイシ)晰石(せきせき)普通石(ソコラヘンニヨクアルイシ)痛石(いたいし)枕石(まくらいし)人形石(ヒトガタ)試石(サンドバック)、と……



 身近な石は皆どこかに行ってしまった。

 おそらく、今はもう……

 俺はこの事実を受け入れられなかった。



 俺も最初は何もしていないという負い目もあって、同胞の死を悼みはせよ、知能動物の怒る気持ちも理解はできた。



 しかし、お前ら……

 それはやりすぎだ……



 勝手に信じ、勝手に祀り上げ、勝手に裏切り、身勝手に石権を脅かす。



 知能動物を絶対に許してはならない。



 そして、俺たち5石は誓ったんだ。



 再びファイブオーブとして返り咲くことを。

 知能動物どもに一矢報いることを。





(と、いうわけだ)



 私たちは丸石先輩から話を聞いた。



 どうやら私たちはなんだか凄い石らしかった。

 それに、石にそんな凄惨な過去があったとは。

 知能動物どもに果てしない怒りが湧いてきました。



(あ、でも、丸石先輩を疑うわけではないんですが、私と小粒にその記憶がないのはどうしてなんですか?)

 ふと、私は疑問に思ったことがあったので丸石先輩に尋ねた。



(ああ、それは簡単だ。俺たちが石だからだ。そもそも俺たち石は体の凹凸で記憶を管理しているんだ。体の小さいお前たちはメモリが少なく、数万年の時の中で風化したんだろう。聞くが、お前たちは石にできることを理解してるか?)



(私たちにできることって……?)



 私がこうやって考えたり、話したりできることですか……ね?

 でもそんな分かりきったことは聞かないでしょうし……。

 いや、でもまあ私自身なんでこういったことができるか謎なんですけどね。



(ミミー、お前わかってないなー。俺たちは考えることができるってことだろー? だよな、丸石先輩)

(ああ。小粒の言うことも正しい。だが、俺たちにはもっとできることがある)



 丸石先輩によると石は思考ができるだけでなく、知能動物でいうところの、見る・聞く、といったこともできるみたいだった。



(どうして石が見たり聞いたりすることができるのですか)と丸石先輩に聞いたところ、石は体の凹凸に接触する風や音を感知し、物体との距離感をつかみ、空間の大きさを把握、さらには体の凹凸が物体に反射した光をキャッチし色までもを再現するとのことだった。



 また、私たちが石同士で意思疎通ができるのは体の凹凸が空気を震わせ、相手の意志の体の凹凸に吸い込まれ音を感知、それを意識の集合体と認識し、言葉に変換できるとのこと。


 

 ……はい。とにかく石が私の想像以上にスーパーストーンで驚きました。

 体の凹凸何者ですかほんとに。



 さらに石は、多少の物理的な現象を起こせ、例えばファイブオーブにはそれぞれ個性があり、多様なアビリティを持っているとのこと。



 丸石先輩はツルツルになることができ、多少の衝撃で滑ることができる能力を持っている。小粒は自身の体を振動させることができるらしい。



 ファイブオーブでいうと、破壊石(はかいし)先輩は自身の体を硬化させることができ、隕石の諱を持つ大粒(おおつぶ)先輩は自身の重さを操れるらしい。



 私はというと光れるらしい。



(……私、地味すぎませんか)

(いや、俺の方が地味だろー……)

(まあまて、俺の方が間違いなく地味だ)



 私たちは自分の能力がいかに地味であるかを言い合った。

 石にはもとより毛はないけれど、なんて不毛な争いだろうか。



(いやいやいや、小粒はともかく、丸石先輩は凄い能力じゃないですか! 滑る能力とか知能動物超えてるじゃないですか!)

(まてまてミミ、お前褒めすぎだって。流石に知能動物は超えてないって。それよりミミの能力の方が可愛くて最高でしょ)



(……ミミー、さりげなく俺のことけなさなかったか……まっ、それはそうと、その能力とやらを使ってみよーぜ!)

(ま、まあ私も少し気になってたし? 使ってみますか……)



 んー! んーーっ! ううっーつっーんー!

 私は必死に体全体を力ませた。



(おおミミ! 白く光ってるぞ!)

(ほんとですか!)



 私は特に何も感じないですけど、一体どんなふうに光っているんでしょうか。

 それに白く光ってるとかいうのはやめてほしい。雪うさぎみたいだという、最近できたコンプレックスに悩まされ中なのだから。



(なあなあー、俺は! 俺は!)



(小粒……)

 私は残念なものを見るような視線を送る。

 私は小粒の震えるだけというなんとも情けない能力にいたたまれない気持ちになった。



(まあ、光れたからといってなんてこともないんですけどね)

 私は力みを解いて、あきれ気味に言った。



(いや、そんなことはない。お前の能力はかつて光の方陣と呼ばれ、災厄を退けるらしいといわれていたこともあったくらいだ。まあ、それも結局嘘だったのかもしれないが……。とはいえ光る能力。これから俺たちが成り上がるには必ず必要な能力だ)



(……え、そうですか?)

 私は丸石先輩の気迫に少し気圧された。



 (……俺は俺は! なんだって究極豆粒だぜ?)

 小粒はいとも自信ありといった様相で尋ねる。



(もし、今ミミをなでている知能動物に何かいいことがあったとしよう。例えば……そうだな、その動物に友達ができた、とかかな。そのときにたまたま持ち歩かれていたミミが光る。どうだ?)

(……どうなんですか?)

(俺もわかんないなー、ていうか俺、無視されてるよね?)



(まったく、お前らは……)

 丸石先輩は相変わらずだなとでも言いたそうだった。



(いいか、良いことがあったとき、石が光るなんて不思議なことが起きたら、いやでもその関連性を疑っちまうだろ? 例え、ミミが何もその役に立ってなくてもだ。きっとその動物はミミ、ひいては石に何か特別な力があるのではと思い込んでしまうだろう)

 丸石先輩は少し自慢げに言った。



(そして最後は盛大に裏切ってやろうぜ! 俺たちがやられたみたいにな!)



(そ、そんな上手くいきますか?)

 私は不安に思いながらも丸石先輩に尋ねた。



(まあ心配するな。何かあったら俺が守ってやる)

(……っ、丸石先輩!)

(なーなー! 俺は!)

(お前は……そうだな……、……まあ、がんばれ)



(そりゃないぜ、丸石のアニキ〜〜)

 小粒の儚い嘆きがこだました。





(えー本日は第一回、定石会(じょうせきかい)を始める。司会は私、丸石が取り行う)



 次の日、私たちは再度お風呂場に集合していた。

 昨日あれから色々あって、石たちの定例会みたいなものを毎日やろうということになった。



(よし、本日の議題はもちろん、石族の地位向上、ひいては知能動物への反逆についてだ)

(はい! 丸石先輩! 何か具体的な案はあるんですか?)

(ない! それを今から考えるんだ!)



(……俺、めんどいんだけど)

 小粒はそっけなく答えた。



(あ、ああ。まあ、そうだよな。俺だってめんどくさい。できることなら一生引きこもっていたい)

(私だってそうだよ! でも、小粒だって快適な引きこもり生活を送りたいでしょ! それに殺された同胞の気持ちも考えてよ!)



(でもさ、めんどくさくない?)

 小粒はまたも食い下がった。



(まあ、よく考えたらそうですよね……)

(ああ。一理あるな。では今日は解散!)



 石族は皆、耐えることは得意な一方、その弊害でか、かなりのめんどくさがり屋であった。



ーーーバリンッ



 突如、大きな破砕音とともに、お風呂場の窓ガラスが辺りに吹き飛んだ。

 と同時に、拳大くらいの角ばった石が舞い込んできた。



(ちょっと待てええい!)

(お、お前は……破壊石(はかいし)か?)

(そうじゃい。丸石。久しいなあ)



 突然の来訪石。

 私と小粒は破砕音にビビりすぎて絶句していた。



(と……、そうじゃない! 我は石族の地位向上のためにきたんじゃい! それなのに主まで小粒に感化されおって……)

 破壊石は呆れ気味に言った。



(ああ……すまんすまん。ところでお前のその力、まさか大粒先輩の能力……じゃ、ないよな?)

 丸石先輩は訝しげに破壊石先輩に尋ねた。



(ああそうじゃい。この重力を操る力は紛れもなく隕石の諱を持つ大粒先輩の能力じゃい。この力はすごいぞ。追い風であれば体を軽くし、向かい風であれば体を重くする。こうすることで自由に空を飛び回れるんじゃい)



(おいまて! お前まさか!)

 丸石先輩は破壊石先輩を鋭い目つきで捉えた。



(丸石……主、もしかして変な妄想をしておるか? この力は大粒先輩の死に目にあった我が、彼から引き継いだ能力じゃい)

(そうか、大粒先輩は、やはり亡くなっていたんだな。隕石の諱を持つ大粒先輩のことだ、どこかでひっそり生きていないもんかと思っていたが……)



(ああ、大粒先輩は小石ほどの大きさになりながらも自我を保ち続けて我の住む洞窟を訪れ、我にこの力を託して砕け散ったんじゃ……)

 破壊石先輩は悲しげに呟いた。



(ううっ……大粒先輩)

(俺たちのために……)

(そうか……)



 私たちの心は一つになった。

 とても偉大な大粒先輩の意志に報いようと。



 この後、知能動物の少女は割れた窓ガラスについて母に言及され、冤罪でこっ酷く怒られたのだが、これは別の話だ。





 私は星奈結衣(ほしなゆい)

 近所の春夏(はるなつ)第一小学校に通う1年生。



 入学してから数か月が経ち。

 私は幼いながらにあることを自覚していた。

 


 今日も私はひとりで帰路に着く。

 前方20メートル。

 黄色帽子の2人組。



 ……あれ。

 なんだか目の前がぼやけてきた。

 疲れて……?

 あ、いや……。

 異様に冷たい風が頬をかすめた。


 

 それは私には遠い世界の話。

 住む世界がまるで違う私は、何も感じないはずだったし、何も感じなくていいと思っていたのに。



 私はふと、無意識のうちに、ランドセル左のサイドポケットをまさぐっていた。

 そこから私は桃色の携帯電話を取り出していた。



「あ……何やってるんだろ……私」



 私はこのケータイが死ぬほど嫌いだ。

 いや、消える(、、、)ほど嫌だって言うのに……。



 私はケータイをランドセルに戻した。



 私は近所の川辺を歩く。

 前方の地面で、兎のような長い耳を持った真っ白い石を見つけた。



 私は、まるでこの世界から浮いているその石に親近感を覚えた。



 でも……私とは違うよね?

 だって、この石の神々しさは私の浮くとはまた別の浮くだもんね……?



「はあ……」

 私は軽いため息をつく。



 私は嫉妬か憧れかなんとなくその石を手に取る。両手のひらに収まる姿は私と似て弱々しく、おびえてるようにすら見えた。



 私はその石を持って帰ることにした。

 少しでもその輝きを分けてもらえることを願って。



 名前は……

 そうだなあ?

 なんだか私に希望を、まだ見たことのない素敵な未来を見せてくれそうだから……うん!未見(みけん)って書いて「未見(ミミ)」ちゃんにする!





 あの現実離れした石、未見ちゃんを拾って数日が経った。



 しかし、私の日常は何も変わらなかった。



 当てが外れたようで、どうやら未見ちゃんはパワーストーンでも幸運をよぶ石でもなかったらしい。



 いや、それどころか母に勝手に割れた窓ガラスの犯人にされて怒られたわけだし……幸運どころか不幸を呼ぶ石なのかもしれない。



 そんなわけ……ないか。



「いい子いい子……未ー見ちゃん」



 私は未見をなでる。



 今日もひとりの時間が巡っていて。

 気にしてなくても結局夢を見てしまう。

 それでも過ぎ去る日を見つめるだけで。



 家は私の居場所(おちつくばしょ)ではなかった。

 母は好きだが、居心地は最悪。

 気丈に振る舞うたび罪悪感で溢れた。



 初めて学校に行った日。

 私は母に初めて嘘をついた。

 幻想の友人の話をした。

 母を傷つけないように必死になって。

 自分をないがしろにして。



 見栄の嘘は自傷行為と知りながら、今日も自称の仮面を保ち続けて生きている。



「おかーさん! お風呂入ってくるね!」

「はーい。ご飯用意して待ってるわね」



 決して影の落ちた表情を見せないように。

 私は今日も脱衣所へ向かう。





 数日後の晩。

 月明かりがほんのり照らす中、突然のこと、比にならないくらいの強烈な発光が枕元に生じた。



 あまりの事態に私は飛び起き、辺りを見渡す。

 すると、私の枕元で未見が光っていた。



 突然のことに驚きつつも、初めの私の見立て通りのすごい石でなんとなく誇らしい気持ちになった。



 私は発光の正体が石だと理解しながらも、それを生きた雪うさぎのようだと錯覚してしまった。

 私の視線は、石を飾る幻想的な白光に惹きつけられていた。



 私の思いに応えるように光は更に輝きを増していく。



 私にとってその光は希望そのものに見えた。

 憧憬が私の堤を侵す。

 閉ざされた心は間も無く決壊を迎えた。



 光に眠りを奪われた。

 間もなく窓辺から陽光が差し込んだ。

 やっぱり私も輝ける人生を送りたい。



 明日から本気だそう。

 怠惰な名言を実現させようと心に決めた。



 私は星奈結衣。

 元気いっぱいな小学校1年生。



 昨日までのことは忘れて。

 明日は新しい私に生まれ変わるの!



 私は桃色の携帯電話を二つ折りにして破壊した。





 翌日、学校。

 心重は背中のランドセルをはるかに上回っていた。

 


「あ、あの……おはようございます!」

 クラスの戸を開け、一声。



 朝の会が始まる前のひと時。

 教室で異様に響く私の声。

 心なしかさっきまで聞こえていた笑い声も聞こえなくなった気がした。



 返答をまつ。

 圧倒的沈黙之檻。

 檻は強固で誰もが発生を拒んだ。

 あえて自分がやる必要はないのだと。



 私は不安に駆られながら辺りを見回す。



 小学生とは厳禁な者のようで、束の間の沈黙の後、何事もなかったかのように内輪同士で話を始めた。



 失敗した。

 また失敗した。

 やっぱりダメだった。

 やらなければよかった。

 明日が来るのを待って殻で祈っていればよかった。

 祈り続けて勝手に朽ちる方がマシだった。



 思えばいつもこうだった。



 入学式の後、私と一緒で一人でいる女の子に「……一人なの?」と話しかけたらただ友達を待っていただけだったらしく、桃色のケータイで殴られ「うっせえ、殺すぞ」と言われたこと。



 幼学校の頃もそうだ。

 裸足で歩いてる女の子がいたから、「どうして裸足で歩いてるの? 痛くないの?」って聞いたら、「鍛えてんだよ! お前みたいにうざいのを蹴るためにな!」との言葉通り直後にハイキックを食らわせられたこともあったっけ。



 はあ……。

 拍動がオーバーフローして、時計の針の音が聞こえなくなってきた。



「……あ、あの、おはようございます……」


 

 私の右肩が手が置かれる。

 たどたどしい声音が私の元に届いた。



 パッと後ろを振り返ると、そこには目を潤ませた少女が立っていた。



 さまよう瞳、崩れ落ちてしまいそうな膝の震え。

 私の鏡写しのような姿なのだろう。



「……」



 私は言葉を失った。

 言葉にできないくらいの嬉しさが溢れた。



「……あ、あ……う、その……」

 私は上手に言葉を綴れなかった。



「……ぅわぁ……! ごわかっだよぉ……!」

 決壊を迎えた私は彼女に抱きついた。



「ほし、なちゃん……わだしもぉ……だよぉ」



 私たちはクラスの端で抱き合った。

 きっとクラスの誰もが明日には忘れるような瑣末な出来事。

 それでも、私にとって、私たちの目次が刻まれた大切な瞬間だった。



 彼女と仲良くなれる。

 前からそんな気がしていたけど、それが今確信に変わった。



「私は真水夜葉(ますいよるは)。よろしくね」

「知ってるよ。私ずっと前から真水さんのこと見てたもん」



 真水さんはいつもひとりでいた。なので彼女は、私と同じくらい輪に入るのが苦手なんだと思っていた。気がついたら彼女を目で追っていた。でもそれだけだった。でも結局どちらも声をかけることはなく、いくら待っても私たちは結ばれなかった。



 でも今は違う。

 私が勇気を出して挨拶したら、彼女も一歩を踏み出してくれた。



 今、私はとても嬉しい。

 私が本当に友達になりたかったのは紛れもなく彼女だったのだろう。



 数分前の絶望感は、一気にプラスに反転した。



 やった。やった。

 できた。がんばれた。

 やってよかった。

 殻で祈っていなくてよかった。

 祈り続けてひとりで朽ちるよりずっといい!



 やっと……、やっと!

 報われたんだ!



「私だって星奈ちゃんと、ずっと前から友達になりたかった!」

「うん! 私も!」



 私は何となくだけれど、あの兎型の石が私たちを繫いでくれたような気がした。



 背中のランドセルが独りでに輝いた。





「結衣、学校は楽しい?」

「うん! 今日ね夜葉ちゃんって友達ができたの! でね、夜葉ちゃんとすっごく仲良くなったんだよ! でも夜葉ちゃん、私のこと名前で呼んでくれないんだよ……。夜葉ちゃんね、私が星みたいだって言うんだあ。だから私は星奈ちゃんって呼ぶ!とか言って聞かなくてね。私が嫌だって言ったら、じゃあ星ちゃんって呼ぶもん!って怒っちゃって……。あ、あと夜葉ちゃんね、何にもないとこでこけちゃってね、もう私おかしくて。笑いすぎて私までこけちゃって、夜葉ちゃんにお揃いだねって笑われちゃった……。でね、夜葉ちゃん………/」



 夜葉ちゃんのことを考えたら嘘のようにとめどなく言葉が溢れた。



「そう……よかったわね……っ」



 母の頬に涙の粒が伝った。

 初めて見た母の表情は涙と笑顔でぐちゃぐちゃだった。






「未見様……ありがとうございます。私は星奈結衣と言います。どうかこれからも未見様の御加護をくださいませ」

 知能動物の少女は私に祈りを捧げていた。



 はい……私、ミミです。

 現在私は知能動物の少女の部屋の棚の祭壇にいます。

 祭壇とはいってもそこは少女クオリティで、元々私が収納されてた飾り箱に折り紙で軽く装飾をあしらった位のものですけど。



 今日で3日目。

 一過性のものだろうか……。

 知能動物の少女が私に毎朝祈るようになった。



 嫌われる覚えがあっても、敬われる覚えは一つもないんですけど……。



 先日、私は丸石先輩に言われて、睡眠妨害の為、彼女の枕元で一晩中発光し続けてました。そしたらこの動物、いきなり私を睨みつけてきたので、大成功と調子づいてどんどん光を強くして寝られなくしてやりました。



 ……の、はずなんですけど。

 嫌がられるわけでもなく、祈られていますよ……ね?



 まあ別に害は無いからいいんですけど……。

 というかちょっと嬉しいかも?…なんて……。



 でも……なんで? え、ん? なんで!





 (なんでですか!)

 風呂場について開口一番。

 私は丸石先輩に投げかける。



 (なんだミミ? 作戦が上手くいかないのか?)

 (違いますよ! 祀られてるんですよ! 星奈とかいう例の動物に!)

 (祭り? なんだミミー? 楽しそうだし俺も混ぜろよー)



 (あ、小粒、そういうのいいんで)

 私は小粒を軽くあしらい、丸石先輩の返答を待つ。



 (……ん、え、祭り? ああ、たのしいよな)

 (丸石先輩まで何言ってるんですか!)

 (え、だってお前が祭りって……)



 (だあもうちがう! 私が発光で睡眠妨害した翌日から例の動物に祀られて、毎日祈られるようになったの!)



 あらやだわ……、私ったらまた……つい叫んでしまいましたわ。



 だってただでさえ祀られてしまってなかなかお風呂に連れてきてもらえないというのに、なかなか理解されなくてもどかしかったんだもん!



 (あ、ああ。それか。まあ、作戦通りでよかった)

 (え、これが作戦通りですか?)

 (ああ。では、破壊石が帰ってきたら次の作戦を伝える。破壊石にお前の部屋まで行くように言うから、破壊石が来るのを待っていてくれ)

 (わかりました!)





ーーーバリバリンッ



 突然、大きな破砕音とともに、知能動物の少女の部屋の窓ガラスが辺りに吹き飛んだ。

 とともに、既視感のある角ばった石が舞い込んできた。



 (待たせたのミミ)



 私は破砕音にびびって一瞬固まってしまった。



 (破壊石先輩……その登場の仕方どうにかなんないんですか)

 (我は破壊石。破壊してなんぼじゃ!)



 この石頭め……

 こいつのこと先輩って呼ぶのやめようかな……もう。

 だってただの破壊衝動が抑えられないやばい爺さんじゃないすか……。



 (はあ……そうですか。それで次の作戦は何ですか?)

 (ああ、そうじゃな。丸石は、「俺たち石らしく何か起きるのを待ってやろうぜ。その時はかましたろうぜ!俺たち石の力!」と言っておったぞ)

 (さすが丸石先輩! わかりましたって伝えておいてください!)



 (ああ。それじゃあ我は海上でも飛行してこようかの。じゃ、さらばじゃい!)

 破壊石はそう言って割れた窓ガラスを器用に抜けていってしまった。



 窓ガラス……。

 私は悲惨になった窓ガラスを見て、またあの知能動物の少女が怒られるのだろうかと考えたら、少しかわいそうに思ったのだった。







 あーあー……暇だなあ。

 私はひとり窓の淵にもたれかかる。

 意味もなく流れる雲を目で追っていた。



 ここは春夏(はるなつ)第一小学校1-1組の教室。

 


 ふと、窓際にいる2人組の女が横目についた。

 あの2人仲良くなったのか……。



 そういえば、先日の朝、2人の女が抱きしめ合い、無様に大泣きしていたな……。



 その日は最低最悪の気分だった。



 その2人、名前はなんと言ったか……星空だか夜空だからそんな名前の奴ら。2人はどこに行くのも一緒でニコニコしているもんだからとても目障りだった。



 私は昔から人に迷惑をかけることが嫌いだった。

 それにより人から迷惑をかけられることを人一倍嫌った。



 2人組だろうと3人組だろうと群れてるやつには大概むかついた。

 うるさい声と気色悪い笑顔は大抵セットだからだ。



 私はしゃべってないし、笑ってもない。

 私のかけてない迷惑を被らなければならないことはとても不条理で理不尽だと思う。



 私、間違ってないよね?



 だからクラス全員がむかつくし、大嫌いだ。



 私の名前は仲間裂(なかまさき)

 この小学校の1年生。



 そして今、なぜか私は無意識のうちにその彼女らの前に立ち塞がっていた。私がわけも分からず絶句していると、星の方の女が一歩前に出て話しかけてきた。



「えっと……(さき)ちゃんだよね? え……と、何か用かな?」

 彼女はぎこちない笑顔で私に優しく問いかけてきた。



「え、あの……」

 私はなんと言えば良いか分からず、いつも心の中で吐いていた悪態さえも思うように言葉にならなかった。



 私たちの間で数秒の沈黙が流れた。



 私はだんだん重く受け止めることが馬鹿らしく思えてきたので、今思っていることを言ってやろうと思った。



「……ふんっ! 今すぐ私の前から消えなさい!」

 私は彼女を指さしながら叫んだ。



 言ってやった。

 言ってやったわ!



 私の心がスーッと晴れる一方、彼女の笑みはサーっと抜けていき、目元に少しづつ涙が溜まっていた。



「あ……、ごめん」

 彼女たちは沈んだ表情を浮かべ、私の横を早歩きで通り過ぎていった。



 あ……れ?

 私の頬を異様に冷たい風が通り去った。



「……」



 移動教室であることも忘れ、私はその場でしばらく放心してしまっていた。



 ……はっ! 早く行かなきゃ!

 はっとした私はかけ足で理科室へ向かった。



「何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ……」

 私は無意識のうちに誰にも聞こえない位の小声で悪態をついていた。





 私はひとり帰路に着く。

 後方5メートル。

 黄色帽子のあの2人。

 星奈と真水。

 私の大っ嫌いな……。

 かすかな笑い声が私の耳を撫で上げる。



 今日の一件で腹が立っていた私は、彼女らの笑い声を頼りに前を歩いた。

 もちろん私が受けた理不尽の仕返しをするために。



 そろそろいいだろうか。

 かれこれこうして10分が経つ。



「私の後ろをついてこないでよ!」

 私は後を振り返り、2人に向けて言い放った。



「あ、……ごめん……」

「私もごめんね……」

 いくらかの沈黙の後、彼女らは謝罪し左手に進路を変えた。



 私は彼女2人と同様、左に進路をとるとすかさず「私についてくるなって言ってるでしょ!」と罵声を浴びせた。



「え……」

 彼女たちは呆然としていた。



 ついてこないでと言われたから進路を変えたのに、それを言った張本人があえて彼女たちの前方を歩いてきたのだから呆れることも無論だろう。



 余りにも矛盾的かつ不可解な出来事に彼女2人も驚きを隠せないようだった。



 しかし私はこの不可解な出来事を繰り返していた。



 それから彼女たちは何も言わなくなり、私を避けるように右に左にと進路を変え、遂には逆に進路をとって後方に歩みを進め出した。



 私は彼女らが後ろに歩き出したことに気がつくと、すかさず同じく後方に進路を変えた。



 あれ……これは……。

 私はしばらく歩いていると、大事なことを見落としていることに気がついた。



 これではまるで私が彼女の後をついていってるみたいではないか。



 と思ったのも束の間。

 彼女たちにそれに気づかれてしまった。



「えへへ……もお……裂ちゃーん……」

「……裂ちゃんも一緒に帰る?」

 星奈は微笑みを浮かべ、真水は少し不安そうに上目遣いのように尋ねてきた。



「……な、な、な、何言ってんのよ!」

 私は叫びながら、彼女たちから逃げるように全力で走った。



「は、あ……は…あ……はあっ……なんなの……もう…………っ」

 薄れゆく彼女2人の後ろ姿を見ながらそうこぼした。



 不意に涙が頬を伝う。

 何故か私は桃色のケータイを手に取っていた。





 今日は休み。

 まだ陽の高いところ。

 なんとなく近所の公園のブランコを漕いでいた。

 右斜め前方曲がり角。

 大大大嫌いな星奈を見つけた。



 昨日の仕返しをしなくては気が済まなかったので、私は星奈を尾行することにした。

 早速私はブランコからダイナミックに飛び降り、彼女の右斜め後方の電柱に身を隠した。



 5分ほど星奈の後をつけて歩いていた。

 そろそろ後ろから驚かしてやろう。

 それで星奈を泣かせてやる!



 私は星奈が次の十字路を右に曲がったことを確認すると、曲がり角を形作る塀を伝い、半身を乗り出し様子をうかがった。



 瞬間。

 星奈の顔面が私の目と鼻の先に位置していた。



「え、……う、わああああああああああ!」

 私は驚きのあまり大声を上げ、勢いよく尻もちをついてしまった。



「なあに? 裂ちゃん? 私の家まで来ちゃったんだ?……もう可愛いなあ裂ちゃんは……」

 星奈はにんまりしながら私に手を差し出してきた。



「え……な、なにもう! なんなのよもう! 知らないんだからあ!」

 私は後方に向き直り、星奈に背を向け走り出した。



「あ、待って! 裂ちゃん! 私、家で待ってるから! 絶対来てね裂ちゃん!」





「……」

 うーむ。



「……」

 ああ。



「……」

 もう。



「……」

 行くわよ……もう……。



 私の中にある感情が芽生えた。

 私は初めて彼女に仕返し以外の感情で会いに行こうと思った。



「……」

 ……星奈。

 




 5分ほど考えて、星奈の家に戻ってきた。

 あとはこのインターホンのボタンを押せばいいだけ。

 指先をボタンに触れさせる。

 しかし指先の震えが止まらず、なかなか力が入らない。



 ああもう!

 なんで私がこんな目に遭わなきゃならないのよ!



「フンっ……」

 荒い鼻息を吐き、隣にある小石を蹴って息巻いた。



 よし!



 深呼吸を1度入れ、ボタンに指をかけた。

 そのまま指先に力を込める。



ーーーピン〜ポ〜ン



 家のインターホンが鳴る。



「裂ちゃん! 待ってたよ!」

 それからすぐに星奈が出てきて、私めがけて飛び出して来る。彼女が私の元に着くとそのまま私に勢いよく抱きついてきた。



「実はまだ夜葉ちゃんもあげてないんだよ? 裂ちゃんが初めてだね!」

 星奈は私を包む手を解除すると、彼女は少し悪戯っぽく微笑み、私の手を引いて家に早足で招き入れた。



「あ、まってよ……星奈……」

 私は彼女に引かれながら、小声の抗議を送った。



「あ、やっと名前で読んでくれた。裂ちゃん、私と友達になろうよ!」

 星奈は満面の笑みで私に尋ねた。



「な……まってま、と、友達なんて……!」



「嫌だったかな……?」

 星奈は不安そうに首を傾げた。



「……嫌、嫌、嫌、嫌! 星奈と友達、………嫌! 星奈と友達になれないなんて嫌!」



 本音か本心か……

 無意識に星奈と友達になれないことが嫌だと言ってしまった。



「あ……嘘、私……」



「うん! なろう! 友達、なろう!」

 星奈は最高の笑顔で私に抱きついた。



「……まったく。もう」

 今度は私も星奈の後ろに両手を回していた。






(外道め!!!!! 復讐してやる!!!!!)



 はい……私、ミミです。

 私は激しい怒りを覚えています。



 たった今、黒髪の知能動物が私の部屋に入ってきました。

 私はとてつもなくこの黒髪知能動物に憤慨しているのです。



 こいつはあろうことか、私たちの同族をわざと蹴り飛ばしたのである。それもまるで暇だからなんとなくといった様相でだった。



 この最低最悪の極悪で救いようのない外道の動物と比べたら、同じ知能動物でも星奈の方が100倍マシだ。

 それに、毎日のように星奈とかいう知能動物に祈られ、感謝されるのも悪い気はしないし……。



 先程、星奈たちの会話が聞こえてきたが、どうやら星奈と外道動物は友達になったようだった。

 もしこのことを星奈が知っていたら友達になんて絶対ならなかったはず。



 それどころか私を信奉する星奈なら「石を殴るなんてとんでもない!」などと言って外道動物を殴ってボッコボコのメッタメタにしてくれるに違いない。

 結果として蹴られた石の復讐も完遂されることになるはず。



 よしっ!

 今こそ彼女の祈りに応えるときなのですね!

 信者1人くらい助けてやれなくて何がミミ様ですか!

 今こそ星奈に近づく毒牙から守ってやるのです!



 (死ねおらあああああああああああ! あっし渾身の最強フラッシュじゃあああああ!)

 私は外道動物に向けて息巻き、発光点滅の嵐を叩き込んだ。



「なに……あれ……光って」

 間もなく、裂が私の発光に気がついた。



 まあ当然といえば当然だが、外道動物に対して発光はなんの効果もなく、あえて言えば私の発光に興味を示したくらいだった。



 (くそっ……!)



 発光は外道動物への有効打にならない。

 予想できてはいた、できてはいたが!



 星奈を守る。

 蹴られた石の仕返しをする。



 そう決めたんです!

 絶対に私は諦めません!



 「すごいでしょー! 未見ちゃんって言うんだあ!」

 星奈は誇らしげに笑いながら両手の平で私をすくい上げ、そのまま裂の眼前まで持っていった。



 (きええええあああああああああああああああああああああ!)

 私は好機だと思い、外道動物の目を壊してやろうと死力で全身に力を込め、外道動物に怒涛のフラッシュをお見舞いした。



「……すご」

 裂の放った言葉は淡白ながらも、発光する私に感嘆していることは容易に想像できた。



 (酷いです……余りに不公平ですよ……)



 蹴られ、嗤われ、虐げられ……反撃の意志を持って攻撃しても効果がないどころか、攻撃されたことも認知されない。

 酷い……酷い……こんなのって酷すぎる……!



 (星奈聞いて! 私はミミです! その動物は危険です! 気をつけて星奈! 私は星奈の味方だから!)

 せめて星奈に直接言葉を伝えることができれば……私は最後の祈りを込めて、星奈に声を届けようとした。



 しかし、



「でしょ! でしょ! きっと私たちが友達になったことを祝福してくれてるんだよ!」

 星奈は嬉しそうにハイテンションでまくし立てた。



 星奈に私の声は一切届かなかった。



「……そう」

 裂ははにかんで斜め上に首を傾けた。



 なにか!

 何か! 何か!

 何か……何が私にできるの……



 あ! モールス信号!

 あれなら星奈に伝わるかも……

 あ、でも……私、それ知らないんでした……。

 一人で何を考えているんでしょう私……。



 私はなんて無力なんでしょうか。



 (丸石先輩……)



 いえ、いくら丸石先輩でもこの状況を打開できるとも思えません。



 破壊石なら風向き次第で外道動物の頭をかち割ることが出来るかもしれませんが、肝心なときにいないなら意味がないです。



 もちろん小粒でもどうにもならないでしょうし、もし大粒先輩がいたら……いや、そんな夢物語を想像してもしょうがないですね……。



 私たち石族はどうしようもないくらい無力だ。

 昔からそうだった。

 それに知能動物に蹴られることなんて日常茶飯事だった。

 私だって何度も蹴られたし、そういった現場を幾度も見てきた。

 ただ黙って傍観し、半ばそういうものだと諦めていた節もあった。

 それでも夢を見たことはあった。

 石が全生物の頂点に立つ夢。

 丸石先輩から石族の過去を聞いたとき、とてつもなく胸が高鳴った。

 本当に夢が叶うのかと驚きと喜びで溢れた。

 星奈に祈られたときは正直嬉しかったし、夢への一歩を踏み出したかにも思えた。

 だからその期待に応えようと頑張った。

 光った、考えた、必死に叫んだ。



 頑張った! 頑張ったでしょ……私、頑張った!

 誰か、頑張ったって言ってよ!

 誰でもいいから私を、星奈を助けてよ……!



「裂ちゃんはさ、いつも何してるの?」

「……空、見てる」

「へ、へえ……空見てるんだ……」

「……星奈は」

「え、私? 私はお菓子とか作ってるかな?」

「……そう」

「裂ちゃんは将来の夢とかってあるの?」

「……星とか」

「へ、へえ……星? すごいね」

「……星奈は」

「私は……その……結婚とか」

「……そう」

「裂ちゃんは好きな食べ物とかある?」

「……マグマとか」

「え……ん? え、あれ!? 好きな食べ物だよ? 裂ちゃんマグマ食べるの!?」

「あ……ごめん。聞き間違えた……」



「その……裂ちゃん、私と話すのあんまり……?」

 星奈は不安そうに尋ねた。



「なんで?」

「いや、いつももっと偉そっ……あ、いやごめん。その、もっと元気よく話すっていうか……」



「消……えなさい?」

 それから裂は少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。



「そうだよ! それだよ裂ちゃん! どうしてやめちゃったの?」

 星奈は不思議そうに尋ねた。



「……その、なんか悪い、かなって……。友達……になったんだし?」

 裂は下を向きながら、たどたどしく言葉を綴った。



「悪くなんかないよ! 私は素の裂ちゃんが好き!」

「……そう?」



「うん! だから言って!」

 星奈は笑顔で裂を励げました。



「……消えなさい?」

「もっと! もっとだよ裂ちゃん!」

「……私の前、から消えなさい?」

「もっと! もっといけるよ裂ちゃん!」

「私の前、から消えなさい」

「うんうん。いい感じだよ裂ちゃん!」

「私の前から消えなさい!」



「そうだよ裂ちゃん! それでこそ裂ちゃんだよ!」

 星奈は両手で握りを合わせて裂を祝福した。



「じゃあ次はせーので言おう?」

「……うん!」



「「せーの」」



「「私の前から消えなさい!」」



 もしかして私に言ってる?

 でも、星奈が言うわけ……もしかして外道動物に感化されたんじゃ……。



 2人の叫びがこだます室内で、新たな誤解が生まれた。



「私たち、の方がよかったかな?」

「星奈は星奈でいい。私は星奈の優しいところが好きだから……」

「……え、どういう意味? とにかく私は裂ちゃんと友達になれて嬉しいよ!」



「私も」

 裂は少し頬を染めて微笑んだ。



「……そういえば、私の好きなの答えてなかった……。私の好きなのは……星奈……だよ!」

「本当?嬉しい! 私も裂ちゃん大好き! まあ私は好きな食べ物を聞いたんだけどね?」



⭐︎


ーーーデュルルルルルルルルルルルルル



 突然、裂のポケットで携帯電話のベルが鳴った。

 裂はポケットから携帯電話を取り出すと、真剣な表情になった。

 携帯は時代錯誤の開閉式の構造をしており、共にピンク色の染色が施されているものだった。



「あ、今日、月末だったね」

「それにもう夜……。星奈といると時間が早い」



「本当に出るの? 私、もう壊しちゃったんだ」 

 私は深刻そうな顔でそう聞いた。



「……あ、そうなんだ。……じゃあもし星奈に何かあったら私がこのケータイで助けてあげるわ! 感謝しなさい!」

 裂は硬い面持ちで答えた。



「裂ちゃん。怖いなら壊してもいいんだよ! 無理することないよ!」

 私は震える腕で裂を抱きしめた。



「うんうん……怖くないよ! 私には……星奈がいるから!」



 裂はケータイを開いて耳に当てる。

 それから裂は1分ほど固まったままでいた。



「裂ちゃん、……裂ちゃん? え……」

 裂を心配に思った私は、裂を揺さぶりながら声をかける。

 裂の只事じゃ無い様相に戸惑い言葉がつまってしまう。



「……ぐすっ……ううぁ! うわあああああ! ごめんなさい! ごめんなさい! 私本気で言ってたわけじゃないの! 本当は仲良くなりたかっただけなの! 止めて! お願い未砂(みずな)さんだよね! 違うの! 本当に違うの!」

 突然裂は涙で顔を覆いつくし、発狂し始めた。



「え……裂ちゃん?」

 私は疑問に思いながらも、裂が耳に当てている携帯に私も耳を近づけた。



『あんたが消えるのよ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ あんたなんかいなくなればいい! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 私の前から消えなさい! ほら! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ裂! 消えろ裂! 死ねやああ!』



 裂の携帯からは常軌を逸した内容の声が飛び交っていた。



 私は断片的に聞こえてきた会話から推察できた。

 裂が侵されている状況が。

 そしてわかった。

 今ここで行動を起こさなければ裂と永久の別れを期すことになることが。



 裂が今耳に当てているのは自衛携帯。

 政府が支給した携帯電話で、3分間の通話の後、一回だけ人を消すことができる悪魔の道具だった。



「裂ちゃん! 貸して!」

 私は裂から携帯を取り上げた。



「星奈です! 聞いて! 未砂(みずな)さん! 裂ちゃんは悪い子じゃ無いの! とてもいい子なの! 後で誤解を解くから早く切って!」

 私は決壊しそうな涙を必死に抑え、必死に畳み掛けた。



『……え、星奈さん? なんなの! あなたはいい子だと思ったのに敵だったのね!』

「え……違うって!」

『うるさい! みんな死ねばいいのよ!』



 通話越しの彼女は聞く耳を持たなかった。

 しかしケータイの仕様上、かけられた者が通話を切ることは破壊であっても不可能であった。



 しかし、このままだと、もう間も無く3分が経ってしまう。3分経てば裂はこの世から完全抹消されてしまう。

 ゆえに0.1秒が惜しいこの状況。

 一か八か、私は裂から取り上げたこのケータイを逆に二つ折りにして破壊した。



それからすぐに電話越しの声は聞こえなくなった。



 通話終了。

 しかし、二つに分かかれた携帯の画面側には、3分1秒の表示があった。



「よかったあ! 本当によかった!」

 私の涙は間も無く決壊し、それを抱き締めすぎて苦しいんじゃ無いかってくらいギューって抱きしめた。



「わああああああああ! 怖たったよお」

 それは泣き叫びながら私をギューっと抱きしめ返した。



 私は涙が枯れるまで泣き合った。





 この世界は長いこと魔物に支配されていた。

 魔物は魔王の作り出す下僕で、容赦なく人族を襲い、殺し、人族は数百単位まで数を減らし、滅亡寸前まで立たされた。

 


 そしてこのまま人類の完全敗北となるかに思えた。

 しかし、突然現れた5人の救世主によって戦況は一変した。



 彼らは新進気鋭の働きを見せ、魔王は討たれ、魔物は絶滅した。



 彼らは皆、別々の石をお守りとして持っており、それら石はファイブオーブや神依石と呼ばれ、信仰の対象となった。



 それから石が世界の中心になる。

 しかし実際石はなんの力も持っていなく、思い込みで勝手に力があるとされ、信仰されただけであったのだが。

 結果的には信仰により、自我やアビリティを獲得する石まで現れたのだから、信仰自体が無意味とは言い切れないのかもしれないが。



 そして数十年で石の天下は崩壊した。

 リベ・リベを契機に、石は為す術なく人々によって加工されることとなる。



 それからは人間の時代がやってきた。

 まず人々は領土を確保し、多くの国が乱立した。



 人々は石を豪快に使ってこれでもかと建造物を立てて、道路を舗装した。

 人々は自分達にとってだけの生活を豊かにし、石の生活圏を脅かした。



 しかし、初めの頃は友好関係を築けていた国同士もいつしか自衛を正義に掲げ、争いを始めるようになる。



 人間は絶対悪を無理矢理にでも創ろうとする。

 いや、人間に関わらず石を始め、他の生物だってそうなのかも知れない。



 しかし、戦乱の世も長くは続かなかった。

 島国民族で構成された庫粉子呼国(こここここく)が二代強国であった仮救世主(カリメシア)、卍〆凹田(マメクブダ)を武力で沈め、全世界を統一した。



 こうして世界の戦乱は収まり、長い平和が訪れた。

 しかし、終わったわけではない。



 ただ、戦火が見えなくなっただけ。

 個々人が互いを妬み憎み蔑み嗤う。

 小さくなって水面下で火種を撒き散らし続けている事実は変わらなかった。



 そして近年、人類は新たな問題に悩まされている。

 それは、年々増え続ける自殺者の問題である。



 そして政府はいじめ、あるいは恋人関係が自殺者の原因の多くを占めていることを突き止めた。

 そのため政府はいじめや人間関係の不和を減らす方法を検討した。



 法律をいじり、教育を徹底し、税制度も手厚くした。

 しかし、全くといっていいほど自殺者は減らなかった。



 そこで政府は全く新しい政策を施行した。

 企画名『平和ゲーム』



 本企画は、政府が全国民6歳以上を対象として、桃色の携帯電話、通称『自衛携帯』を配るものである。



 この自衛携帯には特殊な機能が備えられていた。

 特殊な機能とは人を消去できる機能のことである。

 もちろん政府公認とだけあって、自衛携帯で消去をした場合、罪には問われないものであった。



 当初、政府は気が狂ったのかと全国民から批判の嵐に会っていたが、今では英断と言う者も現れる始末だ。



 結果皆は変なことをすればいつ消去、言わば殺されるのか分からない為にそれを恐れ、いじめは急激に減った。

 人殺しに対する倫理観を除けば、多少窮屈な社会になったものの、着実に弱者が生きやすい世の中になっていったと言えるかも知れない。




ーーーーーー


自衛携帯

 ・全国民 (6歳以上、4月) に政府より配られる殺しの道具。


 →配られる理由……皆がいつ殺されるかわからなけ

          れば、いじめも減って自殺者も

          減るのではないか?



特性

 ①電話に出た相手を無条件で殺せる。

  ※でなければ効果なし。

  ※3分後に存在を世界記憶から抹消でき、その者がひとりで所有しているものも消える。

   →世界記憶から抹消された者が存在した事実は都合よく書き換えられ、その者を覚えている生物は誰もいなくなる。

  ※3分経つ前に電話を切れば効果はなくなる。

  ※かけられた者は自分から切ることはできない。

  ※かけられた者がケータイを壊しても無効。

 ②ケータイが影響を与えるのは知能動物(人間)だけ。

 ③ケータイの譲渡は可能。

 ④ケータイが壊れた際のペナルティはない。

 ⑤電池は無限。



使える条件

 ・相手を示す特徴(顔、住所、所有物……など)が想像でき、対象が1人であるとき。



壊れる (消滅する) 条件

 ①所有物が、相手に電話をかけたとき。

  ※相手が出ようと出まいと3分後には破損する。


 ②所有物が、公式からの電話 (月末19:00〜20:00) に出なかった場合。

  ※公式からの着信は3分以内に出ればよい。


 ③所有者もしくは以前の所有者が、この携帯により消されたとき。

  ※譲渡された携帯であっても、もとの所有者が消滅した瞬間、携帯も消滅する。





 今年の4月1日。

 桃色の携帯電話、通称『自衛携帯』が各家庭に一斉送付された。



 そして1週間が経ち、多くの者の死が明かされた。



 1日目、自衛携帯最初の犠牲者となったのは、政府の目論見通り、いじめの加害者である。

 学校内、職場内にあまりの空席があったことにより判明。


 

 2日目、犯罪者裁きが横行。

 加害者が不明で、解決済みの事件が多かったため、発覚することとなった。

 服役中の小悪党から国際指名手配級の大悪党までその対象となる。



 3日目、国会進行に狂いが生じた為、首相が殺されたのではないかと推測された。

 案の定、残された資料から首相の存在が明らかになる。彼は国民の支持率も高く、とても評価されていたと書面にはあったが、裏で何かやっていたのだろうか。



 4日目、無職者や引きこもりの大量消滅が発覚。

 その親がSNSに「子供がいたこともないのに、子供の世話を覚えてることに違和感。私、最近疲れているのかな……」との旨をあげたところ、多数の共感が集まり、政府の特別調査機関が探りを始めた。失業保険支給額の減少やネット接続人数の明らかな減少からほぼ間違いないとされた。



 5日目、美形や金持ちの多くが殺されたらしい。

 恋人がいて、消滅したと予想される男女の両親を調べたところ、遺伝的に有利な容姿であることが統計的に判明した。

 金持ち失踪に関しては、株式市場で急激な暴落に遭う企業が日毎に増え続け、都心部の一等地に謎の広大な空き地が現れたことなどがその根拠であった。



 6日目、政府の特別調査機関が公表したアンケートによると、約1割の人が自衛携帯を失っていることが分かった。

 これが何を意味するかは容易に想像できた。



 政府の特別調査機関の結果を受け、ネット上では自衛携帯は一部で『デスケータイ』と呼ばれるようになる。また、SNSでは『庫粉子呼国オワタwww』が急上昇。専門家は国の現状は相互監視管理社会(ディストピア)そのものであると見解を述べた。



 7日目。

 世界はかつての活気を失った。

 無邪気な子供でさえ下手に笑えなくなった。



 目立ったことで殺された首相。

 人は目立つことを恐れるようになる。


 少数派だったから殺された引きこもり。

 人は普通の道を外れることを恐れるようになる。


 勝ち組であったから殺された金持ちや美形。

 人は顔を隠し、努力を隠し、天才肌を隠すようになる。



 次第に人々は個性を失っていった。

 死は絶対的な恐怖の象徴としてめっちゃに機能したのである。



ーーーーー

⭐︎



 はい……私はミミです……。

 私は今、星奈の部屋にいます。

 昨夜、この部屋で外道動物の裂とやらが消滅しました。



 人間の世界のことはよくわかりませんがあのゴミが消えてくれて私はとてもせいせいしてます。



 しかし、どうしてなんででしょう。

 心がこんなにざわつくのは。

 涙が出てきてしまいそうなのは。



「裂ちゃん! 今日はどこ行こうっか? お店? 公園? あっ! それとも一緒に空見に行く? 一緒ならきっと楽しいよ!」

 星奈は笑顔で、とても笑顔で、誰にも負けないぐらいの満面の笑みで問いかける。



「……ん。星奈が行きたいとこならどこでも行く」

 星奈は返ってこない返答を自分で再現していた。



「あ、ご飯食べよう? 私作ってくるね!」

 星奈は笑顔で部屋を出ていった。



 (星奈……)

 私は星奈の現状に少なからずの罪悪感を感じてしまった。 彼女、裂は本当に外道動物であったのだろうか。

 石を蹴ったのも見間違いなんじゃないか。

 彼女の遺したものはあまりに大きすぎた。



 (星奈……)

 気づかないフリをして、(ウソ)に篭った星奈に、私は何かできるだろうか。



 (星奈……)

 不甲斐ない神様でごめんね……。

 何もできなくてごめんなさい……。



 あ……星奈……。

 星奈はシチューの2皿乗ったお盆を持って、最高の笑顔で部屋に入ってきた。



「裂ちゃん! 食べようよほら、あ〜ん」

 裂は床の上にスプーンからシチューをボトボト垂れさせる。



 (星奈……)

 こんなの見てられませんよ……。



 いつも通り、石を除いて星奈の家には誰もいない。



 こんなとき、石である私には星奈救うことは許されないんだろうか。



ーーーピカッ、ピカッ



 星奈を元気付けるように必死に発光をするが、星奈は笑顔で虚空を見つめてシチューをぶちまける。



「もう、まったく……裂ちゃんたら赤ちゃんみたいにこぼしちゃって。にんじんも入ってるからちゃんとよく噛むんだよ?」

 星奈は最高の笑顔でシチューをぶちまけ続けた。



(星奈……)

「星奈ちゃん!」

 突然、部屋のドアが勢いよく開かれた。



「……夜、葉ちゃん?」



「星奈ちゃんが学校来ないから心配で、学校抜けてきちゃった……えへへ」

 夜葉は目を細めて、照れ臭そうにはにかんだ。



「あ、え……学校? ああ、そんなのあったね」

 星奈はめんどくさそうに答えた。



「え、何言ってるの星奈ちゃん? それにシチューなんてこぼして何やってるの? あ、もしかしてこの間言ってたミミ様のお供えものとか? あ、石が光ってる! この石ってもしかしてミミ様? すごーい本当に兎型なんだね。かわいー! 雪うさぎみたい!」

 夜葉は苦笑いを浮かべつつ、なかなかこない星奈の返答を待った。



 雪うさぎ言うな!

 いや、ごめんなさい……つい



「もう、うるさいなあ……今裂ちゃんと遊んでるの! 私の前から消えなさい! 私の前から消えなさい! 私の前から消えなさい! 私の前から消えなさい! 私の前から消えなさい……」

 星奈は泣きそうになりながらも夜葉に放つ。



「……え、何? 裂ちゃん? 何それ? お人形かなんか? それともまた石を拾ってきたの?」

 夜葉は震えそうな、それでいて泣きそうな声ながらも気丈に尋ねる。



「裂ちゃん、ほらあ〜ん……」

 星奈は宙にシチューを垂れさせる。当然宙を垂れるシチューは床のカーペットを汚した。



「ちょっと星奈! 星奈ってばおかしいよ! どうしちゃったの! ねえっ星奈ちゃん!」

 夜葉は星奈の肩を揺さぶって必死に叫んだ。



「な〜んだ、夜葉ちゃんも遊びたいのかあ。じゃあ3人で遊ぼっかあ」

 星奈は満面の笑みで答えた。



「違うよっ! 星奈ちゃん聞いて! そして私に何があったか話して!」

 夜葉は星奈の正面に立って少しかがんで肩に手を置き、星奈の目を見上げるように見つめた。



「………………………………ごめん。私、夜葉ちゃんに酷いこと……言って……」

 星奈は目を逸らして謝った。



「ううん。私は全然気にしてないよ? ほら、話してみて?」

 夜葉は優しく微笑んでそう返した。



「……うん……ありがと。昨日ね、外を歩いていたら、裂ちゃんが私の後を尾行してきてね。でも全然バレ///」



「え、ちょっと待って。裂ちゃんっていうのは? 幼学校の頃の友達とか?」

 夜葉は星奈の語りに割り込んでそう尋ねた。



「え、幼学校? 何言ってるの? 同じクラスの仲間裂ちゃんだよ? うちのクラスは21人でしょ」

 星奈はいとも疑問そうに聞き返した。



「え、誰それ? うちのクラスは20人だよ? うちの学校は全クラス20人クラスでしょ……確認してみる?」

「……じゃあ、うん」

「えっとじゃあ出席番号順で、まずは私に星奈ちゃんでしょ、そして未砂(みずな)さん、牙縫(きばぬい)くん、攻魔(こうま)くん、生贄宿命(カルマサクリファイス)さん、今虹(いまにじ)さん、石蹴(いしげり)くん、恋野(こいの)さん、巻貝(まきがい)くん……///」



「ちょっと待って! 恋野さんの次って!」

 星奈は夜葉の言葉を遮って言った。



「え、恋野さんの次? 巻貝くんじゃないの?」

 夜葉はきょとんとした顔で星奈に尋ね返した。



「記憶違い?……これってあれじゃ……あ、未砂さんの電話かも」

 星奈は真剣な表情を浮かべて小声で呟いた。



「携帯? それって……ま、まさか。これ?……」

 夜葉はポケットから桃色の携帯を取り出した。



「そう……、そうだ! そうに違いない! 復讐してやる! 私が! 私が復讐してやるんだ! 未砂(みずな)を消してやる! 貸して夜葉ちゃん」

 そして、星奈は夜葉の出したケータイを取った。



「ちょっと待って! 星奈ちゃん! 貸すのはいいし、その話が本当なら止めないけど、一回未砂さんに会ってからでも遅くないんじゃ……」



「いやそんな悠長なことをしてたら、私たちが消されるかもしれないし……私は! やる!」

 星奈は耳に携帯を当てた。



「でもまってちょっとおかしいよ星奈ちゃん。だって私は覚えてないのに星奈ちゃんだけ覚えてるって、携帯の仕様に反してるでしょ? これっておかしくない?」

 夜葉は首を傾げてそう言った。



「た、確かに……。じゃあ直接会ってからやるか決める」

 星奈は耳元の携帯をポケットにしまった。



「やるって物騒な……。でも私は星奈ちゃんの味方だからね?」

 夜葉は苦笑いしてから、星奈の両手を取って笑顔で星奈を励ました。



「うん! ありがとう夜葉ちゃん!……だから、絶対消えたりしないでね……」

 星奈は震えた声音の後、夜葉に抱きついた。



「うん。約束する。星奈ちゃんもずっと私に光を見せてくれる星でいてね」

 夜葉も星奈の肩に手を回して返答をした。



「ちょっとお……私のハードルだけ高くない? 私がただの恒星なら……じゃあ夜葉ちゃんは太陽ね!」

 星奈は少し頬を膨らませていた。



「太陽。うん。私なるよ太陽!」

 夜葉は元気いっぱいに答えた。



「……そ、そう? じゃあ私も未見ちゃんみたいにならないとね!」



 (ミミちゃん!)

 私は黙っていたのに、あまりに唐突に私の名前が出てきて驚いてしまった。

 ちゃん付けって信仰心なくなっちゃったのか……。

 まあそれも当然か、神のご加護なるものがありながら、最愛の友人の1人を亡くしてしまったのだから。



「星奈ちゃん、石になりたいの? あ、雪うさぎの方か……」

 夜葉は悪戯っぽくそう言った。



 雪うさぎ言うなあ!

 ……まったくもうしょうがないですね。

 今だけ許す!



「……もう。からかうなあ!」

 星奈は頬を膨らませて笑った。

 今度は最高の笑顔で。

 


「裂ちゃん、まってて。裂ちゃんの無念、きっと晴らしてみせる」

 星奈は勢いよく部屋のドアを開いた。





ーーーガラガラーーーバンッ

 突如、皆が静まり返った教室のドアが勢いよく開け放たれ、壁に激突した。



 開口一番、私は叫び放つ。

未砂(みずな)!」と。



 私は今、死を賭してここにいる。

 大袈裟なんかじゃない。

 大勢の前でいかにも反感を買うようなことをするというのは、高層ビルに繋がれた綱を着の身着のまま渡るようなものだ。

 それも、信頼の置けない赤の他人が私の渡る綱に無断でハサミをかざしている状態でだ。



 1回しか使えないとはいえ、なんとなく気に障るなどといった瑣末な理由でデスケータイを使う者も一定数いる。



 いわば委ねられた死。

 


 1つのミスが命取り。

 その上、ランダムで殺されるかもしれない。



 そんな中の私の行為。

 それは乱暴に扉を開き、人の名前を粗暴に叫んだこと。



 多くの生徒は当然静まり返ったのだった。

 

 

たぶん最後まで読んでくださりありがとうございました。

感想、アドバイスがございましたらぜひ教えてください。

見直しはしたんですけど、もし変な字とかあったら教えてくれると助かります。

評価、ブックマークもしてくれますか?


この作品は来年の4月頃より長期連載を計画しています。

まあ人気が出なくてもこうかなとは思っているんですが、人気が出た方がめっちゃ嬉しいしんですけどね。

待っててくれる人がいたらマジ嬉しいです。


2023/6/4軽微な修正をさせていただきました。

また、長編版として練り直した物語の作成に現在励んでおりますので、もしご期待の人がいましたら待たせてしまってすみません。

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[良い点] 初め意思ある石の、のほほんとした話かと思いきや急にシリアスでビックリした
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