38.ミザールの街
ブラッドが静かな口調で言う。
「死んでたら? 確率的にはあの高さから落ちれば死ぬ。死体を捜すために自分たちの命を懸けるのか? この先何があるかわからないのに、これ以上人員減らすつもりか? 本気でアイリスを救いたいなら先のことも考えるべきだろ」
「死んでない……クレイグは絶対生きてる!」
アレンが言うと、ケイがアレンの肩に優しく手を添えて言う。
「気持ちはわかる。私だって生きていてほしいさ。でもぶっちゃけ厳しいと思う。今回はブラッドの意見に従った方がいいんじゃない? 今はとにかく逃げてさ、後で捜そ。私も手伝うからさ」
アレンは崩れ落ちるように膝をついて涙を流した。ティムも溢れる涙を拭いながらアレンの肩をさすった。ブラッドはぐっと涙をこらえて言う。
「そろそろ行くぞ」
アレンは涙を拭って静かに立ち上がり、ケイに支えられながら歩き出した。
「あ、そうだ。馬がみんな逃げちゃったんだ」
ティムがそう言って指笛を吹こうとしたとき、ブラッドがすかさずティムの手を払って言う。
「やめろ、奴らに見つかるだろ。馬は俺たちが見つけたから大丈夫だ」
そしてしばらく歩き、馬をつれて森を後にした。
森を出たアレンたちは、ミザールの街に来ていた。大衆食堂に入った4人は疲れ切った様子で並べられた食事に手を付けることなくただ座っている。重々しい空気の中、ケイがから揚げを箸で刺し、口に放り込んで言う。
「これ食べたら宿探してくるよ。今日はこの街でゆっくりするだろ?」
「うん……」
ティムが上の空で答えた。今まで黙っていたアレンが突然語り出した。
「クレイグ、嫌そうだったのに。俺が助けたいなんて言ったから……」
「何のことだ」
ブラッドがアレンに言う。ティムが事の経緯を話した。するとブラッドの表情が険しくなった。
「ティムとクレイグが止めたのに勝手に返事して巻き込んだのか? しかも言うこと聞かないわがまま商人のために」
アレンは黙ったままうつむいている。ブラッドは話を続ける。
「それでよく俺を友達じゃないと責めれたな。おまえがしたのは友達にすることなのか? 見ず知らずのおっさん助けて、嫌がる友人を危険に晒して。何とか言えよ偽善者が」
ティムが慌てて話に割り込む。
「ちょ、ちょっと待ってよ。言い過ぎだよ。勝手に行くって決めたかもしれないけど、ついて来いとは言われてない。僕らは自分の意思でついて行ったんだよ」
黙って聞いていたケイも口を開き、ブラッドを見て話し出した。
「そうだよ。その辺でやめときな。腹を立てる相手を間違えてるだろ。アレンじゃなく賊どもだろ? 人助けは悪いことじゃない。アレンみたいな奴がいるから希望があるんだよ。みんな自分のことしか考えなくなったら殺伐とした世の中になる。そうだろ?」
ブラッドが目を逸らし、黙り込む。
「あの……すみません」
ケイの背後から小さな声がした。ケイが振り返ると商人の男が立っていた。
「誰だよ!」
ケイが言うと、ティムが男を見て言った。
「あ! あのときの商人さん!」
アレンがゆっくりと顔をあげて商人を見る。
「よかった。無事だったんですね……」
アレンは力なく微笑んで言った。
「あのときはありがとうございました。おかげ様で娘にドレスを届けることができました」
商人の男は嬉しそうに話した。
「よかったです」
アレンは視線を落として言った。ティムも浮かない表情で黙って座っている。商人の男が心配そうに二人を見つめて尋ねる。
「何かあったのですか?」
ケイが商人の男の腕を軽く叩いて言う。
「疲れてんだよ。そろそろいいだろ? そっとしといてやって」
「あ、そうですね。すみません」
商人の男が会釈して立ち去ろうとしたとき、ブラッドが口を開く。
「なぜ隠す。正直に言えばいいだろ」
ケイがブラッドの腕を叩いて言う。
「あんたは黙ってな!」
しかし、ブラッドはそのまま話を続けた。
「助けてくれた恩人が一人いないことにも気づかず、能天気に話しかけてくる奴に気遣う必要あるのか?」
商人の男ははっとした様子でアレンを見る。
「まさか、あの金髪の青年に何かあったのですか⁉」
アレンは小さな声で、少し言いにくそうに答えた。
「崖から落ちてしまって行方不明なんです」
驚いた商人の男は詳細を尋ねる。アレンの代わりにティムが転落した場所、経緯などを話した。すると商人の男は少し考えてから話し出す。
「私に彼を捜す手伝いをさせてください。森に詳しい者を何人か知っていますし、体力のある者をたくさん集めましょう。きっと怪我をされているでしょうから早く見つけてあげた方がいい」
アレンが商人の男を見つめて涙をにじませる。
「いいんですか?」
商人の男は優しい笑みを浮かべて答える。
「当たり前じゃないですか。ここで恩人を見捨てたら娘に怒られますし、罰が当たりますよ」
「ありがとう、おじさん!」
ティムが笑顔で言った。ケイがブラッドを肘で小突いて言う。
「あんた、何か言うことあんじゃないの?」
「あいつのわがままとアレンのせいでこうなったんだ。俺が礼を言う必要はない」
ケイはさっきよりも強めに肘で小突く。商人の男がケイを見て言う。
「いいんですよ。その通りですし。ところで皆さんはミザールに何をしに来られたのですか?」
「金色の果実というものがこの辺りの地域にあると聞いて探しに来たんです」
アレンが答える。
「ああ! 伝説の魔女の実のことかな?」
「魔女の実?」
アレンが聞くと、商人の男は微笑んで言う。
「噂ですよ。実際に見た人なんていないんじゃないでしょうか」
「聞かせてください。その噂を」
アレンが真剣な眼差しで言った。




