おわり
「おはよう憲ちゃん。今日は学校行くのね」
「ああ。行ってきます」
「おはよう。久しぶりだな、憲吾」
「おはよう。そうか? まあ普通だろ」
とまあ、そんな感じで意外にもすんなり復帰できた。多少の気構えも泡になったが、いい意味なので良し。
しかしだ。
「おはよう。なあ、奈名はまだ来てないのか?」
あいつと同じ部活だったとおぼしき女子に声をかけてみる。
「憲吾君? おはよう。奈名のこと、聞いてないの?」
あいつが学校でも憲吾憲吾と呼ぶせいで、俺はクラス全員からの名前呼びが定着している。
「あいつがどうかしたのか?」
「昨日、事故に遭ったのよ」
「え?」
どういうことだ? 俺は昨日、いや日付としてはむしろ今日あいつと会ったんだぞ?
「昨日の学校帰り、コンビニのそばで車と接触して病院に運ばれたって……」
「う、嘘だろ? だって、あいつは……。そうだ、あいつは無事なのか?」
「まだ何も。今日先生から話があると思うけど……」
「そ、そうか……。ありがとう」
「心配だよね……」
俺は一番後ろの自分の席に戻って昨夜のことを思い出してみる。そういえばスカートの印象はあるが足はどうだったろうか? 幽霊が事故の衝撃で失くしたヘアピンを探してたとか? これって奈名が死んでたらこのヘアピン遺品になるんじゃないか? 俺が持ってていいのかな?
いやいや、死んだとは限らない。そうだ。本当の自分を探してたとも言ってたし、幽体離脱とか? コンビニに入らなかったのも俺にしか見えなかったから、とか? え、それはそれで怖い。
幽霊にしろ幽体にしろ、夕べはもっとちゃんと話しておくべきだったんじゃないか? 思い返せばろくな会話をしていない。ほとんどあいつのせいだけど、それでも。今まで無限にあると思ってた時間が、ある日突然ゼロになることがあるなんて、知ってはいても想像なんてしたことなかった。
「朝礼始めるぞ。席につけ」
担任はユルめの先生だったはずだが、今日はスーツを着ていて妙にフォーマルな感じがする。今の俺には何もかもが不吉の前兆に思えた。
「先生、奈名ちゃんは?」
誰かが尋ねた。
「落ち着け。その話からする、あいつは……」
手汗がひどい。なんだか息が苦しい。外はこんなにも空気が薄かったのか。先生の言葉を待っていると、突然背後から大きな音がした。
「セーフ! おはようございます! ……あれ、みんなどしたの?」
おそらくクラス全員が注目しただろう。後ろのドアが乱暴に開かれて奈名が元気よく入ってきた。紺のスカートからは白い足がすらりと映えている。
「奈名……? 死んだはずじゃ」
一番に駆け寄って尋ねた。言葉を選ぶ余裕もなかったと思う。
「ちょっと、朝からそんな縁起の悪いボケはやめてよ、憲吾」
「だって、事故に遭ったって……」
「遭ったけど、憲吾とは夜に会ったじゃん」
「……実は双子?」
「幼馴染なのにそれ隠し通せると思う?」
「不死身?」
「確かに憲吾とは夜会ったけどさ!まだ人間やめてないから」
「じゃあ、なんで生きてるんだ?」
「今めっちゃ失礼なこと言ってる自覚ある?」
困惑する二人の様子を見て、先生が助け舟を出した。
「私から説明するぞ。そいつは間違いなく事故には遭った。だが軽い脳震盪で済んだから入院もなし、だそうだ」
「で、事故の時にヘアピン失くしたみたいで、起きたのが夜だったし寝られそうになかったから探しに行ったんだよ。それで憲吾に会ったってわけ」
「良かった……!」
冷静に考えてみれば当たり前のことだった。というか、こいつ普通にハロハロ食ってた。
「あ、ちょ、憲吾さん……?」
俺は気付いた時、倒れこむように奈名を抱きしめていた。
「あ、悪い……」
「いえいえ、その、ごちそうさまでした……」
「二人とも。そろそろ、いいか?」
周りからの好奇の目と、先生の冷ややかな目に気付いて俺はそそくさと席に戻る。
「今回は事故のこともあるし遅刻にはしないから、安心しろ」
「あrがと、先生! でも、それなら全力ダッシュしなくて良かったなー」
「元気が有り余ってるみたいだからやっぱり遅刻な」
「先生、ひどい! 元気なのはいいことでしょー!」
「冗談だ、じゃあ改めて朝礼を始めるぞ」
結局、俺が復帰したことは奈名の事故にイベントパワーで負けていたらしく、ほとんど話題にもならずに放課後を迎えた。
「せめて友達には連絡入れとけよ……」
二人で並ぶ帰り道。昨晩に続いて本日二回目だ。
「てへ、スマホの方は死んじゃったんだよね、私、あの子がいなかったら即死だった」
「大げさだな……。てかさ、あの先生ってスーツとか着てくる人だっけ?」
「噂だけど恋人ができたらしいよ。……いいなあ」
奈名は空を見上げて独り言のように呟いた。
「恋人か……そうだ、奈名。これ返すよ」
「あ、ヘアピン。ありがとう、憲吾」
「それから……」
「何?」
「あー……奈名が教室に入ってきたとき、俺、すげえテンパってたろ?」
「だね。私あんな憲吾見たことないよ。ついツッコんじゃったもん。」
「奈名が事故に遭ったって聞いて、自分でもびっくりするくらい焦ってさ。まあその、何が言いたいかって言うと、つまり……それって俺にとって大切な人だったからだと思うんだよ」
「憲吾……」
「ちょっと待って、言い直すわ。……奈名。好きだ」
「うん!ありがとう、憲吾」
「それで、その……」
「もちろん、私も!」
そういうと、奈名は俺めがけて飛びついてきた。
今日から俺の止まっていた時間は再び動き出した。無限にあると思っていたそれは有限だった。その限られた素晴らしい資産を、俺は彼女のために使おうと思った。
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