ヤード・ポンドと申しますが冒険者パーティから追放されそうです。助けてください。
「ヤード! お前をこのパーティから追放する!!」
「メートルさん! どうしてですか!? どうして俺が追放されなければならないんですか!?」
俺の名はヤード。
ヤード・ポンドと言う名だ。
冒険者をやっている。
結構名の知れた冒険者パーティに所属しているのだが、そのリーダーであるメートルさんから突然の追放を言い渡されて困惑しているところだ。
「お前のせいで計量がめちゃくちゃ手間なんだよ! キリのいい数字ならいざ知らず、端数の出るような再計算を俺達はもう求めていない!!」
メートルさんが俺の胸倉を掴みながら声を荒げた。
いや、計量が手間って……。
コンピュータ全盛の時代なのだから再計算なんて数字を入力するだけですぐ終わるだろう。
そんなことでパーティを追放されたらたまらない。
「大体インチとセンチで語感似すぎだろ! ネットショップでネジ買ったらくっそでかい奴届いた時の気持ち考えた事ある!?」
そんなこと言われても知らない。
流し見しただけで買った方が悪いのではないか。
ネットショップで物を購入する時は製品仕様をよく見て買って欲しい。
「いやあの、俺は色々なところで使われている単位ですよ? 俺を追放したらどれだけの人間が困るか分かってます? 大変なことになりますよ?」
このパーティを支えているのが俺であることを分かっていないメートルさんに対して、思わず反論した。
「アメリカでしか使われていないんだが!? 国で言うと一国だけなんだが!?」
「いやいや、リベリアとミャンマーでも使われていますよ」
「リベリアもミャンマーもお前のことを捨てる動きが出てるんだが!? ほんとアメリカなのが厄介なんだよ……なんでよりによってアメリカなんだよ……。法的に言えばアメリカも俺のことを採用している筈なのに、130年も無視しやがって……」
そう、俺は世界をリードする大国ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカで慣例的に通用している単位なのだ。
そんな俺を追放してしまったらどうなるのか、もう一度よく考えて欲しい。
何ならカナダやメキシコでも俺は使われているし、北中米カリブ海では覇権単位と言っても過言ではないだろう。
いや、俺は別にいいんだよ?
完全に善意で言ってるんだからね?
「大体ですね、我々パーティが主に活動している日本だって、テレビやモニタの基本単位はインチじゃないですか。17型とか24型とか言うでしょう? あの数字、実は俺なんですよ」
「一部の例外だけあげつらうな。そう言うところもほんとムカつく」
「競馬で使われているハロンとか飛行機の飛行高度はフィートで表されますよね、他にも香水の単位はオンスとか。ゴルフコースの広さなんてまさに俺の名前そのままじゃないですか。生意気なこと言いますけど、俺無しでやっていけます?」
「お前がいなくても充分やっていけるだろうよ。メートルとグラムで何も問題ない、誰も混乱しない」
いやいや、そんな意地を張らずに素直に認めましょうよ。
俺が必要なんだって。
「まあまあメートルさん。ヤードだって突然の事で混乱してるんですって。追放は仕方ないですが、もう少し落ち着きましょうよ」
横から俺の盟友だと思っていた華氏が割って入り、おどけたような口調でメートルさんをたしなめた。
華氏よ、何があってもお前だけは味方だと思っていたが、ひょっとしてお前も俺を追放したい側なのか?
「いや華氏よ。正直言ってお前も追放候補だからね? 何ならヤードよりも立場が弱いからね??」
「ええ!? 俺もっすか!? 映画のタイトルにもなったのに!?」
メートルさんの言葉に心底驚いたと言ったような顔をして、華氏が飛び上がった。
「つーかさ華氏、『今日すっげー寒いなー』と思ってお前に気温聞くと、37度とか返ってくるじゃん? こっちとしては37度って言われたらファッキンホットと言う認識なのよ、分かる? 大体お前、成り立ちからして意味不明じゃん。なんなのファーレンハイトの住んでたところの一番寒い気温が0度、ファーレンハイトの体温が100度って。ファーレンハイトの主観じゃねえか完全に。だったら水の融点と沸点基準にしたセルシウス度の方がよっぽどよくない?」
「それを言ったらセルシウス度の基準だって地球と言う限定された範囲だけの話になっちゃいますよ。時代は宇宙です、もっと大きな視点で見ましょう」
「うるせえ! だったらケルビンをパーティに採用するし、より一層お前は用済みだわ!!」
華氏の反論に対してメートルさんは声を荒げて答えた。
しかし、なんと言う頑なさであろうか。
宇宙規模に比べたら、華氏も摂氏も地球と言う小さな星での主観的な目盛に過ぎない話である。
だったら華氏でも摂氏でもどちらでもいいではないか。
まあ、確かに華氏と摂氏に比べればケルビン氏はより宇宙的な視点に立っていないわけでもない。
しかしケルビン氏を採用している国はどこにもないし、一般への知名度はさもありなんである。
故にケルビン氏はパーティの主力とはなりえないだろう。
そんな事より、後ろで事の成り行きを見守っているセルシウスちゃんが凄い顔してるぞ。
フォロー入れてあげた方がいいんじゃないか。
「お言葉ですけどメートルさん。『0.4平方キロメートルの森』よりも『100エーカーの森』の方がかっこよくないですか? 平方キロメートルって言葉にすると長い上になんかダサいですし、エーカーの方がいいですよ」
メートルさんのあまりの頭の固さにだんだん腹が立ってきたので、俺は思わずメートルさんを否定するような事を言ってしまう。
「いや『100エーカーの森』はかっこいいかどうかで言ったらどちらかと言うと可愛い寄りだし、牛2頭が1日に耕せる広さで面積計りたくない。同じ1エーカーでも牛のやる気とか勾配とかで広さ変わってくるじゃんそんなの」
「ちなみに100エーカーは大体1220坪です。東京ドーム約8.5個分ですね」
「うん、坪も東京ドームもついでに追放しようそうしよう」
まあ東京ドームについてはメートルさんに同意する。
正直「東京ドーム何個分です」と言われてピンとくる奴はほとんどいないのではないか。
そもそもジョーク単位だし。
「はぁ……まあいいさヤード。お前が出て行く気が無いのなら、俺にだって考えがある」
「なんですか、考えって」
「いずれ分かる」
メートルさんがそう言った直後である。
俺達が議論していた部屋の扉が開き、若い眼鏡の男が入ってきた。
「メートルさん、国際度量衡総会から通達を持って来ました」
眼鏡の男の名はキログラム。
メートルさんの腰巾着だ。
キログラムはその手に紙片を持っており、それをメートルさんに手渡した。
「おおキログラム、戻ったか。……悪いなヤード、実は俺達のパトロンである国際度量衡総会さんに、お前の追放のお伺いを立てていたんだ。パトロンから直々に追放せよと言われちゃあ、お前らも出て行かざるを得ないよなぁ!」
「な、なんですって。国際度量衡総会さんですって……!?」
国際度量衡総会は世界で通用する単位を維持するために、加盟国参加によって開催される総会議であり、俺達パーティの後援者だ。
しかし、こう言ってはなんだが、俺と国際度量衡総会の仲はあまり宜しくはない。
どうやら国際度量衡総会はメートルさんやキログラム贔屓なので、俺の事をあまり認めたくないらしい。
く……俺はまだこのパーティに居たいのだが、これは万事休すか……!
「それが……その……その通達を見てください。国際度量衡総会さんとしても、『アメリカ連邦政府がその気ではないため、まだヤード・ポンドさんを追放しないで欲しい』だそうです」
「は? えぇ??」
気の抜けたような声と共にメートルさんがキログラムの持ってきた紙片を見つめている。
そして嘆息の声を上げると共に「お手上げだ」と言ったジェスチャーをしてみせた。
「えぇー……。はぁ……まだお前といなきゃならないのかよ……」
「はは、パトロンからの通達とあっては仕方ないですね。メートルさん、これからも宜しくお願いしますね」
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……そんなわけで、俺はまだまだこのパーティでやっていけそうである。
多少衝突することはあったが、命を懸けている俺達にとっては必要なぶつかり合いであり、メートルさんもそのことはよく分かっているはずだ。
これからも俺とメートルさんの二人で、単位戦線のツートップを飾っていくだろう。
何にせよ、これからも俺ことヤード・ポンドを宜しくな!
補足:
アメリカ合衆国は実はメートル法採用国。
しかし、ヤード・ポンドを禁止していない上に連邦政府がメートル使用に消極的であるため、未だにヤード・ポンド法が慣例的に使われている。
ちなみに今回は出番のなかった畳さんであるが、今まで大きさとしてはバラバラであり計算によっては最大0.38㎡の差異があったところを2012年に(ようやく)「1畳1.62㎡以上にせよ」と言うルールに明確にされた。
やったね畳さん。