告白
「先生どうしたんですか? いつもの先生らしくないミスが多いですよ。ほらここの患者のデータ見てますか? このデータの結果で薬の変更も考えるって先生が言ったんですよ。このデータなら薬の変更しますよね?」
ここ病棟ナースにも言われてしまった。
「本当にどうしたんですか?」
怒っているのかな?
「何でもないよ。ただの二日酔いだよ」
と、笑顔を作る気力もなく作り笑顔も引きつる。
「それなら、点滴で二リットル程入れて身体に残ったアルコール出しますか?」
何処かで聞いた声がする。その声の主の方に振り返る。有紀だ。
「あはは、君かあ。点滴など必要ないよ」
「今日は帰った方がいいですね」
「それ外来のナースにも言われた」
と言って項垂れる。
「解りました。後は私がフォローしておきますから、マルクス先生は早退届を出して帰宅して下さい」
そうキッパリ言われると、流石に堪えるよ。色々と。
「‥‥‥では、お願いします」
そう有紀に言って俺は帰る事にした。何だかこのまま居ても迷惑かけそうだ。
トボトボと帰って行く後ろ姿に、
「二日酔いでもマルクス先生はカッコイイと思いません? あの後ろ姿に哀愁すら感じませんか?」
と病棟ナースが言う。ステーションにいたスタッフ全員が皆頷いていた。
結局帰宅する事になってしまい、時間を持て余していた。そうだ! リックに相談するか、電話をかける。
「おっどうした?」
「リック。ちゃんとジャックに言ってくれたんだよな、また、粗相をした者がいてこっちでは問題になっている」
「可笑しいなあ、言ってあるんだが後で確認しておくよ。それよりどうだ、日本いいだろう! オタクの聖地だぞ!」
「リック。それより俺、やばいわ。どうしよう」
「なんだお前らしくない。誰か気になる女でも出来たか? なあ」
「! おい! リック何故解る」
「どれだけ一緒にいると思っているんだ、声を聞けば解るさ。お前はそういう事に関して今まで全て背を向けて来た。向き合ってみろよ。いい機会じゃないか。その人間がお前の正体を知って恐れるなら記憶を消せばいい。お前には出来るだろう。それに眷属にするって事も純血種のお前に出来るんだ。見送るのが嫌ならそうすればいい」
向き合う‥‥‥か。
「そうだな。頑張ってみるかな、自信はないが‥‥‥もしフラれたら慰めてくれよ」
「ちょっとは自信持てよ。お前は良い奴だ。これまでだって幾らでもチャンスはあったのに、お前自身がそれを受け入れなかったからここまで来たんだ。応援してるぜ。ウルフマンの事もこちらでも聞いておいてやる」
電話を切って考える。リックお前は昔から人間を愛していたからな。見送る時も笑顔で、相手も満足そうに笑っていたっけ。そんなお前を俺はいつも羨ましく思っていたんだぞ。それを俺が出来るか? 信長の時でさえこんなに時間がかかったんだ。正直自信はない。
‥‥‥血が欲しい。そういえば仕事が忙しくて飲んでなかったな。また夜になったら外に出て探すか。廃棄用の輸血パックも切れていたから何とか確保しないといけないなあ。うーん! やっぱり血が欲しい。外へ行って探すか。そこでインターホンが鳴った。
そこに写っているのは有紀だ! ダメだ。今は血に飢えている。こんな時に逢ったら俺は自分を押さえる自信がない。居留守を使わせてもらおう、悪いな。と次にスマホが鳴った。つい出てしまった‥‥‥
「マルク。大丈夫?」
やっぱり有紀だ。
「ああ、大丈夫だよ。たかが二日酔いだ。アルコールが抜けたら問題ないよ。心配させて悪い」
そう言って電話を切ろうとすると有紀の大きな声がスマホから聞こえる。
「マルク! ここを開けなさい!」
はあ‥‥‥仕方ない、早々に帰って頂こう。
「解ったから、そんなに大きな声を出さないでくれ頭に響く」
ロックを解除してドアを開ける。程なくして玄関のインターホンが鳴る。玄関のドアを開けると有紀の心配そうな顔が俺の目に映る。
「マルク入るわよ」
と入って来た。
「そこに横になって」
ソファーを指で指す。? 何かごそごそとバックから取り出す。
「うちのクリニックから持ってきたわ」
とそこには点滴が‥‥‥
「あのー有紀、これは、何かな?」
「見ての通りソルラクトよ」
「それは解るんだが、何故ここにあるのかな?」
「貴方に使う為に持って来たわ。早く横になってルート確保しておくからトイレは大丈夫よ」
と言ってテキパキと準備して行く。諦めてソファーに寝る。
「うん! 相変わらず立派な血管だわ」
結局点滴をされてしまった。点滴中、有紀がキッチンで何かやっている。
部屋も片付けられてキレイになった。俺は何度かトイレに行く羽目になった。
「もう大丈夫ね。顔色も良くなった」
「何だか訪問診療されている患者になっている気分だよ」
「訪問診療です。医療費は頂きませんから安心して下さい」
ふふっとあの眩しい笑顔を向ける。いかん理性が吹き飛びそうだ。
「ありがとう。後は何とかできそうだ」
「キッチンにお粥を用意して置いたから食べてね」
と玄関に向かう有紀の後ろ姿を見ていたら不思議な気分になる。俺は有紀を玄関で見送るはずだった。が、俺は後ろから有紀を抱きしめていた。
「マルク‥‥‥」
そう俺の名前を言う唇を自分の唇と重ねた。キスなんて初めてではないのに自分の心臓がうるさい。有紀は驚いたように俺を見つめる。
「有紀。君の事が好きだ」
そう言ってもう一度抱きしめた。俺の飢えが喉の渇きが有紀の匂いに反応してその首筋に口づけを落とす。そこでドンと有紀が俺の身体を押し身体が離れる。ハッと我に返った。危ない思わず噛んでしまう所だった。
「今日は帰るわ。お大事に」
玄関のドアが閉まる。