日本での思い出、それは。
俺達はビルの中に入って、エレベーターでお酒が呑めるお洒落なバーに入る。
ここでも店員が席まで案内をしてくれる。飲み物は店員を呼ばなくてもタッチパネルの注文パットが用意されていた。
「有紀の好きな物を選んでよ」
と先に渡す。それを見て、
「へえ。結構種類が揃っているのね。それじゃあ私はこのカクテルを、スクリュードライバーでマルクは?」
「俺はそうだね。このモスコミュールにしよう」
其々にパネルで注文をする。すると、
「聞いてもいいかしら?」
正面にいる有紀が俺を見つめて言う。
「何でもどうぞ」
「貴方は何故日本に来たの? ありきたりな質問だけど、気になって」
「友人に勧められたんだ。もう一度行くべきだ。とね」
「前に日本にいた事があるって言っていたものね。その時に何かあって貴方はトラウマになってしまったのかしら?」
注文したカクテルがテーブルに用意された。
互いに持ってキンとグラスを軽く当てる。
「その通りだよ。その時の友人(織田信長)の事が本当に好きだったんだ。彼の考える事は一見奇抜だが理に適っていた。彼の話す夢物語は必ず実現するものだと思っていたよ。(天下統一)実際は違う人物が叶えてしまったのだが(徳川家康)彼は部下に裏切られて‥‥‥それが原因でこの世を去った。(本能寺変又は本能寺の戦い)俺はその後自国に戻ったよ」
俺は当時の信長を思い出す。
「そうだったの‥‥‥友人が。その人の事が本当に好きだったのね」
「ああ、そうだ。彼のいない日本は俺にとって悲しい記憶を残す国になってしまったんだ。でも‥‥‥あれから随分時が経ったから、友人が日本に行くべきだと言ったんだ。日本の漫画やアニメが好きだって事もあるんだがね」
俺は有紀にウインクをして話す。
「そうなのね。それじゃあ、あの時は秋葉原の方が良かったのかしら?」
「あの後、そこはもう何度も行っているよ! いいねえ! メイド喫茶なんて漫画やアニメでしか見た事がなかったから! 最高に楽しかったよ」
思い出す! ああ! 楽しかった! また行こう!
「マルクってオタクだったのね。でもメイドさん達の方が嬉しかったかもね」
「あっ! オタクって言ったな! それを言うか。それで君は沢山の敵を作ったぞ! まっ俺はそう言われて嬉しい方だがな」
ぷっと有紀は噴き出して笑う。それから封印していたオタク話に花が咲く。意外と有紀も詳しいんだ。同人誌? ってやつを買いに行くのだと言っていた。その本を貸して欲しいといったら顔を真っ赤にして断られた。気になるが‥‥‥まあ。今度また聞いてみるか。そこで、有紀が思い出したように言う。
「マルク。あの事件の事は覚えている?」
「日本のポリスと一緒に行った時の事かい?」
「そう! また同じような遺体があって私、また呼ばれたのよ。その遺体もあの時と同じだったわ」
リックの奴、ちゃんとジャックに言ってくれたのか? これでは我々の正体が明るみに出てしまう。そのうち目撃者だって現れてくる。あんな現場を見たらそれこそトラウマになる。それに、防犯カメラがあちこちにあるんだ。もし写っていたら‥‥‥
「どうしたの? 何か気になる事でもあるの?」
有紀に心配させてしまった。エスコート役なのにダメだな俺。
「いや、何でも無いよ。遺体の第一発見者が気の毒だなと思っただけだよ」
「そうね。私も沢山検死に立ち会ったりしたけど、あんな遺体は見た事はないわ」