講義
俺はとっさに有紀の身体を離した。そして見つめ合う。
「有紀。それ以上考えたらいけない」
「何故? 私は貴方と一緒に居たい。だから!」
「ダメだ」
「まだ何も言っていないわよ」
「君の顔を見ればその後の言葉はわかるよ」
俺の顔は笑っていたかも知れない。離した有紀の身体を引き寄せ抱きしめる。そして耳元で言う。
「俺は人間の命の尊厳の自由を奪いたくない」
有紀は自分が言おうとしている言葉を飲み込む。‥‥‥『貴方の眷属にして』
有紀が泣いているのが分かる。有紀からそんな言葉を聞きたくない。命の大切さを知っているから‥‥‥なおの事、有紀からそんな言葉を聞きたくないんだ。人間は死をいつか迎える。だから美しいと思う。リックの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
その夜は俺はソファーで寝た。
朝、目を覚まして朝食の用意をしてから俺はそっと家を出た。有紀を起こしてはいけないという思いと、彼女の想いを願いを何となく気づいてしまったからだ。
今回俺が講師をする大学は名古屋の大学病院だ。医学部を持つその病院も大きい。今回の講義内容は他で好評だったので是非うちでもと依頼を受けた。
大きな講堂で俺は国境なき医師団での活動報告と平和への願いを込めて壇上に立って話す。
大きなスクリーンに紛争地域での医療に携わるドクターや治療の様子が写し出される。
「紛争地域での救護活動は我々にとっても命がけだ。普段使っている物品全て不足している。その中で工夫しながら治療をしている。難民と言われる人も我々の所にくるのに歩いて何日もかけて裸足で来るんだよ。医師というライセンスは魔法ではない。取りこぼされていく命もある。本来助かったであろう人々を見送らねばならない場面も多い。夢や誇りを持ってやって来るドクターは多い。だが現状は違うそのギャップに帰国するドクターがいるのも事実だ。誰が彼等を責められようか。平和な日本では考えられない事が世界中で起きている。
支援をして欲しい!
頑張っているドクターに物資を! 不足している医療器具を現場に! 少しでもいい。助けてはもらえないだろうか。小さな事だって現場ではとても有難い。募金や寄付をお願いしているのではない。現場では全ての物が足りていない。輸液ルート、針、シリンジ、薬品。期限が切れそうな物があれば提供して欲しい。声を掛けて欲しい。知り合いのドクターや近くのクリニックに! 私が責任を持ってそれらを届けよう!」
講義は終わった。2時間もあっという間だ。今回の講義も有意義だったと主催者に言われる。
「先ほど言っていた物資はどの様にして届けるのですか?」
「もちろん軍用ヘリで、ですよ。弾丸が飛び交う地域に行ける方法はそれしかないです」
「‥‥‥という事はそれらを使用できる立場に知り合いがいらっしゃるという事ですか?」
「そうです。こう見えて色々な所に伝手はあるのですよ」
俺は笑顔で答える。相手は俺の立場がそれなりにヤバい奴だと理解したようだ。
相手は引きつった顔で
「君に最大限の協力をさせて頂こう」
「講義を聞いた者から物資が山の様に届きそうだ」
「それは有難い!」
俺は笑顔でそう答えた。




