マリー・ウェンベリン
そうだったな。ここで布教活動してもそれ程広がらなかったからなあ。この国は面白い。神が一人で絶対神という思考はこの日本では浸透しないだろうな。この国には八百万の神と言って色々な物に神は宿ると信じている者の方が圧倒的に多い。
しかし、教会関係者は存在する。そう。俺達を敵視している奴等だ。人間からすれば俺達は化け物だろう。だが、人間を襲う事は基本的にない。昔は人間達と共存していた時期だってある。
ヴァンパイアだと認めて、それでも一緒に居てくれた。いつからだろう、こうやって互いに溝が出来てしまったのは‥‥‥。
ニックはその時から人間を愛し、見送って来た。『蕾の花が美しく咲き、その一番美しい時を共に生き、花びらを散らす様に儚く逝ってしまうその姿までもが愛しいのだ』と言っていた。
和也の後を付いて行くと、別のマンションの前に着いた。
大きなマンションだ。タワマンっていうのだっけ。何階あるんだ? 驚いて見上げる。
「ここに仲間は沢山暮らしておりますよ」
「ほう。ここに居るのは眷属か?」
「そうです」
「貴方様の家系の眷属は、今は私を含め世界に10人程しかいないかと‥‥‥。ウェンベリンの家系は眷属を余り持たれないので少ないのですよ」
そう言って俺を見る。
「貴方も眷属を従える気はないのですよね」
「眷属とてヴァンパイアには変わらないがやはり不死ではない。別れは悲しいんだ。俺の家系は愛する者を眷属とする事が多い。和也お前も俺の家系の誰かが愛したんだろう‥‥‥」
「はい。私はこの日本でウェンベリンの血族のヴァンパイアに眷属とさせて頂き愛されておりました。それは幸せな日々でございました。でも彼女はご自分の国に帰って行かれてしまったのです。日本が鎖国をしたのが原因です」
和也は悲しそうに言う。
「うちの家系は愛情深い。眷属はいつも傍に置いていたぞ?」
「ここで立ち話ではなく、中でお話させて頂いても宜しいですか」
「和也。そんなに畏まらなくてもいいぞ。せめてマルクスと呼んでくれ」
「わかりました。でもせめてマルクス様と呼ばせて下さい」
「かまわないよ。それでいい」
和也はマンションに入る。その後に付いて一緒に入る。和也が話す。
「私が眷属になったのは江戸時代に入って直ぐでした。異国の彼女は私達にとても良くして下さったのです」
エレベーターの中で言う。
「私は自分から望んで眷属になりました。彼女と離れたくなかったから‥‥‥」
「そのヴァンパイアの名前を教えてくれ」
「‥‥‥マリー・ウェンベリンです」
「そうか‥‥‥お前は俺の母親の眷属だったのか‥‥‥マリーは俺の母親だ。数少ない始祖の家系のな」
和也は驚きの余り声が出ない
「‥‥‥それで、マリー様は‥‥‥」
「その事についても話そう。後から和也お前に渡したい物がある」
話していたらある部屋の扉の前に来た。ドアのインターフォンを鳴らす。
「どうぞ。マルクス様。中で貴方を仲間が待っております」
小さく礼をされ、部屋の中に通された。
「おお! 始祖様が来られた!」
と、その場にいた全員が膝まづく。
「そんなに畏まらなくていい。楽にしてくれ」
「それで? ハンターの情報は何処まで掴んだ」
「日本にはまだ、入国していない様です。教会の奴等は準備をしております。銀製品をやたら集めていますよ」
「どうせ。銀製の杭を作る為か拳銃の玉でも作っているんだろうさ」
「野蛮な事を考える者達だからなあ。だが、火あぶりは勘弁してほしいよな。暑いんだよ。それに、灰の中からそっと出るのって大変なんだ。仲間がいるからどうにかなったが‥‥‥裸になるからなあ」
仲間の1人が言う。それにつられるように何人かが笑う。そうか、この中にあの魔女狩りに遭った者もいるんだな。




