カンナダ語カード
「それ! 分かるよ! 俺も衝撃的だったからなあ!」
と、しばらく話してふと我に返る。外来ナースの冷たい視線‥‥‥。困った顔のドクター。しまった! 外来がストップしていた。これでは、診療時間が予定を押してしまう! 俺は深々と頭を下げて。
「すみません! 仕事そっちのけで話し込んでしまって!」
「それで? 彼は何と?」
CKDの担当のドクターが聞く。
「彼は臓器移植の予定がもう既に決まっているようです。なので母国に帰るまで間、日本での治療を受けると言っていますよ」
「それは良かった。では、入院の指示と今後の予定を後でカンファレンスで決めよう。その時マルクス先生も同席して下さい」
「解りました」
と返事をすると、ふっとドクターは笑う。
「きっと彼も母国語で話せて嬉しかったのでしょう。入院先の病棟でも顔を見せてあげて下さい」
「それはもちろんです! 入院したらしっかりフォローしますよ! 任せて下さい」
彼に入院について話し、後から会話が出来るようにカードを作って渡す事を約束した。
戻ってくると。うちのナース達は外来に来た患者を上手く適切な診療科に送ってくれていた。
「どうでしたか? 先生」
「無事に終わったよ。済まないな、今回も君達に頼ってしまって。うちのナースやスタッフは優秀だから心配してなかったよ」
「もう慣れてますよ」
笑顔の外来スタッフ達。この人達に俺は支えられてもらっているんだよなあ。俺はさっそくカードを作り始める。
「先生? 何を作っているのですか? いつもの会話カードですか? それにしても見た事のない文字ですね」
「そうだよ。さっき入院した患者に渡すんだ。入院中コミュニケーションが取れないと困るだろう?」
外来スタッフは興味深々で覗きに来る。
「これはだな、カンナダ語だ。南インドのカルナータカ州の公用語で、カンナダ文字という独特の文字が使われるんだよ。例えば、これは『ಕನ್ನಡ』「カンナダ」って読むんだ」
「わー! 全然解らない!」
外来で悲鳴が上がる。
「日本の文字だってABCを使う国からしたら同じだよ。中国語だって難しい。でも日本語はひらがな、カタカナなどあって学ぶ方にとっては難しいんだよ。それに一人称が沢山ある。私、僕、俺、わし、これも他の国からしたら不思議なんだよ」
皆が納得した所で診療時間が終わる。その後、あの患者にカードを渡す為病棟へ行く。不安そうな顔をしていた彼は俺を見つけると笑顔に変わる。そこで、さっき作ったカードを渡す。
「これは?」
と手に取ってパラパラとカードをめくっていく。
「これで、入院中の会話で必要な言葉はこれで何とかなるよ。それでも困った時は、俺を呼んでくれて構わないから」
「ありがとうございます」
渡したカードを大事そうに抱え、目には涙を浮かべて喜んでくれた。その後、彼は無事退院し自国へと帰って行った。




