日本の眷属
危なかった。あそこで有紀が俺を押しのけて離していなかったら、俺は有紀から吸血していた。何をしているんだ俺は‥‥‥。だが勢いでとは言え自分の気持ちは伝えた。
さあ、しっかりと血を飲まないとこのままでは、吸血衝動で見境なく人間を襲ってしまう。キッチンに目を向けると温め直して下さいとテーブルにメモが置かれていた。有紀‥‥‥俺がヴァンパイアだと知ったら俺を恐れるだろうか? いずれ話さないと行けない日が来る。リックお前は凄いよ。こんな気持ちで人間を愛し見送るなんて、今の俺には考えられない。これからの事を考えながら外へ出た。
はあ‥‥‥血が欲しい。ネオンが眩しい場所に行くと簡単に飲めると教えてもらったので、フラフラと歩くと声を掛けられる。
「お兄さん、うちの店に来ない? 可愛い日本人沢山いるわよ」
こう言うのには気を付けろと言われているので無視をする。するとまた声を掛けられる。
「お店を探しているのかな? この辺はぼったくりが多いから気をつけな」
そう言った後、俺の耳元で言う。
「その分だとかなりの血が必要だな? よく吸血衝動を押さえている。流石だ。こっちに来い」
と小さな声で俺に言う。この男も同類だな。正直助かる、今にも襲いそうだ。
その男の後を付いて行くとマンションの一室に入って行く。入ると同時に血の匂いが漂っている。ここは?
「ここは俺の餌場だ。好きに飲んでくれ、殺すなよ。折角集めた餌なんだ」
そこには数人の女達がいてこちらを見る。と、俺にすり寄ってくる。
「ねえ、噛んでいいのよ。ほら」
と髪をかき分けて首を見せる。俺はその女から吸血した。
「ああ、気持ち良い!」
そう言って女は甘い声で満足そうに笑う。
すると他の女性も寄って来る。同じ様に自ら首をさらして俺に見せつける。
俺は我を忘れてその血を吸った。何人かの血を吸った後俺は、
「はーあ‥‥‥」
と大きく息を吐く。
俺の目は今、赤く充血しているだろう。その姿にこの部屋に案内した男は跪 づいて言う。
「始祖様。満足して頂けましたか? 私も貴方様の家系の眷属です。お会い出来て光栄です」
「正直助かった。この女達は?」
「ヴァンパイアに血を吸われる快感を覚えてしまった者達です。なので遠慮なさらずに、彼女達の希望を叶えてやって下さい」
「そうか。ここに同族がいるとは思わなかったよ」
「現代において移動手段は多くございます。何も不思議ではありません。それに私の他にもヴァンパイアは日本にもおりますよ」
「そうだよな」
リックもこの国に居たし俺も居る。不思議ではないか。
「始祖様。お願いがあるのですが」
「いいぞ。聞こう」
「では、私にも貴方様の牙でこの身体を噛んで下さいませ」
「解った。手を出せ」
出された男の手首に牙を沈めて血をすする。
「ああ! この感じ! どれくらいぶりだろう。幸せです」
男は身体を振るわせて言う。俺の吸血した牙の痕を手で摩りながら、
「困った時はいつでもいらして下さい。お待ちしてます」
俺はその部屋を出て帰る。
理性を失って吸血するなど久しぶりだ。だがこの感じはやっぱり興奮する。
これで枯渇した飢えによる吸血衝動は収まったが‥‥‥有紀‥‥‥どう答えてくれるのか?
今日も仕事で診察や通訳で忙しくしていた。あれから有紀からの連絡はない、病院の院内で逢う事も何故かない? 俺は嫌われてしまったのか? いきなりのキスが問題なのか? そこでナースに言われる。
「先生。今日はやけに難しい顔をされてますが、どうしたんです?」
「俺ってそんなに分かりやすい顔をしているのかな?」
「あら! 自覚ないんですね。先生って困ったり考え事をする時って、顎に手を当てて良く摩ってますよ」
とにっこり笑って言われてしまった。流石に良く観察している。うちのナースは優秀だよ。
「ちょっとね。個人的な事だから仕事とは関係ない。ミスしない様に気をつけるよ」
「ふーん。そうですか」