1話 平凡な勇者
.....断言しよう、私ことセグ=ダマグニアは平凡である。農場を営む平凡な夫婦の間に産まれ、畑仕事を手伝ったり、近くの悪ガキ共と遊んで過ごしていた、ただのどこにでもいる平凡な子だ。
悲しきかな、自分が凡人であり天才ではない。才能という壁を理解したのは12歳の時だった。あれは良く晴れた日のこと、友達と山へ水浴びに出かけた時だ。
夏の一定の時期は、その山は立ち入り禁止区域に設定されていたのを、勿論理解はしていた。だが、理解と納得は程遠いものだった。
簡単に言えば度胸試しだ。大人達も行ってはいけないと口を酸っぱくして言うこの森に入る。
今思えば死んでいてもおかしくは無い行為だ。
いや、実際死んでいただろう。彼女が現れなくては...
かるーい気持ちだった。森の奥へ足を進めていくと、綺麗な湖があったんだ。勿論皆入ったさ。
サブーン!
勢い良く飛び込んだのは1番の年長者であった短髪黒髪の身長167cm、セア=ガクレイ。
ザブーン!
2番目に飛び込んだのはこの俺、超高身長金髪イケメン少年(約.身長147cm顔普通)であるセグ。
ザッブーン!
そして最後に飛び込んだのが紅一点である、青髪美少女ミナ=バードウェイ。
ザッッッッッッッッブーーーーン!!!
そして4番目に飛び込んだのが.....ん?4番目?
この時、俺たちは言葉を失った。目の前にいるド迫力な水柱から現れた魔獣を見てしまったからだ。狼のような見た目だが、体躯がその比じゃない。立ち上がれば7mはありそうだ。
第四類指定危険魔獣 ハイ=ウルフ
見つかれば最後、雄ならその場でペロリ、雌なら子供にお持ち帰りだろう。
グルルルルルル.....
おっとこのオオカミさん腹ぺこなご様子。グルルルと唸っている。ヨダレをドバドバ垂らしながらのおまけ付きで。
動けば死ぬ、皆が直感で感じ取った。
しかし人間というのは、時に恐怖に打ち勝てるらしい。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
セアが雄叫びを上げると同時に、宙へ舞った。
初級風魔法、風脚。風魔法に適性がなくても扱える者が多い初歩の初歩だ。
2mぐらいの高さで滞空するセアは、真っ直ぐにハイ=ウルフを睨みつけた。
それが例え、死に等しい行為だとしても。
そして吠える。
「かかって来やがれ!このクソ犬畜生がぁぁぁ!」
轟ッッッッッッッッ!
っと、とてつもない衝撃波と同時に、1人の少年は後方へ吹き飛ばされた。
「あ.......?」
ダメだ理解が追いつかない。セグは3人の中で誰よりも強かった。喧嘩も勝ったことないし魔法だって俺より上手かった。そのセグが、一瞬で吹き飛ばされた。
思考が、止まる.....
しかし、魔獣は猶予を与えてくれない。
次に顔を向けられたのは、青髪の少女だった。
「ーだ、やだ.....」
少女付近の水が黄色に染まっていく.....
「ダメだ...ーげろ.....逃げろミナぁぁぁぁぁぁ!」
無慈悲な一撃が、ミナをおそう.......
少女付近の湖は、真っ赤に染まっていた。
ザッブーンと、ハイ=ウルフの首が落ちた。
「.......え?」
言葉を失った。何が起きたのか、先程から理解が追いつかないことばかりだ。ただ分かるのは、魔獣の首は切り落とされ、湖に沈んでいった。
「大丈夫.....?」
気がつけば、目の前に銀髪の長い髪を揺らす少女が立っていた。今思えば、これが始まりだったのかもしれない。この少女、シュナ=バーテックスの出会いが。
「そっちの買い出しは終わった?」
「あぁ、一応必要な物は.....」
ここは多くの行商人が行き交う、王都から西方50kmに位置する街。通称、「商人の登竜街」。
世界に名が轟く商人は、皆ここで下積みをしていたのが由来らしい。
「治癒のポーションに解毒のポーション。あとは乾パンに、予備の砥石。うん、バッチリね」
「なら飯にするか、そろそろいい時間だろ」
湖での出来事から約8年後、俺はシュナとパーティを組み、冒険をしていた。
「そうね、ガイアス達と合流しようか」
「あぁ、そうしよ」
俺たちは2人で旗揚げをした後、亜人族であるガイアス=ミネーブ、獣人族であるハゴラ=ガルティウスを仲間に引き入れ、今は計4名でパーティを組んでいる。
「そういや、ミナちゃんからの連絡はあった?」
「いや、音沙汰なしだ」
「そっかぁ。学園を飛び出して以来だから、随分と連 絡取れてないんじゃないの?」
4年前、同じ学園に通っていたミナ=バードウェイは、『やりたいことができた!』と言い学園を飛び出して行った。その後はどこで何をやっているのか親も知らない状況だ。今している旅の理由なも、ミナを探すという目的が入っている。
「まぁセアが探してくれてるから大丈夫だろ」
4年前にハイ=ウルフに吹き飛ばされた少年、セア=ガクレイ。あの出来事のあと1ヶ月ほど眠っていたセアだったが、本人曰く秘められた力とか何かに目覚めたらしく、今や世界に名を知らぬ者がいない程の冒険者になったいる。
「そうだね。私も驚きだよ、最初会った時はエア=ウルフに殺されかけてたのに今や冒険者のトップだもんね」
「性格とか見た目はなーんにも変わってないのに、不思議だよな」
「それほど努力したってことだと思うよ?」
「その割には赤点ギリギリだは停学くらうは、不良生徒だったみたいだけど?」
「人は見かけによらない、セグだって身に染みてるでしょ?」
「あぁ、そりゃ一生忘れられない程に」
そうこうしていると、俺たちの視界に1つの店が目に入った。宿屋兼、食事処の『雪の華』。俺たちはここ数週間ここを拠点に活動してる。
ガチャ
「おう!やっと帰ってきたか!」
周りの客の視線を気にせずに、大きな声を掛けた獣人族の男。逆立ったピンクの髪に、笑った時にちらりと見える犬歯がチャームポイントの、大柄な身体をしたハゴラ=ガルディウス。仲間に加わったのは2年前で、俺たちが旗揚げした2ヶ月後、ダンジョン探索の仲間を募集した時だった。
「おいテメェ!声デケェんだよ!前にも言ったろそのご立派な耳は飾りかァ!」
そんなハゴラに罵声を飛ばす亜人族。肩まで伸びた青髪に、褐色の肌、それに加えての赤い目が、異質感をただ寄らせている女。
ガイアス=ミネーブ。仲間になったのは1年前、ガイアスの住んでいた村が魔獣に襲われた時だった。
「そっちは随分早かったみたいだな。何杯飲んでんだよ」
2人が座っていたテーブルには、既に4つのジョッキが置かれていた。店員が回収した分を含めれば、既に6杯以上は飲んでいそうだが。
「私はこの1杯だけだ。あとの分は全部コイツだよ」
「おう!1回飲んだら止まらなくてな!」
はぁ...と、一同はため息を吐く。
これが勇者とその一行のパーティだと言っても、誰も信じないだろう。
まぁ勇者と言っても、何か特別な能力があったり、恩恵を受けれたりはなく、他の冒険者たちとそう変わりはないのだが。
俺が勇者として啓示を受けたのは14歳。シュナ=バーテックスと出会った2年後の事だった。
14になり成人した者は皆教会に行き、神からの啓示を受ける。その者の行く末を決める重大なイベントだ。王都で兵士になる者、冒険者として旅に出る者、己の研究に没頭する者。全て教会で神からの啓示を受けている。
俺はそこで、勇者としての啓示を受けた。
最初は夢か冗談かと思った。だが、それは夢でも現実でもなかった。
【勇者に選びれた者は、右手に茨の文様が現れる】
古くから伝わる話の一つだ。
俺はこれを、自分の目で確認することになった。
右手に現れた文様に、1番驚愕したのは教会の神父だ。
「は、早くこちらへ!」
俺が案内されたのは、一般人は入れない教会の最深部。そこで話を聞かされ、3つの約束をさせられた。
1.勇者であることを周りには隠すこと
2.学園に入り、パートナーを見つけること
3.卒業後、パートナーと共に旅に出ること
1の理由は、周囲に知れれば混乱をもたらすため。
2.3の理由は、神からの啓司だそうだ。
「まさか本当に勇者が現れるとは.....。コレばかりは信じたくありませんでしたよ」
そう言った神父に後から聞かされたが、勇者が現れるということは、魔王が現れるということらしい。
これが、契約1の理由にもなっている。
そうして4年後、学園を卒業した俺は、パートナーになってくれたシュナと共に旗揚げをして、今に至る。
「ん?どうした。お前らも飲め飲め!せっかくの酒だ!」
「そうだな。今日はもうやる事ないし、飲むか」
「そうだね。発つのは明日の昼だし、今日は飲もっか」
この中に、俺が勇者だという事を知る者はいない。
右手には装備品としてグローブを付け、文様を隠している。
「なんだよー、だったら最初から飲んどきゃ良かったぜ」
そう言うとガイアスは、残っていた酒を全て飲み込んでこう言った。
「店員、酒追加ァ!」