初めての……
「えっ」
「どうしたんだシラハ?」
隣にいたデュークさんが私の声を聞いて、何事かと尋ねてくる。
別に隠す事ではないので私もそのまま話す事にした。
「血の匂いの中に魔物の匂いがします。もしかすると建物の中に魔物がいるかもしれません」
「魔物が襲ってきたって事か?」
「さぁ……? 匂いだけじゃ分かりません」
「それもそうか」
あの二人なら魔物が襲ってきても問題なさそうだけど、念のため確認はしておいた方がいいかな。
そう考えた私は【側線】を使って建物の中の状況を探る。
二人の音は……これかな?
聞こえてきたのはローエンさんの荒い息遣いと、ロエンナさんの怒声だった。
(何かあった? ローエンさんが動いている様子はないし不味いかも……)
「問題が発生したかもしれません。私が様子を見てくるので、皆さんはここで見張りを継続してください」
「シラハ、危ないよ!」
「そうだ、単独行動は危険すぎる。せめてリィナだけでも連れて行くんだ」
すぐに移動したかったけどリィナさんに引き止められ、それにフィッツさんが賛同して代案を出してくる。
「それに、一人で行ってもリィナは飛び出すと思うから一緒に連れて行ってもらえると、僕も安心できる」
「ちょっと、フィッツ!」
フィッツさんはリィナさんの気持ちを汲むことが多いよね。
それより今は問答してる場合じゃないね。
「それではリィナさん、行きますよ」
「わかった!」
私とリィナさんは、アジトに向かって駆け出した。
「うっわ……」
アジトに踏み込むとリィナさんが引き気味の声を上げる。
気持ちは分かるよ、あちこち血みどろだもの。
(この咽せ返るほどの血の匂いは堪えるね……)
こういった時のスキルの恩恵は、ありがた迷惑でしかなかった。
そんな血の匂いの中から私は二人の匂いを辿る。その匂いに従って道を進めば、どこからか硬質な物がぶつかる音が聞こえてくる。
そして私達は広間のような場所に出た。
その広間のさらに奥では、ロエンナさんがムカデのような魔物と戦っている。
何本かの足を切り落としているようだけど、ロエンナさんはかなりの傷を負っているように見える。
劣勢なのは明らかだった。
「シラハ、あれ!」
リィナさんが私の名前を呼ぶとともに何かを指差した。
その指の先に視線を向けると、ローエンさんが横たわっているのに気付く。
私達はすぐにローエンさんに駆け寄る。
近くで見なくても分かるくらいに青い顔をしているし、呼吸が荒い。
明らからに普通ではない状態を見て一瞬固まってしまうが、そこへロエンナさんが声をかけてきた。
「アンタら、ちょうど良いところに来た。見ての通りアタシはコイツを相手に手が離せない。兄貴は毒を受けたみたいだが解毒薬も効かない……。だから兄貴を街まで連れて行ってくれ」
「それは……」
「頼む」
ロエンナさんは魔物から視線を外す事はしなかったが、それが本心からの言葉だと分かる。
けれどもローエンさんの状態はかなり悪く見える。毒に詳しいわけじゃないけど、街まで保つとは思えない。
やむを得ないか……。
「はぁ……」
「シラハ?」
私が溜息を吐くとリィナさんが困惑した顔をする。
仕方ないじゃないですか。
人命救助とはいえ私だってこんな事はしたくないんですから。
私は覚悟を決めると、ローエンさんに顔を近付ける。
「シ、シラハ?!」
リィナさんが私の名前を呼ぶけど聞こえない。
下手に意識するとできなくなりそうだから。
そして私はローエンさんに口付けをした。
「――――っ」
私が口を付けると一瞬、ローエンの体が強張ったのが伝わってきたが、すぐに力が抜けた。
口を付けてから、どれくらい経ったかな。
(まだかな…息が苦しい……。そろそろ効果が出ても良いと思うけど)
そんな事を考えていると、突如としてローエンさんの目が見開いた。
ローエンさんは目を開くと同時に、私を引き剥がす。
「…………君は一体…何を、してるんだ…?!」
ローエンさんの顔が若干赤くなっている。
顔色が良くなってるね、よかったよかった。
私は切れた息を整える。
「ただの救命行為です。他意はありません」
「救命行為……?」
「はい。……それとも、まだ体に異常がありますか?」
「い、いや。問題なさそうだが……」
「それなら良かったです。それより動けるのならロエンナさんに加勢して欲しいのですが……」
「そうだった! 行ってくる」
ローエンさんは私の言葉で状況を思い出したのか、慌てて魔物に向かって行った。
慌てて向かって怪我とかしないでくださいね。
私達も加勢してもいいんだけど、ロエンナさんが苦戦するのなら足手纏いになりそうだからね。
ロエンナさんの冒険者ランクは知らないけど、ローエンさんが不覚をとるなら、結構ヤバイ魔物なんだろうし。
「シラハ、さっきのって……」
リィナさんは私のさっきの行動が気になってしょうがないんだろうね。
顔が真っ赤だし。可愛いな、おい。
お姉さんが遊んであげようか? いや、私の方が年下なんだけどね。前世含めれば私の方が年上かもしれないじゃん?
とか考えてみたりする。
とりあえず、なんて誤魔化そうかな。
「お姫様のキスで王子様が目を覚ます、とか定番ですよね」
何言ってるんだろうね私は。
あああああああぁぁぁ!
自分でお姫様とか、ないわー!
王子様って誰だよ!
これじゃ私がローエンさんを王子様みたいだって思ってるみたいじゃないか!
そして、お姫様は目を覚ます方だよ!
リィナさんが顔を両手で覆いながらも、指の隙間から私を見ている。
そんなキラキラした目で見ないでよ!
言ってから失敗したって思ってるんだから、ホントやめて!
どうしよう、自分でも顔が赤くなってるのが分かる。
私こんなキャラじゃないのにー!
私が悶えていると、ドスンという音とともに魔物が床に転がっていた。
あ、倒したんですね。お疲れ様でーす。
もうなんか色々疲れたし帰ってもいいかな?
◆ローエン視点
私は向かってくる盗賊を剣で斬り捨てる。
どうして、こういった雑兵の手合いは物量で押し切ろうとするのだろうか。
剣では捌き切れないな、仕方ない。
私は左手に持つ盾を構え、盗賊へと突進する。
吹き飛んだ盗賊は壁に叩きつけられたが死んではいないだろう。
そのまま他の盗賊を斬りながら、盾で更なる追い打ちをする。
盗賊は盾と壁に挟まれて動かなくなる。
この程度の練度と腕で、よく今まで生きてこられたな。
という事は、ここの首領かそれに近い立場の者が余程優秀なのだろうな。
私が一つの部屋に押し入ると、そこはそれなりの広さがある場所だった。
そして私が入って来た事で取り乱している盗賊達。
侵入者がここまで押し入って来たにも拘わらず、足並みが揃わないとは、敵でなければ一日でまともな出迎えが出来る程度には教育してやるというのに。
盗賊達が私に向かってくるが、通路のような狭い場所ではなく、これだけ開けているのなら心置きなく剣が振るえる。
一振り二振りと剣を振るえば物言わぬ屍が積み上がる。
さて残りは首領とそれに、くっ付いている者だけか。
私が近付いて行くと首領らしき男が、側にいた男を殴り倒した。
どうやら囮にして自分だけ逃げるつもりらしい。
あんな男の下で盗賊などやっていたのだ、同情などはしない。
ただ、あの男なら平気でこういった事をしそうだな、と思っただけだ。
そんな事を考えてしまったせいで、少し動きが止まってしまった。
いかんいかん。首領は逃すわけにはいかない。
私はすぐに動き出すが、少し遅かったようだった。
広間の奥にあった扉が閉められる。
見るからに頑丈そうな扉だ。壊す事も出来なくはないだろうが、剣が歪みかねない。
こういうのは、ロエンナに任せるに限るな。
私は、ひとまず扉を置いておくことにして、先程殴り倒されていた男を捕まえる。
男は命乞いを始めるが、そんなものはどうでも良い。
コイツは首領を捕まえられなかった時の保険だ。
とりあえず意識だけは刈り取っておく。手足を縛って動けなくさせるのも忘れない。
それらを済ませると、ちょうど良いところにロエンナがやって来る。
私が声をかけると、何をしているのか尋ねられる。
どうしようか……。
ロエンナに怒られるかな。これは私の失態だし叱られそうだ。
「いや、奥の部屋に籠られちゃってさ。どうしようかな、と」
とにかく正直に言っておこう。
お叱りは後で受けるとも。決して後回しにして、なあなあにしようなんて考えていないさ。
しかし意外な事にロエンナは私を怒ったりしなかった。
「とりあえずこじ開ければいいんじゃね?」
しかも自分から、こじ開けるとか言い出したから頼んでみたら、すんなりと開けてくれた。
扉を壊すと中から情けない声が聞こえてくる。
ロエンナは、こういったヤツが嫌いだから釘を刺しておかないと、勢い余って殺しかねない。
「ロエンナ、殺すなよ?」
「…………わかってる」
「今の間はなんだ?」
やっぱり釘を刺しておいてよかった。
それでも腕一本くらいなら平気だ、なんて言ってくるから油断はできない。
ともかく、まずは盗賊の首領を捕まえるのが先決か。
私達が奥の部屋へと踏み込むと地面が揺れた気がした。
なんだ?
ロエンナも今の揺れには気付いたようだった。
だが何かは分からない。
そんな時、地面がさらに小刻みに振動するのが分かった。
これは……何かが地を這うような――――
そこまで考えると、すでに私の体は動いていた。
「――!? ロエンナ離れろ!」
「兄貴?!」
私は咄嗟にロエンナを突き飛ばす。
地を這うような振動があるのに見えないのなら、それは地中にいる、という事だ。
そして、それは正解だった。決して当たって欲しかったわけではないが……。
床を突き破って出てきたのはムカデのような魔物。
この状況で現れたのなら盗賊が飼い慣らしている、という事か。
ロエンナを突き飛ばしたのもあって、魔物の攻撃は避けられない。
魔物は私の脇腹へと齧り付く。
着けていた鎧のおかげで傷は浅い。とにかく一度この魔物を引き剥がさなければ……。
だが、すぐに体に異変を感じた。
噛まれた箇所から体が熱を持つのが分かる。
震え、吐き気、目眩に呼吸の乱れ。明らかに、この魔物による毒だと分かった。不味いな。
「ぐっ……」
思わず声が漏れる。
そして魔物に剣を突き立てるが力が入らない。
そこへ――
「兄貴から離れろおぉぉ!」
ロエンナが叫びながら魔物に攻撃を加える。
おかげで私は解放されたが、もう少し優しく助けて欲しかった。
魔物に与えた衝撃が私にも、かなり響いた。
しかし、それでも状況は好転しない。
すでに私は動けない。
解毒しようにも手が動かないし、ロエンナに伝えようにも口も動かない。
視界も霞む。
しくじったな、意識が遠くなっていく……。
ふと誰かの息遣いを感じた。
体が冷たくなっていく。このまま死ぬのか……。
さらりと何かが顔に触れる。
息が苦しい。床に倒れているはずなのにグラグラと揺れているようだ……。
何かが口に触れた。
柔らかい……これは一体なんだ。
口に触れたモノを考えるより先に、口に何かを流し込まれ思わず体が強張る。
何が起きている……?
ただでさえ苦しかったのに口を塞がれて、さらに苦しい。
誰かは分からないが私を殺す気なのだろうか。
だが、苦しいが少しずつ体が楽になってくる。
では、口に流し込まれているのは解毒薬か?
私が目を開くと、眼前にロエンナが連れてきた冒険者シラハの顔があった。
何が起きているのかは全く理解できないが、私はすぐに彼女を引き離す。
彼女は少し息を乱していて、僅かに赤くした頰と顔にかかった髪のせいで、幼いながらも妙な色気を醸し出していた。
そんな彼女の色気に私はぞくりとしてしまう。
「…………君は一体…何を、してるんだ…?!」
心中は穏やかではないが、息が整わなくても今の行為は問い質したい。
しかし彼女は顔色一つ変える事もなく――
「ただの救命行為です。他意はありません」
と、言ったのだった。
「救命行為……?」
あれが? 何を言っているんだ。
「はい。……それとも、まだ体に異常がありますか?」
彼女に容体を聞かれる。たしかに体の怠さは残るが、それ以外の不調は消えている。
「い、いや。問題なさそうだが……」
「それなら良かったです。それより動けるのならロエンナさんに加勢して欲しいのですが……」
私が答えると、彼女は私にロエンナを助けるように言ってくる。
そうだ、気になる事はあるが今はそれどころではなかった!
「そうだった! 行ってくる」
私は剣を掴み、魔物と戦うロエンナの下へと向かった。
「兄貴?!」
私が駆け付けるとロエンナが死んだ人間を見るような顔をして、こちらを見ていた。
治ったのだから素直に喜べ。
「まだ本調子ではないが、一撃くらいなら全力でいける」
「なら、アタシが抑えるからトドメは頼むよ」
ロエンナがやけに驚いた顔をしていたが、私が声をかけると、すぐに応えた。
そうでなくてはな。
「はああぁぁ!」
ロエンナから強い魔力を感じる。
魔物はロエンナの攻撃を受けていたのに、甲殻は全て無事だ。
なら狙うは一点。
私も体に魔力を纏う。
ロエンナが天井すれすれまで跳び、両の手の斧を振り上げる。
私は魔物に向かって走り出す。
そこへロエンナの斧が魔物へと振り下ろされ、魔物は床に叩きつけられる。
甲殻は傷ついているが破壊はできていない。
だが、それでも構わない。
ロエンナの一撃は魔物の動きを止める為のもの。
そして魔物の口を――
「おおおお!」
私の剣で……穿つ!
硬い魔物は内側に直接攻撃するに限る。
私が剣を引き抜くと、魔物は音を立てて床へと崩れ落ちた。
シラハ「うう……恥ずかしい」
リィナ「でも、王子様とお姫様の恋物語とか良いよね!」
シラハ「気を使わなくてもいいですよ、リィナさん」
リィナ「そ、それよりシラハみたいな可愛い子にキスして貰えるなんて、ローエンさんは幸運だね!」
シラハ「はぅあ!」
リィナ「シ、シラハ?!」
シラハ「傷を抉らないでください……」
リィナ「わ、私そんなつもりじゃ……。ゴメンね! 私にできる事なら、なんでもするから元気だして!」
シラハ「なんでも? 本当に?」
リィナ「ほ、本当だよ! って、シラハ目が怖いよ……」
シラハ「それでは口直しさせてください……」
リィナ「く、口直しって…? き、きゃあー! シラハに襲われるー!」
シラハ「良いではないですか! 良いではないですか!!」
リィナ「って、シラハ、力強くない?! びくともしないんですけどっ! あ、や、やめっ……」
シラハ「ペロリ。ここから先は見せられませんよ」




