領主様とのお話
「はぁ……」
「どんだけ嫌なんだよ……」
私は今、馬車に揺られながら領主様の屋敷に向かっている。レギオラさんには呆れられているが、仕方がないじゃないですか! 領主様ですよ面倒な! と心の中で叫びながら溜息を吐くくらい見逃してくれたっていいと思う。
そもそも、今回の依頼で責付かれているのはギルマスであるレギオラさんだし、私に責任はない。
つまり……あれ? 私帰っても良いのでは?
「やっぱり私帰っても良いんじゃないですか?」
「んなわけあるか! 今になって何言ってるんだ……」
敵前逃亡は許されなかった。敵ではないけどね。敵地に赴くっていう気分なのは否定できないけど……はぁ、嫌な人じゃなければいいけどなぁ。
私がそんな祈りを捧げている間に、無情にも馬車は目的地に到着してしまった。
馬車はいつの間にか門を越え、屋敷の玄関前に着いていた。そして私が馬車から降りると大きな玄関扉が目に入った。
(でっかいなぁ……玄関もだけど、屋敷も凄いや)
「お待ちしておりました、レギオラ様。それと冒険者様。応接間にご案内致します、こちらへ」
玄関の前に立っていた執事っぽい人が優雅な動きで扉を開けて私達を中へと案内してくれる。
屋敷の中も色んなところに高そうな壺やら絵画が飾ってあった。良し悪しは分からないけど高そうだ。床も絨毯が敷いてあるし、なんか土足で上がるのが恐れ多いよ……
その後、私達は通された応接間で紅茶を頂いている。お茶請けにクッキーもある……ポリポリ。
お尻が沈み込むほどに柔らかいソファーに座りながらメイドさんが入れてくれた紅茶を飲むとか、お嬢様になった気分だよ。ほんと私の服装が浮いてて居た堪れないよ。
「すまない。待たせてしまったな」
紅茶をクピクピ飲んでいたら、ノックとともに領主様と思しき人物と騎士がやって来たので私は素早く立ち上がる。こういう時って座ってちゃいけないんだっけ? やばい帰りたい。
領主様は目を瞬いていたが、すぐに私達の対面に座った。文句言われてないから粗相ではないよね? たぶん。
「君、こちらから呼びつけたんだから座ってても構わないよ」
「あ、はい。……ありがとうございます」
領主様からのお許しが出たから私も座る。しかも座ってても良かったっぽい。優しい人かも知れぬ。いやいや社交辞令かも知れないし油断はできまい。
「まずは自己紹介からだな。私はこの街アルクーレの領主、ルーク・アルクーレだ。今回は街の為に協力してくれる事に感謝を」
領主様が先に今回の件に対しての感謝を告げた。余計に断りにくくなってしまったけど、取り敢えずニコリと微笑んでおく。
領主様は私の反応を見た後に、隣に座っていた騎士へと視線を向けた。たぶん自己紹介をするように促しているんだと思う。
それに気付いた騎士は私に視線を向けてから口を開いた。
「彼女が協力者ですか? こんな子供を連れて来るとは、どうやら冒険者ギルドには協力する気がないようですね」
おおぅ、いきなり攻撃的な発言が飛んできた。いやまぁ彼の言い分は分かるよ? でもね、領主様が人選を冒険者ギルドに一任したんだから、これって領主様の決定に文句を言っているようなもんじゃないのかな?
私がチラリと領主様の様子を窺うと困ったように笑っていた。そりゃ、私みたいな子供を連れてこられたら不安になるよね。レギオラさんは動揺してるようだけど気にしないでおこう。
「そもそも、こんな子供が冒険者登録できてしまう事が可笑しいんです。こんな礼儀もなっていなさそうな子供を連れて来るなんて……せめて成人する15歳になるまでは登録できないようにするべきなのでは?」
「それは……」
会話の矛先が今度はレギオラさんに向かう。レギオラさんは何か言いたそうに口を開いたり閉じたりしている。さすがに可哀想になってきた。私を連れてこなければ良かったんだけどねぇ……
「お言葉を返すようですが騎士様」
でも、私も言われて黙っているつもりはないよ。
「先程、騎士様は礼儀と仰いましたが領主様が自己紹介をするように促したのは気付いていらっしゃいましたよね? にも拘らずそれを遮り領主様が一任した人選に不満を零すなんて…………あぁ、なるほど。騎士様の仰る礼儀とは名乗りもせずに相手に不満を吐露することを指すのですね。私知りませんでしたわ」
「なっ」
騎士は驚いたような顔をしていたし、領主様やレギオラさんも固まってしまっているが、文句を言っていたらなんか腹がたってきちゃったよ。
「それに騎士様は冒険者の年齢にまで口を出していましたが、貴族と平民では常識が異なる事があると認識なさっていますか? 成人するまで? 貴族の方は生活に困ることはないのかも知れませんが、12歳でこの街の出身でない私はどうやって生きていけば宜しいのでしょうか? 騎士様がそういった子供の生活を保証してくださるのですか?」
「き、君がこの街に来たのは君の都合でしかない。働き口がないのなら故郷に帰ればいいじゃないか」
ちょっと素が出てきたかな? というか、そこを突っついちゃうかぁ……まあ、いいけどね。
「なるほど。つまり騎士様は生贄という古臭い風習が残る村に帰り生贄にされて殺されてこい……と、そう仰るのですね」
ニコリと微笑んで返してあげる。今の私はとっても良い笑顔をしている気がするよ!
彼は失言だったと気が付いたのか顔色を悪くした。ふむ、考えが足りていないところはあるのかもだけど、悪い事を言ったと自覚することくらいはできるのね。
「……そ、そちらの事情を知らなかったとは言え、今のは失言だった。すまない……」
「謝罪を受け入れます。そして冒険者が来るもの拒まずで受け入れているのにも事情がある事をご理解下さい」
「ああ……」
ちょっとヘコんでるね。でもこれなら大丈夫そうかな?
「コホン……。レギオラ、面白い冒険者だな」
「笑い事じゃないですよ。寿命が縮まるかと思いましたよ……」
「領主様の前での非礼をお許しください」
レギオラさんはどうでもいいけど、領主様はあまり気にしている様子はないね。よかったよ問題にされなくて。
「それで騎士様。お名前を伺っても宜しいでしょうか」
「あ、ああ……すまない。私はアルフリード・オーベルだ」
騎士の彼こと、アルフリードさんが喋りだし難そうだったので、私から話を振ってあげた。優しいなぁ私。
そして自己紹介を終えた私達は今回の依頼について話を始める。
「シラハ、今回の件で君が何故選ばれたかは聞いているのかい?」
「はい。ある程度の自衛ができて、調査も行える。そして魔薬の売人に狙われやすい余所者だからです」
領主様は満足そうに頷いた。
うん、喋り方は戻したよ。疲れるからね。喋ってて途中で何言ってるか分からなくなっちゃうよ……
「今この街には魔薬が蔓延っている。だが領主である私が動くと奴らはすぐに隠れてしまう。そして王都でも奴らの尻尾を掴めていない為、視点を変えるためにアルフリードが派遣された」
なので現状は街の出入りの際に、怪しい物を持っていないか改めることくらいしかできないのだとか。
そしてアルフリードさんの調査の経過報告を聞くことになったが、人の多い市場や鍛冶屋などが建ち並ぶ職人通りを調べてはみたものの、これと言って進展はないらしい。
「ではアルフリード様。一つ確認していいですか?」
「構わない」
「アルフリード様はその格好で調査をしているんですか?」
「そうだが?」
私は頭を抱えたくなった。レギオラさんも分かってないような顔をしている。ほんと大丈夫かなぁ……
「あのですね……アルフリード様のその格好は凄く目立つと思うんです」
「目立つ? これでも地味な服なんだが……」
「貴族様の地味と平民の普通が同じわけないじゃないですか」
そうアルフリードさんが今着ているのは凄く上等な服なのだ。平民は麻のような生地の服でヨレているのは当たり前で、ほつれているのを直して使っている。
そしてアルフリードさんは絹のような手触りの良さそうな服を着ていて、キラキラしているように見える。アルフリードさんはサラサラな金髪に碧い瞳で、なんか王子様っぽいんだよね。
あれ、まさかの王子様って事はないよね? うんうん一国の王子が魔薬調査の為に王都を出て来るなんてナイナイ。それならまずは王都の方を解決するだろうしね。
「というわけで、平民の服を用意してください。今日この後も調査するでしょうし、領主様お願いできますか?」
「分かった、用意しよう。――セバス」
「承知致しました」
領主様が声をかけると、私達を案内してくれた執事っぽい人がスッと出てきて返事をした。いたんだ……というかホントに執事だったみたい。しかもセバスだって! セバスは愛称で、やっぱり本名はセバスチャンなのかな!
有能執事に違いないセバスチャンさんの登場にちょっと興奮してしまう私だけど、落ち着いて話を進めなきゃ。私の中ではセバスチャンさんだけどセバスって名前だったらどうしよう……まぁ、あまり関わることもないだろうし、いいかな。
「それとアルフリード様と私の設定ですね」
「設定?」
三人とも不思議そうに首を傾げる。別に可愛くないからね。
「一人であれば、その場凌ぎでもいいんですけど。二人で行動するなら、ある程度の偽の立場を作らないと、仮に売人に接触した場合にボロがでます」
「なるほど」
「まあ、その状況になった時にわざわざ全部話す必要もないですけど、一応念のためです」
そしてアルフリードさんは王都にある商会の会長さんの息子で、私が会長と愛人の間に生まれた娘という異母兄弟という配役になった。
娘の母親は娘を産んですぐに亡くなり、息子の母親に虐められて王都を出てアルクーレにやってくる。そしてその異母妹を心配してやってくる異母兄の二人が仲良く街を散策している、というのが私達の設定だ。
途中からそこまで決める必要ある? とか思ったけど、なんか考えていたら楽しくなってしまった。あれだよ、お祭りよりその前の準備が一番楽しいってやつだね。
ちょっと違う気もするけど、細かい事は気にしない!
準備が整ったので私達は領主様の屋敷を出て市場へと向かった。もう周囲は薄暗くなってきていたが、そういう時間帯の方が売人も動き易いかも知れないので買い食いをしながら歩いて回った。
食事代は経費という事でアルフリードさんが支払ってくれた。まだ、話し合いの時のことを気にしているのかもしれない。
その後も調査を続けたけど、これと言った発見はなかった。夜も更けてくるとアルフリードさんは調査を切り上げて、私を帰らせようとしてきた。
「妹を心配してここまで来た兄が、こんな時間まで妹を連れ歩くなんて不自然だろ?」
「そうですけど……」
「可愛い妹に無理はさせられないさ」
役に成り切ろうとアルフリードさんが心にもないであろう台詞を吐いてくるので、私は思わず半目になってしまう。
それでもアルフリードさんはニコニコした笑顔を崩さずにこちらを見ていた。
なので私も負けじと、ふわりと笑顔を作って微笑み返す。
「それではお互い気を付けて帰りましょうか。お兄様」
私のお兄様という言葉を聞いて、アルフリードさんが苦虫を噛み潰したような表情をしてくれたので私は満足して帰路につくのだった。
ふふふ……勝ったね!
シラハ「お兄様」ニッコリ
アルフリード「目が笑っていない笑顔での、お兄様頂きました! あぁ……ゾクゾクするよっ!」
シラハ「あれ?……思ってた反応と違う……」
アルフリード「さあ妹よ! もっと私を震わせておくれ!」
シラハ「ひぃぃ!」
はっ!
シラハ「なんだ夢か……焦った……」




