ベテランさんと一緒
「実地訓練……ですか?」
私は今日もギルドへと顔を出してから魔物退治に行こうとしていたのだが、そこでエレナさんに声をかけられていた。
「そうなんです。有望な新人冒険者にさらなる経験を積ませようと、引退した冒険者の方と一緒に街の外に出て薬草採取や魔物退治を行うんです」
「経験……ですか」
エレナさんが持ってきた話は私としても有難いんだけど、他の冒険者と行動する事に抵抗があるんだよね。
「あ、勿論ちゃんと日当も出ますよ。依頼扱いで3万コールですっ」
「うーん……」
その日の稼ぎが無くなることを悩んでいると思ったのか、エレナさんは依頼だと説明してくれた。教えてくれる人を付けて報酬もあるなんて、ギルドなりの先行投資って事なのかな?
「分かりました。受けてみますね」
「良かったです。――こちらの地図を渡すので元冒険者の方が待っている所で合流してください」
引退した冒険者はギルドではなく他の場所で待機しているみたいで、私は渡された紙切れに記された地図を片手に目的地を目指す。
地図の案内に従って移動して行くと、周囲の雰囲気が変わり住宅ばかりが建ち並ぶ区画にやって来た。こっちに来たのは初めてだなぁ。
私はキョロキョロとしながら歩いて行き、地図に記された家の前までやって来る。合っているか地図を何度か確認をしてから私はドアをノックする。
コンコンと音が響くが人が出てくる気配はない。ならもう一度ノックをと思ったところで、奥からドスドスと荒っぽい足音が聞こえてきた。
「おぅ、来たな。こっちの準備は出来てるから、んじゃ外行くか!」
「え、あ、はい」
出てきたのは大柄でボサボサな黒髪で粗野な印象のある男性だった。背が高くて見上げなければ顔が見えないので首が痛くなりそうだった。まぁ、ほとんどの人は見上げなきゃいけないんだけどね。
「あの。今日一緒に外に行く冒険者の方ですよね? よろしくお願いします」
「ん? ああ、そういえば名乗ってなかったな。俺はレギオラだ、よろしくな嬢ちゃん」
「シラハです。あのレギオラさんは引退した冒険者と聞いていたんですけど、今はなにをしてらっしゃるんですか?」
レギオラさんは大股で歩きながら自己紹介してきたので、私も小走りしながらついて行く。歩幅が違いすぎて引き離されてしまいそうだよ。
それに引退したと聞いていたわりには、体はガッチリしているし未だに鍛錬とかは怠っていないのかもね。背中に背負っている大剣もあって熟練って感じがする。
「あー……別になにもしてないな。引退してからは、こうやってお前さんみたいな冒険者の面倒をたまに見るくらいだ」
「指導するくらいですし、ギルドから信頼されてるんですね」
「まあ、これでもAランクだったしなぁ」
「Aランク?!」
驚きはしたが納得もできてしまった。なるほど元Aランクなら信用も実力もありそうである。どんな事ができるのかとても興味がある。
私がワクワクしながらレギオラさんを見ていたら、バツが悪そうに顔を逸らされてしまった。凝視しすぎちゃったかもしれない。
二人で門までやって来ると、ガイズさんが門番として立っていたので私は挨拶を済ませる。
「嬢ちゃん気を付けていけよ。お、今日は連れもいるのか? って、あんたは――」
「おうおう、俺だぜ! 挨拶も済んだのならさっさと行くぞ、嬢ちゃん」
「あ、はい」
ガイズさんがレギオラさんを見て驚いた顔をしていたが、やはり元Aランクだし一目置かれるのかもしれない。私達は驚いているガイズさんを置いて街を出てきた。
街を出て暫く歩いているとレギオラさんが今日の予定について話をしてきたのだが、私はそれを聞いてどうしたものかと悩んでいる。
「森……ですか?」
「ああ、そうだ。戦い方を見るにしても、魔物とあまり遭遇しない所でなにを見ろっていうんだよ」
「それは、そうかもしれないですけど」
レギオラさんの言いたい事はわかるのだけど、森の魔物は基本的にEランクの部類に入るので私は入っては行けない筈だ。高ランクの冒険者がパーティーにいれば許可が出ることもあるはずなのだが、私達はそもそもパーティーを組んでもいない。
「私はまだFランクなので行けませんよ」
「俺がいるし黙っていればわかりゃしねーよ。みんなやってる事だぜ?」
とは言っても気が進まない。そもそも私はまだレギオラさんを信用しきれていないので、人目がない森の中とか恐ろしすぎる。なにかしてきた場合Aランク相手じゃ、どうにもならないだろうしね。
「やっぱり駄目です。でも森の近くなら良いです」
「真面目だなぁ。分かった、それでいこう」
引き下がらなそうだったので、森の近くで妥協してもらった。なにかされそうになったら麻痺させよう。
森の手前まで来ると、そこから魔物を探し始める。私は匂いでおおよその位置は分かるのだが、今日は自重しよう。
「嬢ちゃんはやたらと魔物を討伐してくるって聞いたが、どうやって探してるんだ?」
「さぁ、運が良いんだと思いますよ」
私の事はギルドで聞いていたみたいで、早速突っ込まれたが惚けておく。
「んー。だがこれじゃあ見るもんも見れねえしなぁ……」
レギオラさんはなにやらブツブツと言っていたが無視しておく。スキルの事は言うつもりはないしね。
レギオラさんを放置して周囲の警戒をするフリをしていると、ぶわりと強い甘い匂いが通り過ぎた。
私は咄嗟に振り返ると、レギオラさんが一瞬だけ驚いた顔をして私を見ていた。レギオラさんがなにかした?
「どうしたんだ嬢ちゃん」
「いえ。今、なにか……」
レギオラさんは今は普通の表情だ。気にはなるが、今はそれどころじゃない。私は森の方を睨む。
「どうしたんだ? 嬢ちゃん」
「獣臭いです」
「獣臭い?」
さっきの甘い匂いがしてから森の方から、多くの魔物の匂いが近づいているのが分かった。
「森から魔物が来ます。構えてください」
「たしかに森がざわついてやがるな。よく分かったな嬢ちゃん」
「森に囲まれて育ったので……」
「なるほどな」
嘘です。【獣の嗅覚】を使ってるだけなので、そんなの分かりません。森の中で生活してたから多少なり気配は分かるんだけど、【獣の嗅覚】には敵わない。
森の魔物はスキルを使えば勝つことは難しくない。けれどもスキルなしではどこまで戦えるか分からないので不安だ。もちろん【竜気】は使うつもりだけど短剣一本では心許ない。ここはレギオラさんに期待したい。
二人で構えていると森の奥から草木を掻き分ける音が近づいてきて、森から魔物が飛び出して来る。
最初に飛びかかってきたのはフォレストドッグだ。私は体を横に逸らしながら短剣で首を切りつける。
レギオラさんは私が魔物を倒したのを見てピュゥと口笛を吹いていた。戦いに集中して欲しいと思ったが、レギオラさんは大剣を横薙ぎにすると魔物が三匹斬られていた。
(大剣はリーチが長いね。あれを軽々振るえるのも凄い)
「オラァ!」
縦に大剣を振り下ろせば、魔物は両断され大剣が地面を抉る。私はそれを視界の端に収めながら、攻撃を避けていく。
(ああ、もう! 数が多すぎる!)
私は魔物に囲まれないように動きながら、少しずつ魔物を倒していくが、森の中で魔物と戦っていた時は両手を使って攻撃していたので、手数が減ってやり難くて仕方がなかった。
レギオラさんがいなければスキル使って暴れられるのにと考えていると、ぞわりと背筋に寒気が走る。
(やば!)
私は今までの経験から即座に体を捻ると、ヒュンと風切音が聞こえた。
「危なかった……」
私が居た位置から距離をとると、そこにはフォレストマンティスが居た。
普段は背後をとられないようにと警戒していたのだが、乱戦状態の今では、それが難しかった。
他の魔物を捌きながらフォレストマンティスの動きを警戒していると、他の魔物によって引き離されていくレギオラさんが目に入った。
(全然守ってくれないじゃん! なにやってるのあの人は!)
自分の近くの魔物に手一杯な感じがしているが、引退して勘が鈍っているのかもしれない。魔物の群れとはいえレギオラさんにしたら格下に過ぎないのだから。
他の魔物が減ってきたところで私はフォレストマンティスへと突っ込んだ。今まで距離をとっていた獲物が急に近づいて来たのだから、少し驚いたかもしれないが顔の変化が分からない。
フォレストマンティスは両手の鎌を振り下ろしてくる。
私はそれを短剣と手甲で逸らすようにして受けると懐へと入り込む。
フォレストマンティスはビクリと半歩引いたが、私はそこへフォレストマンティスの首目掛けて短剣を振るった。
倒した。と思ったがフォレストマンティスは首から体液を撒き散らしながら、鎌を振り回してくる。
「あぶっ……ないなぁ!」
私は間一髪で攻撃を回避する。頬が痛い。
空いている左手で頬に触れると血がついていた。避けきれなかったみたいだ。
「首への攻撃、浅かったのかぁ……落とせれば良かったのに」
今までは【爪撃】で首を落とせていたが、【竜気】を使っているとはいえ短剣では、それも難しいらしい。
だが懐には入れるのだから、もう一度同じことをすれば倒せるはずだ。
私は再度フォレストマンティスに近づこうとしたけど、鎌をやたらに振り回して近づけない。
近づく事が出来ないのなら遠距離だ、と考えた私は地面に転がっている石を何個か拾い上げ、それをフォレストマンティスに投げつけた。
バスン!
石が命中し良い音が響き、フォレストマンティスはよろめいていた。
私はそのまま持っていた石を全部投げるとフォレストマンティスに飛び掛かり、短剣を首へと刺し込んだ。
首を刺されたフォレストマンティスはギチギチと口を動かしていたが、少しして動かなくなった。
今の戦いは危なかった。最初の不意打ちといい、倒し切れなかった事といい、他の人と討伐しにくるのはもうやめよう。そうしよう。
私が一人反省会をしていると、レギオラさんも倒し終わったのか私のところへとやってくる。
「おつかれさん! フォレストマンティスまで倒しちまうとはやるじゃないか」
レギオラさんが私を褒めてくるが、私はそれに対して冷たい視線を向ける。
「どうした嬢ちゃん?」
「魔物が群れで襲って来たとはいえ、分断されて私が不意打ちされてるのに助けにもこなかったですね」
「自分の身くらい自分で守れないんじゃ、冒険者は名乗れねぇよ」
「言い分はもっともですが、そんなんでよく森に連れて行こうとしましたね」
私を助けに来れないのは鈍っていたのかとも思ったのだが、やはりAランクなだけあって怪我一つしてないし、疲れた様子もない。
レギオラさんは森に行くと言った時は「俺がいる」と言っていた。あれは何かあっても自分なら対処できるという意味だと思っていたが、違ったのだろうか。
「なにがそんなに気に入らないんだ、嬢ちゃん」
「気に入らないんじゃなくて、気になってるんです」
「俺の事がか?」
私の言葉におどけたようにレギオラさんは返す。
惚けるのなら私も直球で伝えよう。
「魔物が森から出てくる前に何をしたんですか?」
私が問うと、レギオラさんは驚いたように目を見開いた。
シラハ「犯人はお前だ!」
レギオラ「ナ、ナンダッテー」
シラハ「棒読みなのが腹立ちますね」