カチ割りました
迫ってくる変異種の前足が、酷く遅く感じられた。
最期って、こういうものなのかな……と、今の状況を他人事のように感じていた。
そんな私の視界の端で何かがヒュン、と飛来した。
「え……?」
変異種の前足が止まる。
ついでに私の思考も……
そして――
「ガァアアアアアアアアアア!!!」
変異種が雄叫びをあげる。
何が起きたの?!
今まさに殺されるところだった私も訳がわからない。
よく観察してみれば、変異種の前足に何かが深々と突き刺さっていた。
何アレ……剣?
いや、アレは剣と呼んでも良いのかな。
なんか片刃の一部分だけ刃を潰して、どうにか持てるようにしただけの……うん、刃だね。
とにかく、それが刺さっている。
あの硬くて、まともに斬る・突くが効かない変異種の前足に……
今度は、どんなヤバイ魔物がやってきたのだろうと、私は戦慄する。
そこへ変異種と私との間に何かが降ってきた。
「誰だ…?!」
降ってきた何かは、よく見ると人の姿をしていた。
私の膝の上にいるディアンさんも驚きを隠せずに声を上げている。
「我だ!」
父さんだった。
「と、父さん?! どうして……?」
まさか父さんが駆けつけてくるとは思わず聞いてしまった問いに父さんは、
「娘を迎えに来た! それだけだ」
と、言う。
迎えに来るのに、あんな物騒な物を投げつけてくるなんて父さんくらいだよ……
「まぁ、実際はシーちゃんが帰って来ているのは知っていたのだけれどね。一直線に帰って来ないのには理由があると思って待っていたのよ」
「母さんまで!?」
気付けば母さんも私の近くに降り立っていた。
ここから家はそう遠くはないけど、なんでわざわざ二人が……?
「シーちゃん、さっき二度ほど大きく魔力を放ったでしょ? アレで何かあったと判断して出てきたのよ。それまではガイアスが行きたそうにしているのを押さえるので大変だったんだから……」
母さんが疲れた様子で語る。
うん、なんかゴメンね……
それより大きく魔力って……もしかして【竜咆哮】の事かな?
「それよりも、シーちゃんはそういう人が好みなの? 膝枕までしちゃって……」
「え?」
母さんが私の膝の上にいるディアンさんを見る。
いやいや、違いますよ?
これは、もうダメだなーってなった時に、私を庇ってくれたお礼としてですね……
「ども、ディアンっす」
「私はシラハの母、レティーツィアよ。よろしくね」
母さんとディアンさんが朗らかに自己紹介をしている。
いや、そんな場合じゃないからね?!
「我はガイアス。シラハの父だ。それより貴様……一体何をしている?」
父さんが、こっちを振り返ってディアンさんを睨みつける。って、なんで喧嘩腰なの?!
「な、なにがだ?」
父さんの圧に負けてディアンさんも少し押されている。
いきなりコレは怖いよね! ゴメンね!
「娘の膝枕を我より先にしてもらうなぞ万死に値するわ!! この獣畜生の先に貴様を屠ってやろうか!?」
「父さん……」
そういう事は、他の人がいない時に言ってくれないかなぁ……恥ずかしいから!
「グルァ!!」
私達が、というか父さんが変な事を言い出したせいで茶番みたいになった空気を破るように変異種が叫ぶ。
そこでハッと現実に引き戻された私の目の前で父さんが殴り飛ばされ……なかった。
あれ?
父さんは変異種に背を向けたまま片手で攻撃を止めている。
いや、どうなってるの?!
物理的に無理があるけど……あれ? でも父さんが本性を現すと、もっと大きいから……不思議じゃないのかな?
「貴様…この薄汚れた手で我の娘を傷物にしたのか? 獣風情が……我の逆鱗に触れたな!!」
父さんが振り向き手を翳した。
すると変異種が大きく飛び退く。
というか父さんの逆鱗って……それで良いの?
「おい嬢ちゃん。お前の親父さん一人に任せちまっていいのか?」
私が父さんの戦いを見守ろうとしていると、ディアンさんが傷付いた体を無理に起こしそうとしながら、そんな事を聞いてきた。
Aランク冒険者である自分達が勝てない魔物だから心配にもなるよね。
でも、さっきの変異種の攻撃をあっさりと受け止めていた事から、何も心配する事はないよ。
「大丈夫ですよ。だって父さんですし」
私が父さんに丸投げする理由には、それだけで十分だ。
そんな風に言い放った私の台詞に、ディアンさんはちょっと困っていた。
変な事ばかり言って人を困らせるんだから、それくらいでちょうどいいと思うんだ。
私がディアンさんとのやり取りを終えて父さんの方に意識を向けると、ピクッと動いたのが分かった。
もしかして、父さん…私が見るのを待ってた? いや、さすがにそれはないと思いたい……でも父さんだからなぁ……
父さんが前に出していた手から竜鱗を放つ。
当然だけど私達が苦戦した変異種は、それをサッと身軽に避けてみせる。
だけど、その避けた先には父さんがいた。
え…はや?!
父さんが変異種の顔面に蹴りをお見舞いすると、変異種の首が変な方向に曲がった。
ちょ……ウチの父さんの方が怖い件について……
呆気なく終わったと思った瞬間、変異種が体ごと尻尾を振り回してきた。
「あれで…まだ死んでないのかよ……」
ディアンさんが呆れと驚きを含んだ感想を述べる。
私も同じこと思ったよ……
「悪あがきを……」
父さんは振り回された尻尾を、つまらなさそうに掴んでみせた。
「ガッ?!」
さすがに変異種も、これには驚いたのか間抜けな声をあげる。
そして父さんは、そのまま変異種を振り回し始めた。
「ギャアアアアー!」
悲鳴をあげる変異種。
って、ちょ! 危ないから、あまり振り回さないでー!
「あ」
振り回していると、急に父さんが――って、変異種が飛んできた!!
いきなりな事で反応が出来ないでいると、母さんが私の前に立った。
「まったく……格好をつけようとするのなら、ちゃんと締めなさい!」
ドゴン! と変異種の進行方向が曲がり、岩へと衝突する。
今、母さんが拳を振り抜いたのが見えたけど……あ、裏拳ですか。
母さんが貼り付けたような笑顔してる。これは怒ってらっしゃる……
「ち、違うんだレティーツィア。我ではなく、そこの獣畜生の尻尾が千切れたのが悪いのだ!」
あ…だから、こっちに飛んできたんだ。
「だから失敗したと? こういう時こそ、私達が頼れる親だと思って貰える好機だと言ったのは貴方よ、ガイアス! ……貴方のシーちゃんに対する気持ちがその程度だったなんて思わなかったわ」
母さん、そこに怒ってるんだ……
「我なりに、お前の見せ場も作ろうとしてだな……!」
「嘘ね」
「ぐっ……」
父さん……
そんな雑な嘘はダメだよ。それに母さんには真眼の祝福があるのに、よく誤魔化そうとしたね……
「それより、ガイアスはシーちゃんに渡す物があるのでしょう?」
「おお、そうだった」
渡す物?
私に?
父さんは、母さんの言葉で何かを思い出すと変異種の方へと歩み寄って行く。
変異種は、まだ母さんに殴られて目を回しているのか唸っているだけで動く気配はない。
そして、父さんはおもむろに変異種の前足から、突き刺さったままだった刃を引き抜いた。
「グ、ギャアアア!」
痛みで叫びながら変異種は、無事な方の前足で父さんに引っ掻こうとするけど避けられる。
「鬱陶しいな……」
父さんは、飛んできた虫でも避けるかのようなノリだし……
「それよりもシラハの為に用意した剣が、貴様のせいで血塗れになってしまったではないか!」
「ガァ?!」
父さんは自分で突き刺した事を棚上げして、変異種の無事な方の前足をぶった斬る。
父さん、それは理不尽過ぎだよ!
そして父さんは、ヒュンと刃を一振りして血糊を飛ばすと、そのまま私に手渡してきた。
「シラハ、お前に頼まれていた剣だ。どうだカッコイイだろう?」
…………。
これが剣だ、って言うのは良い。
私が頼んだ物だしね。
ちょっと思ってた以上に無骨だった、というのは内緒で。
それはそれとして、この血塗れの剣を受け取れと?
父さんの顔を見る。
凄くソワソワしていて、早く褒めて欲しそうな顔をしている。
ここで、ばっちぃからイヤとか言ったら泣いちゃいそうだよ……
私は覚悟を決めて、変異種の血に塗れた剣を受け取る。
それは思ってた以上に軽かった。
羽のように……とまではいかないけど、これが父さんの刃のような鱗から造られているとは思えない程だった。
父さんの竜鱗は、本当に鉄の刃って感じの重そうな雰囲気があるからビックリだよ。
「ありがとう、父さん! すっごく嬉しい!」
「そうだろそうだろ、我の自信作だからな!」
軽さに驚いたのもあって、ちょっとテンションが上がりながら感謝を伝えると、父さんも凄く嬉しそうだった。
やっぱり、父さんや母さんと居ると楽しいね。
「さあ、試し斬りにこの獣畜生を斬ってみるのだ!」
「えぇ……」
父さんが一歩引いて、私に変異種の前を譲る。
今の流れで、そこにいきますか……
いや、試し斬りとか……スキルで似た様な事してたね、私。
せっかくの父さんのプレゼントなんだけど、もうちょっと余韻に浸りたいというか、休みたいというかね……
それに死にかけとはいえ、私じゃ試し斬りどころかキルされちゃうんだけど……
「駄目よ、ガイアス」
「む、なにがだ?」
か、母さん……
私の、コレじゃないって雰囲気を察して……
母さんは変異種に近寄ると、刃が引き抜かれて痛々しい残った前足を引き千切った。
「――――っ?!」
変異種が叫びにならない声を上げている……
何がダメだったのさ……母さん。
「ちゃんと前後の足を捥いでおかないと逃げられちゃうわ」
「たしかに! ……では後ろも」
「しなくていい! しなくていいから二人は下がってて!」
「む…そうか?」
「シーちゃん、頑張って!」
これは流石に酷いと思って、すぐに二人を止めて下がらせる。
私も殺されかけたけど、これは変異種が可哀想だ。
早く楽にしてあげよう……
あと母さん、呑気に応援なんかやめて!
私は重たい体を動かしつつ、これ以上捥がなくても、まともに動く事ができない変異種の前に立つ。
私を視線だけで射殺してやろうか、とでもいうような瞳をしている。
大丈夫、怖くない。
さっきまでは怖かったけど、もう父さんと母さんがいるから平気だ。
物理的にも精神的にもね。
そして、父さんから貰った刃を振り上げる。
狙うは頭。
一撃で仕留める。
振り下ろした刃は頭蓋を割った感触こそしたものの、驚くほどに呆気なく変異種の頭をカチ割った。
『ソードドラゴンとパラライズサーペントの結合を確認しました。
魔石が紫刃龍騎に変質します。
スキル【龍紫眼】【有翼(竜)】が
使用可能になりました』
変異種にトドメを刺すと、ナヴィからのお知らせが聞こえてくる。
という事は、倒せたという事だね。
変異種……強敵だったけど、安らかに眠ってね。
変異種を倒せて緊張の糸が切れたのか、ふっと力が抜けてガクリと膝から倒れそうになるところを母さんが受け止めてくれた。
ふわりと柔らかい感触に、うっとりだ……
そこで疲れか魔力枯渇かは分からないけど、目蓋が重くなってきた。
寝そう……でも、その前に言わなきゃいけない事が……
「母さん…父さん……助けてくれてありがとう。あと…ただいま……」
そこまで言い切って、ようやく私は意識を手放した。
狐鈴「シラハって意識失ったりすること多くない?」
シラハ「疲れてるの……誰かのせいでね」
狐鈴「最後はお母さんに抱っこされてオネンネとか、 子供か!」
シラハ「こ、子供だし!」
狐鈴「13歳にもなって?」
シラハ「そこは個人差があると私は思うもん!」
狐鈴「急に、もん! とか言い出しちゃって……」
シラハ「キシャー!」
狐鈴「あ、キレた!? や、やめ…尻尾はやめてー!」




